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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
青髪の美貌
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その名は…

「♪~」

 うららかな日差しの下をゆるゆると進む馬車の上、胡坐をかいた少年の膝の上で幼い少女が鼻歌を紡いでいる。


 ここ数日の付き合いで隊商主オーリーは、そのカイと名乗る冒険者は自分に取り入ろうなどという欲得とは全く無縁の存在なのだと悟っていた。

 あっけらかんとしていつもニコニコとした笑いを張り付けている顔には何の裏も無いのだ。タニアと楽しそうに語ってオーリーとも親しみを深めていながらも非常に丁寧な語り口を崩さない。それは自分に対する敬意の表れだと十分に感じさせる。

 一方、チャムという女性はその類い稀な美貌を誇るでもなく遠慮のない口調で話し掛けてくる。そんなところを妻のアリサは気に入ったのか、彼女を隣に座らせてとても上機嫌でいる。


 実はこの妻はホルツレインの騎士爵貴族の妾腹の子で、大きく捉えれば貴族の出と言える女性だった。

 それを一目で見初めたオーリーが多額の献金と拝み倒さんばかりの熱意で射止めた女性だ。だからと言って冷めた関係ではなく、アリサは本当に大切にしてくれるオーリーのことをとても愛しており、夫婦仲を疑う余地もない。

 ただ旅暮らしというのは彼女には少々応えるようで、数度に一度はアリサとタニアを保養地に残して商隊を率いることになる。そんな彼女が、チャムのどこかしら気品を感じさせる様子が、自分が育ってきた環境を埋めていた人種と同じものを感じるのか落ち着いた表情を見せていた。


 カイとチャムを傍に引き寄せられたのは大成功でオーリーも大満足しており、この旅の終わりに専属契約に持ち込めないかと頭の中で吟味しているのだった。


 前方を進む幌馬車の中からは「うまく取り入ったもんだな」と言わんばかりの視線は飛んできているが、二人はそんなものに頓着するほど神経質じゃない。

 脇を固める『紅蓮の翼』の男たちにとっては、日が沈むまでの一陽(1日)の間に一度あるかないかの魔獣の襲撃の都度「来ます」「右前方」などと的確な情報をくれるカイの存在は魔獣レーダーのようなものであり、重宝しているので何の文句もないようだ。

 そんな風に陽々(ひび)は過ぎていく。


   ◇      ◇      ◇


 だがしかし、その()は違っていた。


 薄曇りの空の下、街道の両側を占める鬱蒼とした森は余計に暗く感じられる。そういった状況では肉食魔獣も活発に活動しているのでカイは警戒を強めていた。

 そんな素振りはアリサやタニアには不安を抱かせないよう見せないが、チャムは薄々察している。本当ならいつもは傍らに立て掛けている剣を手元に引き寄せておきたいところだが、それをやるとカイの努力を無駄にするので辛うじて耐えている。

 ただ、この()も馬車の上に昇りたがったタニアを拒んで馬車の中に居させている。本人はそれがご不満のようで頬を膨らませていたが、それはアリサが宥めていた。


 昼休憩までしばらくの時が必要な頃合いにそれは起こった。

 脳内に浮かぶ多数の反応に、カイは騎馬の男たちに「警戒してください」と告げる。その時点でカイは犬系の魔獣の群れが集まっているのだと思っていた。

 ところがその動きを追っていると、非常に組織立った行動をしているのに気付いて舌を打つ。


「しまった! 人間だ! 止まってください! 盗賊が来ます!」

 急にカイが大音声を上げるとすぐに反応が有って全ての馬車が停止する。御者台のオーリーが振り返って「本当か」と問いかけてきたので、「たぶん間違いないかと」と答えるしかない。


(囲まれている。罠に掛かっちゃった?)

 カイは苦い思いに駆られるが、移動しながら広域サーチが使えない以上、こういう事態の事前察知は難しい。


 箱馬車から飛び出してすぐに施錠するよう言い置いて扉を閉めたチャムは見上げて「数は?」と問い掛けてくる。

「ごめん! 五十くらいまでは数えられるけど魔獣と区別できない!」

「十分よ! 皆、盗賊団だわ! 手加減無用よ!」


 カイには大勢の人の気配に息を潜めている魔獣と盗賊団の違いが判らない。サーチの魔法はある程度以上の大きさの生命反応しか捉えられないのだ。それでも無いよりましの情報を手に入れられたチャムは声を張り上げた。


 盗賊団の常套手段は、前方を数人で抑えて車列の進行を止めた後に、潜んでやり過ごした一団が後方から襲い掛かるというものだ。

 しかし今回のように察知されてしまうと薄く包囲するしかできなくなる。特に森を背にした者たちは立ち回りが難しいスペースしか確保できず密接して戦うしかない。

 『紅蓮の翼』はそれをよく心得ていて前後は厚く、側面は一人の指揮者を置いて幌馬車組を中心にした隊形を組んだ。


 ところが盗賊団は目の前に居るだけの数ではなかったのだ。

 カイに「森の中! 気を付けて」と言われてはいたが、目の前にいる敵の対応で精一杯になる。そこへ矢が飛んできただけなら盾を掲げて防ぐこともできた。しかし飛んできたのは魔法だった。


「おい! 魔法士まで居やがるぞ!」


 そのたった一言で全体が一瞬にして浮足立った。

 冒険者たちは忙しなく周囲を見回し、手元が疎かになって斬り込まれる。そうなれば一人また一人と傷ついて戦闘不能になる。

 薄くなりつつある守りを叱咤して指揮官とチャムは立て直そうとするが、数の差は明確になって厳しさを増してくる。そのうえ、前後の『紅蓮の翼』たちにまで魔法が飛んでいって負傷者を出すようになってきてしまう。


