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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
獣人侯爵

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飛び立つ少女

「これは大事な事なんで、よく考えて答えてね?」

 カイは前置きをする。

「ルルが帝国を良くしようと思えば玉座に就かないといけないね。その時に神至会(ジギア・ラナン)を国の一部と考えるのかな?」

「無いです!」

 突然出てきた帝国の機密に該当する名前に老家令も驚きが隠せないようだったが、即座に答えが帰ってきた。

「でも、この国にとって魔法は大事な力だろう?」

「魔法は使うものなんです! 使われてはいけないんです!」


 思ったより激しい拒絶に青年は少し面食らう。彼女にとっては激情を呼び覚ます存在だったらしい。


「カイ様、ルレイフィア殿下にとってあの組織は敵なのです」


 過去に何かあったのかと思っていると、老家令モルキンゼスが打ち明けてきた。


   ◇      ◇      ◇


 ルレイフィアも、兄達が玉座を競っているのは慣習だと思っていた。父親である皇帝が拡大政策を強く推し進めるのも、豊かな国にする為だと信じようとしていた。

 なのに父も兄も非常に昏い瞳をしている事が多々見受けられる。その時は決まってジギリスタ教会から戻ってきた時だった。


 不審に思った彼女は老家令に調査を依頼する。しかし、首尾は上がらず教会で何が起こっているのかは長く不明なまま。

 それでは埒が明かないと、比較的話せる一番上の兄に問い掛けてみたところ、明確な答えは返ってこないものの、教会の地下には力が眠っているのだと教えてくれた。

 その後も宮廷雀の噂話に耳をそばだてたり、教会の周囲を張らせたりして調べるも、何も掴めず時間だけが過ぎていった。


 或る夜、髪を梳かしてくれた侍女が下がり、寝台に入ろうとしたところで声が掛かる。夜の黄盆(つき)に照らされて窓の外に人影があるものの、そこに人がいるような感じがせず、あまりに不気味でルレイフィアは震え上がる。

 人影は忠告を残す。はしたなくもそれ以上、犬みたいに嗅ぎ回る事なかれ、と。続けるならば災いが降り掛かるだろうとも言ってきた。


 あまりに危険だと感じた少女は、翌陽(よくじつ)無理を言って父親の元を訪れ訴えた。

 教会の地下のものを排除すべきだと。あれは帝国に災いをもたらすものだと懸命に伝えようとする。

 返ってきたのは叱責だった。父や兄、国を思って出した勇気は拒絶された。二度と余計な口出しをするなとまで言われた。


 そして命じられたのはあの湖の別邸での蟄居であった。


   ◇      ◇      ◇


(この子は、家族に遠ざけられて自分を要らないと思ってしまったんだな)


 家族や国の為によかれと思った行動は否定された。

 数()にも渡って居ない者として扱われ、いずれ戦功の有った者へと褒美として与えられるであろうという環境に置かれる。その生活は彼女の心を苛み、自らを不要と思ってしまうようになったと思われる。


 どうせ不要ならば、血の運命に沿って国と国民の為にその身を捧げる悲壮な決意を抱いてこの場にいるのだろう。命も名誉も投げ出して、名に殉じようとしている。

 少女にそんな思いをさせる環境が正しいとはカイには絶対に思えない。だが、彼女を救おうにも、どうしても聞いておかねばならない事があった。


「ルルは僕が魔闘拳士と呼ばれていると知ったね?」

 極力柔らかい声音を出す。

「だったら僕が君のお兄さんを殺したのも知っているよね?」

「……はい」

「君の家族を手に掛けた。これからも同じことをする可能性は高い。そんな僕に力を貸してもらって、ルルの心は納得出来る?」


 今はただ優しい兄のような人物に見えているだろう。その実、彼は血塗れの道を歩んでいる。多感な年頃の少女にとって、この大人の裏表はいささか刺激が強いだろうと思う。


「父や兄達は本来すべき事を捨てて、我欲の為に民を使い潰そうとしています。ならルルは民の為に家族を捨てます」

 強い覚悟と意志が感じられる。この少女にとって、こうも世界は峻厳なのだろうか?

