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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
商人の統べる国

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魔闘拳士の裁定

 クナップバーデン商民議会堂内は黒髪の青年に支配されていた。

 大机を囲む者たちはある者は項垂れ、ある者は困惑し、ある者は闖入者を睨み付けしている。さもありなん、目の前の青年がの英雄『魔闘拳士』であり、自分の指示に従うよう宣言したからだ。


「今からあなた方に一つの議決をしていただきます」

 大机の面々を見回し、カイは続ける。

「それはこの商民議会の解散及び合議制度の廃止です」

「何!? そんな無茶な!」

「無茶でも何でも構いません。今すぐ議決して下さい」

「それはいかな魔闘拳士様の言でも従うわけには参りませんな。我々は貴族制度のような血縁による選民制度を嫌い、民と同じ視線に立つ政治を…」

「自分の財布の中身ばかり見て、民の顔を見ない政治など政治ではない!」

 バンと机を打つガントレットに小さく悲鳴を上げる議員たち。

「し、しかしそれは内政干渉です。他国の者に指図されるようなことではないのでは?」

「あれを見ても自分たちがまだ政治に携わり、この制度を継続できるとでもお思いですか?」


 カイはここに入る時に大扉を引き剥がしている。開け放たれた外にはベックル市民たちが鈴生りになって経緯を見守っているのだ。

 彼らの罪も市民の前で全てがつまびらかにされている。その市民たちの顔には不信の感情しか浮かんでいない。


「誰もあなた方に率いられたいなどと思っていないように見えますが、僕の勘違いですか?」

 誰一人としてその言葉を否定することなどできなかった。

「バウマンさんも着席してください。どなたかの進行で議決を」


 動ける者の居ないその場でかろうじて声の出せたバウマンが動議を上げて採決を促す。

「では商民議会制の廃止と商民議会の解散に賛成の方は起立を」

 幾人かを残して大方の者が起立する。

 木材が異音を立て、カイの右手の銀爪が大机に突き立つと、のろのろとラルガスやケインといった渋っていた者たちも立ち上がった。

「では、全会一致を以って商民議会制の廃止及び議会の解散は採決されました」


「終わりだ…。全て終わりだ…。ワシが苦労して積み上げてきたものがただの一瞬で…」

 ラルガスは椅子に崩れ落ちるように座った。

 その瞬間大きな破砕音と共に目の前の大机が真っ二つになる。

「命があれば商売くらいできるでしょう! 虐殺されたルワン村の方たちは未来を憂うことさえできないのですよ! まだ解らないんですか!!」

 カイの憤怒の表情にラルガスはもう声も出ない。



「しかし…、しかしどうなされるおつもりか、魔闘拳士殿? このクナップバーデンを無政府状態にされるのか?」

「バウマンさん、ここの統治は貴方にお任せします。どういった制度にするかはお任せしますが、統治権全てを貴方が持つのです。民のために涙を流せる貴方がこの国を導いてください」

 その言葉にバウマンは狼狽える。

「いや、それは…。儂にはそれほどの器も知識もございません」

「僕の名前でホルツレインに上申して政務官を派遣してもらいます。彼らと協力して相応しい制度を作り上げるのです」

 そこに異議を唱える勇気有る者が現れた。

「魔闘拳士殿はクナップバーデンにホルツレイン王国の属国になれと申されるのか!?」

「政治制度の基本が出来上がったら、彼らはすぐに撤収しますよ。ホルツレインの政務官の方々はそんなに暇ではないのです。まあ、大使館くらいは置かれるかもしれませんが」


 カイの口が予想される未来を紡いだ。


   ◇      ◇      ◇


 商民議会堂を出たカイに掴みかかる影がある。


「違う! これは違うぞ! これは暴挙だ! こんなのが罷り通ってはならない!」

「あなたはそう思いますか、トゥリオ?」

 カイの胸倉を掴んでいるのはトゥリオだ。

「では、どうすれば良かったのですか。あなたが言ってたようにルワン村の虐殺を指示したらしき者たちの周囲を調べさせて証拠を固めて弾劾すると?」

「そうだ! それがあるべき姿だ!」

「あれほどの理不尽を平気で行う者たちです。調べられているのに気付いたらどうするんですか? 調査に当たる者が捕えられようものならすぐに始末されてしまいますよ? その全ての者たちをあなたが守り切れるとでも?」

「それは…」

 トゥリオもそれが容易に想像できて抗弁できない。

「もし、あの場で懇意にしているバウマンさんが亡くなっていたとしたらそんなに悠長なことを言っていられましたか? 万が一、その場にあなたの友人のロドマンさんが居て、襲撃者の手に掛かっていたらそんなに冷静でいられましたか?」

 胸倉を掴む手から徐々に力が抜けていく。

「僕はあんな理不尽をする人たちの手が、あの優しいロムアク村の方たちに伸びるかもと思うと怖気がします。そんなことは絶対に許せません。悪意の根は元から絶たねば気が済みません」

「そこまでか」

「あなたは法や秩序だけで全てが守れると思っているのでしょう。でも理不尽を行う者は後悔などしないのです。そんな薄っぺらいものだけで何もかも守れるわけがないのです。いざ、あなたが大切な者を失った時はどうするんですか? また理不尽を嘆いて僕に噛み付くんですか?」

「……」


「あなたの正義はその程度なんですか?」


 もうトゥリオは膝からくずおれてカイに縋っているだけだった。


「そのくらいで許してあげて、カイ。その人はきっと優しい世界を歩いてきた人なのよ」

「そうなんでしょうね。ちょっとキツく言い過ぎました。すみません」

 チャムの仲裁に気を取り直すカイ。自分も少し冷静でいられなかったと反省する。

「僕の考えを押し付けるつもりなんてありませんから、聞き流していただけると助かります」



 その()のうちに早馬を雇ってホルツレインへの上申書をしたためて託し、二人はベックルを去った。

カイの裁定の話です。これにてベックルの陰謀は一件落着です。ここまで読んでくださった方はお気づきの事と思いますが、この物語はかなり右寄りに出来ています。それを踏まえて読んでいただけると助かりますです。

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