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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
神使の一族

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ゼプルの現状

 チャムがまず案内してくれた部屋では二十名近い神使の一族(ゼプル)が研究開発に勤しんでいるようだった。

 単純に人数を考えれば全人口の一割に届こうかという人々がここで働いているという事になる。


「ここが魔法局。魔法陣開発が主よ」

 その声にほとんどの者が顔を上げるが、あまり興味を示した様子は無い。

「局長、こっちへいらっしゃい!」

「はい?」

 背中を向けて長机と睨めっこしていた人物が、何事かと振り向く。

「まだ貴方が局長だったの、ウフィガル?」

「どなたかと思えば姫様でしたか? しばらくお顔を見ておりませんでしたので、御用が無いものと思っておりましたが?」


(確かに重症だな。いくら長命でも百五十()は長いだろうに)


 研究者特有の、職務に没頭するあまりの状態とは思えない。

 彼はこの部門の責任者であろう。局員の取り纏めはもちろん、上との交渉事もその職務に含まれているはず。人と対するのが日常ならもっと周囲が見えてないといけないだろうに、この有様は考え難い。


(何がそうさせる?)

 カイには理解出来ない。


 魔法陣制作は繊細な作業だ。

 構成言語を単純に図形化すればよいというものではない。構成文を分節に分解し、どことどこを繋げるかによって結果に差が出る。実際に発現効果に強弱が出たり、必須魔力量に差が出たりする。

 これは魔法象形の順番で作動経路の働き方に差が出る為だが、それを掌握しているのは生み出したドラゴンだけだろう。魔法陣開発者は過去の膨大な経験則から、より効率の良い図形に組み上げる作業をしなければならない。

 当然、一度組み上げてから変更を加えつつ磨き上げる作業もするのだが、最初は雑に組んでも良いという訳ではない。最悪、暴走させる危険性も孕んでいるのだ。設計段階から細心の注意は必要。


「ここに籠って頑張っても、常に最先端を行けるとは限らないって言ったわよね? まだ分からない?」

 チャムは過去に説得して回った時のことを語る。

「現実にはここ以上の成果は確認出来ないという事でしたが?」

「そう? 魔法局の誇る転移魔法陣も、この人は数陽(すうじつ)で解析してしまったわ。その仕組みも理解しちゃってる」

「人の書いたものを読むのはそう難しくはないものなのですよ?」

 それだけじゃないとばかりに彼女は首を振る。

「じゃあ、これは?」

「ふむ」

 チャムの取り出した魔獣除け魔法陣にウフィガルは見入る。

「或る人が組み上げたものよ。これも彼がアレンジしているわ」

「これはなかなか」

「まだまだあるわ」

 腕甲(アームガード)重強化(ブースター)刻印や、胸装(ブレストアーマー)光盾(レストア)刻印にも起動しない程度の魔力を流して輝かせる。

「おお!」

「おいおい、こいつ」


 青年の外見を持つゼプルだが、口振りからして相当の高齢なのだろうと思う。

 それでも男性が、チャムの胸を覆う胸装(ブレストアーマー)に見入るだけでなく、べたべたと触り、構成文字をなぞったりする。

 トゥリオは、カイが怒り出すのではないかと取り押さえる気構えまでしたが、彼はその様子を子細に観察しているだけであった。


「独創的でしょう? 全部、カイが組み上げたもの。外も捨てたものではないんじゃないかしら?」

 メモを取り始めた魔法局長に麗人は問い掛ける。

「確かにこの感性は称賛に値しますな。姫様はこの青年を魔法局に加えたくて連れてこられたのですかな? やぶさかではありませんぞ」

「違うわ。彼は魔闘拳士よ。聞いたことぐらいあるでしょう?」

「うん? 最近、何かで聞いたような気がしますな。思い出せんという事は大したことではないのでしょうが」

 そこまで聞いてチャムは大きな大きな溜息を吐いた。

「変わらないのね、ここは」


 これだけの会話が部屋内に流れていても誰一人として興味を持って席を立つ者が居ない。見えていても見えていないかのような状態だ。

 あとは適当にあしらって部屋を後にした。



 次に訪れた技法局でも空気感は同様であった。

 そこにはコイルバネが作り上げられていて、見慣れながらもこの世界には無かった物にカイが興味を示す。しかし、局員はチャムが空気圧緩衝装置(エアサスペンション)を見せても感心するだけで、新たな意欲に繋がったりはしなさそうだった。