「お母さんは?」

「お母君方は操り人形でございます。華美な生活にしか興味をお持ちではありません。ルレイフィア様にも」

「腐ってやがる」

 トゥリオは唾棄するように言う。

「それにマークナード殿下は嘲笑ったのです。子供が出しゃばるから取り除かれるのだと。くだらない間者ごっこをする愚か者だと。ご自分よりもよほど国や民のことを思われているルレイフィア様を罵ったのです。私は悔しくて悔しくて……」

「止めて、キンゼス。ルルは恨みで家族を捨てるのではないの」

「申し訳ございません」

 頭を下げる家令に、少女は首を振って許しを与える。

「この名前と血に意味があるのなら、諸侯や民が求めてくれるなら、この小さな身体が持っているものは全て捧げると誓います」


(子供だと馬鹿にしたのは僕も同じか)

 そうまで言わせてしまった事をカイは後悔した。


 青年は、真摯な瞳を向ける少女を抱きしめた。

 彼女は泣いたりはしない。その暖かさに綻んだ表情は安息を感じてくれているのだと思いたかった。


「逃げ出したくなったらいつでも言って良い。必ず安全なところへ逃がしてあげる。でも、ルルがその覚悟を捨てない限り、僕は君を守ると誓おう」

 カイの誓いにルレイフィアは本当に嬉しそうに何度も頷いた。

「うん、うん、お兄ちゃんを信じます」

「でも、あげられないものもある」

「え?」

 指を一本立てて言う。

「僕の罪は僕のものだ。誰にも背負わせたりなんかしないよ」


 彼女はもう一度抱き付いてきた。


   ◇      ◇      ◇


 その後に、数台の遠話器を託すと二人に使い方を教えながら各所に連絡を取る。西方二大国とメルクトゥー、ラムレキアとの仲立ちをし、ルレイフィアに挨拶をさせ支援を取り付ける。

 老家令からは体制に関する相談も受けたが、そこまでは関与すべきではないと拒む。あと、彼に出来る事は一つ。


「あなた方を率いて動く事はしません」


 前庭で協議の結果を待っていた諸侯に、魔闘拳士が西部連合を正式に認め助力を申し出たと発表されると、感嘆の声が上がった。

 続いて獣人侯爵イグニス・ベウフストの前に立ったカイから放たれたひと言。


「ですが、どうしても従いたいというのなら一つだけ命じます」

 虎獣人以下の指揮官も引き締まった顔で言葉を待つ。

「別に指示がない限り、西の盟主ルレイフィア・ロードナックを守護すること。その命令に従い、ともに戦うように」

「仰せのままに!」

 全員が一斉に肯う。

 場合によっては彼が率いるという含みを持たせた命令が彼らに喜色を浮かべさせた。


 整然と移動すると、今度は少女に対して跪いた。

「我ベウフスト麾下獣人軍、ルレイフィア殿下の陣営に加わる事をお許しください」

「よろしくお願いします。この国の民全ての為に戦いたいと思います。お力を貸してください」

「御意!」


 ルレイフィアがイグニスの肩に手をやり、その忠義の意志を受け取った事を示す。居並ぶ諸侯からは拍手で迎えられ、ここに西部連合は大きな戦力を得る事になった。

 少女が自らの意志と誓いを語り、それに対して全ての貴族がもう一度忠誠を誓う。厳かな空気の中で結束は強まっていく。


 ひと通りの慣習に従った儀式めいたやりとりが終わると、一つ大きな息を吐いた彼女は跳ねるようにカイに振り向いて言った。


「お兄ちゃん、ルルは飛び立ちます!」


 そればまばゆいばかりの笑顔だった。

少女立つの話です。西部連合が叛乱勢力として立ち上がった展開で、エピソード「獣人侯爵」は終了です。もうちょっと入れたい内容は有ったのですが、諸々熟考の末、次以降のエピソードに入れたほうが有効な気がして延期しました。

最終話なのでちょっと余談を。獣人侯爵の登場は構想段階から有ったものですが、ルルの登場とそれに従う諸侯にジャンウェン卿やモイルレルを入れると決めたのは東方の章に入ってからです。それまでは西部に関してはざっくりとした地図しか頭になく、イグニスに西部を率いてもらう算段でした。ですが、この展開のほうが華がありますよね?

さて、次なるエピソードは「南部不和」です。「獣人侯爵」とワンセットみたいなエピソードですが。

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