「いったい何人居やがんだよ!」

「そこ、抜かれるぞ! 誰かフォローしろ!」

「痛ぇよ。血が止まんねぇよ」


 怒号と悲鳴しか聞こえなくなってきた状況でチャムは『紅蓮の翼』と肩を並べて分厚い後方の敵と相対している。そこでさえ、もう辛うじて持ち堪えている状態だ。チャムは鋭く斬り込んで一人ずつ倒してはいるが、その後ろの盗賊が前に来るだけ。


 明らかな劣勢にオーリーが御者台に立ち上がって従業員たちに向かって大声を上げた。

「お前たちは逃げるんだ! 荷物を捨てながら逃げろ! 時間稼ぎになる!」

 その時、『紅蓮の翼』の一人が斬り伏せられて一気に崩れ立ちそうになる。

 チャムは音が鳴るほど奥歯を噛みしめて、盗賊団の中へ乱入する覚悟をする。が、その時、背後に気配を感じた。

「お待たせ。よく踏ん張ったね。もう大丈夫だから休んでてね」

 そう聞こえたカイの声と共に脇に手が差し入れられ、ポンと放り上げられてしまう。「キャッ!」っと声を上げて落ちてきたチャムをカイはお姫様抱っこで受け止め、自分の後ろにそっと下した。目の前で起こったそんな一幕に盗賊たちも呆気にとられていた。


 スッと前に出たカイは小さく「マルチガントレット」と唱える。すると彼の腕の太さの何倍もありそうなガントレットが前腕部を包む。強固そうな筺体の先に銀色の爪が輝くガントレット。


「なんだ、手前ぇは!」


 自失から抜け出て斬りかかってきた一人の盗賊にカイが無造作に拳を振るうと、その盗賊は「ゴズッ!」という嫌な音を残して1ルステン(12m)以上は飛んでいった。

 その様子を盗賊たちは目を丸くして見ているしかない。するといつの間にか目の前に来ていたカイの打撃を受けて一人ずつ飛んでいく。


「馬鹿野郎! ひるむな! 一気にしかけろ!」


 後方からの声に前列の数人が呼吸を合わせて動き出そうとするが、カイの突き出した右手のガントレット上部に在る埋め込まれた卵状の突起がヴヴと発振音をたてて輝線を吐き出す。輝線に薙ぎ払われた盗賊たちは血を噴き上げて倒れ伏す。

 この世界の者には理解できなかっただろうがそれはレーザー光線。カイがガントレットに組み込んだ飛び道具だ。マルチガントレットに組み込まれたギミックはこれだけではない。


「くそっ! 数で押し込め!」


 再び掛かった声に数に任せて押し寄せようとした盗賊たちに今度は左手も揃えて突き出すと、手の上に当る突き出した部分の一部がせり出し、バシュッという音と共に衝撃波を撒き散らして薙ぎ倒す。


「おい! 大盾を掲げて複数で圧し潰せ」


 大盾で壁を作って寄せようとすると、先ほどせり出した部分に開いていたスリットからブウンと光剣(フォトンソード)が形成され、カイがそれを振るうと大盾ごと上下に真っ二つにされた盗賊たちが崩れ落ちる。


「くっ! 魔法士っ!」


 横合いから飛んできた火球の魔法に、カイがガントレットを上にかざすとレーザー発射口の後ろにある薄い円形突起の外輪部が黄色く光り、光盾(レストア)が発現する。その光盾(レストア)に接触した火球は一瞬結晶化するような様子を見せた後に光の粒になって拡散していく。

 全ての攻撃が防がれてしまった盗賊団は既に壊滅状態に近いが、残りの者も尻込みを始めている。


「その巨大なガントレット…。魔法士殺し…」

 呆然とカイの戦いを見つめていたチャムから言葉が漏れる。

 そして一つ息を飲むと迷うように訊ねてきた。

「まさか…、あなた…、『魔闘拳士』?」


 そぐわない静寂に支配されていた場を明るい声が破る。

「そう呼ばれたの、久しぶりだなぁ」


 魔法をも以て闘う拳士。

 その通り名は『魔闘拳士』。

 それがカイ・ルドウの二つ名だった。


「ま、魔闘拳士!」

「そんなんに敵うわけないだろっ!」

「ひぃぃっ!」

 口々に悲嘆を垂れ流しながら逃げ始める盗賊たち。

「逃がすと思う?」


 急に素早く動き出したカイは近くの者は殴り散らし、森の中の魔法士たちは光条レーザーで撃ち倒していく。

 最後に残った頭目らしき男も大剣を搔い潜って懐に入ると下から打ち上げる。気持ち良く飛んだ頭目はべちゃっと地面に落下した。ギリギリ息はあったようだが、ピクリとも動かなくなる。


 戦闘が終了したのは昼も過ぎた頃だった。


   ◇      ◇      ◇


 カイはマルチガントレットを見つめる。


 やはり、自由に己が信じる正義を行使できるこの異世界の生活のほうが自分にしっくり感じるのは皮肉なものだと思ってしまう。家族に申し訳無いとは思うが、どうしようもなく事実である。


 彼はこの異世界から一度帰還した時のことに思いを馳せた。

流行りものに乗った訳じゃないんです。今回だけはサブタイで中身バレを絶対に避けたかったので吟味したらこれになりました。

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