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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
商人の統べる国

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葬送の時

 1ルッツ(1.2km)の距離を置いてベックルを臨む丘に姿を現す集団があった。

 騎馬に騎鳥を交えて一台の馬車が追随する。


 騎鳥を駆る普段の彼らなら和やかな雰囲気に包まれているはずなのだが、いつも柔和な黒髪の青年が剣呑な空気を醸し出しているだけで全体の色が変わったように重く沈んでいる。


   ◇      ◇      ◇


 あれからのカイたちは少し慌ただしかった。

 村の人々を共同墓地に運び一人一人埋葬していく。夜になれば作業は困難になるし、死肉と血の匂いに魔獣も寄ってくるだろう。

 それでも中々捗らない。機敏に動けるような精神状態の者は居ないし、死者を悼む気持ちが足を重くさせる。墓地の傍に多くの遺体を並べていると後悔の念が彼らを苛む。


「くそっ! 酷いことしやがって…」


 誰が口にしたか、その喉から絞り出すような台詞が皆の気持ちを代弁している。

 土魔法で掘られた穴に薪を入れ、遺体を横たえていきながら「安らかに」と祈る。子供用にと、掘る穴が小さくて済む場合など、やりきれない気持ちにしかならない。

 順に火を点けていき、煙とともに魂の海に送る。女性のすすり泣きが聞こえ、まだ血が足りずに動けないでいるバウマンからも嗚咽の声が聞こえる。

 沈鬱な葬送の時も終わりを迎えた。


 火を囲んで情報収集をしていると、バウマンに随行していた女性ナーサから重大な一言が聞けた。

 地下室に潜んでいた彼女らを探索していた男たちが発した言葉が彼女の耳に届いていたのだ。


『おい! バウマンの野郎をっとかねえと、ケイン様にどやされちまうぞ。よく探せ!』

 バタバタという足音の中、その台詞が聞き取れたのだそうだ。


「ケイン! モルバスのケインか? あの野郎!」

「断定はできません。ですが疑わしいのは確かです」

 声を荒らげる一人の護衛をロドマンは抑えるように言うが、彼の声にも否定は含まれない。

「でも若旦那、アーマン派の奴ら、とうとう旦那様にまで手を出しやがったんですよ。許せねえ」

「疑わしいからと罪に問うわけには参りません。でも追及はします。手荒な真似は彼らを有利にするだけですよ?」

「くそう、連中の一匹でも捕まえられていれば吐かせることもできたのに…」

「何もできないわけではありません。彼女の証言もありますし、父上も襲撃者の顔を見ているはずです。その線から辿ることも可能なのです。必ずや裁きを受けさせてやりますから」

 疲れと憔悴から眠ってしまったバウマンを見ながらロドマンは誓うように言う。

「頼みます、若旦那。このままじゃ奴らが浮かばれない」

「任せてください」

 護衛達は仲間の顔を思い浮かべて悔しさと悲しみが抑えきれないようだ。


 夜も更けていき皆が寝静まっていく中で、こういう時に饒舌になる相棒が一言も発しないのがチャムには心配だった。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、身体もいくらか持ち直し、気力も戻りつつあるバウマンは憤激の中にあった。


「それは本当か、ナーサ?」

「はい、旦那様。昨夜、他の方たちにはお話ししましたが、この耳がハッキリと聞いております」

「やってくれたな、ラルガス。商売やまつりごとで対立しようが、直接手を下してくるような真似はせんと思っていたのに、よくも」

「お待ちください、父上。もしやするとモルバスの暴走かもしれません。きちんと調べてから公の場所で追及してやろうかと考えております」

「ふん! ケイン程度の小物が一人でここまでの事をしでかすとは思えん。少なくともラルガスの耳には入っておるはずだ」

 普段はこれほどのことを言うバウマンではない。ルワン村の光景が彼を激情に駆っているのだ。


 ロドマンにとって温厚な父というイメージが揺らいできているのが少し恐ろしいのだった。


   ◇      ◇      ◇


 ここに激情に駆られている者がもう一人いた。

「取り逃がしただと? バカ者どもが!」

 机をバンと叩くケイン・モルバス。

「防衛隊まで動かして、ガウシーの救出隊を押さえさせたのだぞ。そこまでしてお前たちがしくじるとはどういうことだ!」

 どうやらそういうことらしい。


 昨陽(きのう)、ガウシー商会で編成された救出隊はベックル防衛隊の制止を受けていた。

 彼らは武装して中央通りを疾走しているのを咎められて連行されたのだ。事情を説明して解放するよう強く要求したが、防衛隊員は「そんな通報は受けていない」の一点張りで、むしろ彼らが集団で武器を所持して街中を移動していた事実を追及しようとする。

 もちろん防衛隊員たちはケインに鼻薬を嗅がされて取り調べに及んでいるので解放するはずもない。

 そういう理由で救出隊の姿がルワン村に現れることが無かったのだ。


 ケインは更に人手を増やして追撃させるべきか悩む。これ以上事を大きくすれば、さすがに人の噂に上ることになりかねない。

(ラルガス様にご相談すべきか? だがこんな失態を報告すれば見捨てられるかもしれない)

 そう思ったケインは残りの手の者に密かに探索を続けるよう指示する。とにもかくにもバウマンを押さえねば安心できない。


 彼は苛立ちを報告者に更にぶつけるのだった。


   ◇      ◇      ◇


 時は戻り、ここはベックルを望む丘の上。


「トゥリオさん、お手伝いいただけますか?」

 動揺がある程度抜けたロドマンはトゥリオへの呼びかけ方を戻していた。

「ああ、いいぞ。さすがにこれは俺も腹に据えかねる。ちゃんと証拠が出てきたら何とでもしてやるから安心しろ」

「ありがとうございます。何かの時にはお口添えをお願いします」


 これからの事を色々と計画し、鼻息を荒くしているロドマン。そんな彼を余所に、既に心を決めている者がいた。


「行くよ、パープル」

 一気に駆けだす一羽の騎鳥。わずかに遅れて、重たい荷物を取り払われた黄色い騎鳥も続く。


 セネル鳥(せねるちょう)は全力疾走に入ると、翼を下に向けて広げ、身体が浮き上がらないようにする。そうしないと足爪が地を掴む力が落ちてしまうからだ。


 最高速度に達したところでパープルは翼を地面と平行にした。

 その時点でベックル街壁までは15ルステン(180m)。パープルの脚が地面を蹴り、翼が揚力を得てふわりと浮き上がる。イエローも続き、二羽は1ルステン(12m)ほどの高さを滑空し、街壁を越えてベックルの中に着地した。


 その様子をポカンと眺めていた門衛たちは、慌てて駆け戻り誰何する。

「何者だ! お前!」

 しかし、彼らはそのまま街中へ進もうとする侵入者を追いかけることができなかった。


 その黒髪の青年が素人にもそれと分かる濃密な闘気を漂わせていたからだ。

ルワン村の葬送の話です。カイは助走中です。読まれた方は解ると思いますが、次話は…。

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