 次なる部屋は三十名ほどの青髪のゼプルと、それと同数くらいのエルフィンがいて、それなりに忙しそうに立ち働いている。


「ここは情報局。世界各地の情報が入ってくるわ」

 今までに比べてこの部屋は取り分け広かった。


 それもそのはず、ゼプルは皆、大型の機器に向かって作業している。その間をエルフィンが行き交ってメモを取り交わしたり、纏めたりしていた。


「これは、通信装置?」

 サイズ感は少し違うが、それは冒険者ギルドの冒険者徽章書換装置に付随する情報通信装置に似ている。

「そう。ここは大陸中の冒険者ギルドが遣り取りしている情報を統合する部局なの」

「はい? 大陸中って、全部の冒険者ギルドですかぁ!?」

「その通りよ。依頼情報に始まって、危険情報、要確認情報。隊商警護依頼から物流動向も確認出来るし、各地の従軍依頼などから世界動向も把握出来るわ。冒険者同士の噂話も受付嬢が気になった物は記録されて集まってくる」

 青髪の美貌は怖ろしい事を言ってくる。

「ちょ、ちょっと待て! それは冒険者ギルド内の情報であって勝手に見ていいものじゃねえぞ!?」

「良いのよ。その為の冒険者ギルドなんだから」


 冒険者ギルドは元々、神使の一族(ゼプル)が発足させた機関らしい。基本的な仕組みを作って、冒険者互助機関に見せかけて大陸各地に広げさせた。

 もちろんギルドとして機能はして、営利体制は整った形でだ。そうでないと大陸中に広めるのは難行になる。

 彼らは各国の権力者に働き掛け、国際機関として機能するように作り上げていった。


 その上で、とある遺跡で冒険者徽章書換装置の基になる機器を、あたかも発掘品であるかのように見せかけて発見させる。ゼプルの魔法局・技法局が合同で作り上げたそれは、冒険者ギルドの機能に合致するように組まれている。当然の如く一気に広まり、冒険者ランクやポイント、依頼内容から達成状況、各地の情報までが遣り取りされるようになる。

 それらをこの情報局で傍受して統合情報として利用していると言う。


 無論、覗き見の為に普及させたのではない。

 全ては魔王の出現やその兆候、或いは勇者の誕生などの、対魔王の情報収集の為に用いる目的で、である。

 情報全てに目を通している訳ではない。一定の言葉に反応して抽出するのがこの情報局を占拠している機器の機能である。膨大な情報の中から必要なものだけを拾い上げて、更に情報局員が判断して情報が統合されて報告される。

 ここはゼプルが使命を果たす根幹になる部局だった。


「ウェズレン、いる?」

 大声で呼び掛けると、真っ直ぐな青い髪を背中で切り揃えた女性が駆けて来た。

「これは姫様! 姫様が各地から送ってくださった情報は、非常に明解で有益なものばかりでした。ありがとうございます」

「そう? それは良かったわ」

 彼女は外の情報に触れる最前線にいる所為か表情豊かで、覇気も有るように見える。

「姫様、御自ら世界を巡られてお集めになられた情報。不肖、このウェズレン、ゼプルの使命を果たすべく、魔王討伐に向けて一意専心励んでいく所存にございます!」

「……そ、そう? 頑張ってね?」

 麗人も押しの強さに軽く引いている。

「それでね、ウェズレン。申し訳無いんだけど、軽々に送れなかった情報があるのよ」

「何でございましょう! 姫様がそこまでおっしゃる情報であれば、それを元に必ずや魔王の発生場所を突き止めて見せましょう!」

「あ、あのね……。魔王……、この人が倒しちゃったの」

 一瞬何を言われたのか理解不能に陥ったらしい情報局長は固まる。

「……へ? ええ ── !!」


 ウェズレンは床に崩れ落ちた。

内部事情の話です。神使の一族(ゼプル)の人々を描く展開でした。思わぬ苦戦を強いられました。やっぱり作劇というのは、人のリアクションを描くものです。当然、誇張をします。クール系キャラが中にいても、全員がそうというのは考えられません。ところが今回は、ほぼ全員が無感動無関心でなくてはなりません。つい普通のリアクションを取らせそうになるのを書き直したりする作業が多くて困りました。

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