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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
商人の統べる国

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徴税官

「徴税官様が来るんだよ」


 その()は朝の鍛錬が終わりに近付くとチャムがそわそわしだした。

「身が入らないみたいだし、行ってくれば?」

「良いの?」

「もちろん」

「削ってくりゅぅぅ ── !」と一言残し、回転の虜となったチャムは走り去っていった。


「いいのか、あれで?」

「何か問題でも?」

「明らかに変に見えるが…」

「それはともかく問題があるのは貴方のほうですよ? もうちょっとまともに振れるようになってくれなくては困ります」

「まだやるのかよ…」


 トゥリオはまだ力任せに剣を振っている。剣筋がブレているので、入りが悪いと簡単に弾かれてしまうのだ。

 それでは斬っているのではなくて叩いているのと変わらない。せめてきちんと剣筋を立てられるようになってくれなくては近くで戦うのも怖いというものだ。


 ぶっ倒れて動けなくなったトゥリオを放置して、チャムの様子を見に作業場に出向いたカイが、ワレサから聞いた台詞が冒頭のそれである。

「徴税官ですか?」

「ああ、ここいらだと五往(半年)に一度、徴税官がやってきて税を徴収していくのさ」

「納めに行くのではないんですか?」

 その辺りの常識がカイには足りない。

「物品納税だからね。足りなかったら二度手間になるし、運ぶにもあんたみたいな優秀な『倉庫持ち』が居るわけでないしね。それなら徴税官と一緒に来る議会のお抱え『倉庫持ち』に任せたほうが早いからね」

「なるほど」

「お金で納税する連中はベックルに行くみたいだけど、物品納税なら来てもらうのが常識だよ」

「そのほうが確実なんですね」


 それが合理的な方法として普及しているらしい。


   ◇      ◇      ◇


 数陽(すうじつ)後、ロムアク村の大路には砂糖を詰めた甕がずらっと並んでいた。

 それを徴税官に見てもらい、納税分を引き取ってもらうのだ。

 ガド村長が甕の前で待っていると八刻半(十時)頃に徴税官が数名の『倉庫持ち』を引き連れて馬車でやってきた。


「私が徴税官のドゥネルです。あなたが村長で?」

「はい、儂が村長をやっておりますガドでございます、徴税官様」

「では見せてもらいましょうか」

「こちらの十甕が納税分で、他の三十をいつも通り買い取っていただければ、と」

 甕の蓋を開けて中身を調べたドゥネルは顔を顰めて言う。

「これは酷い出来ですね。こんな物を一甕200シーグ(一万六千円)相当だとおっしゃるのですか?」

「そ、そんなはずは! よくご覧ください。品質は例年に勝るとも劣らない出来になっておるはずです!」

 嫌な顔をしながらもドゥネルはもう一度甕の中身を確認する。

「何度見ても変わりません。こんな物では一甕80シーグ(六千四百円)が精々です。納税分で二十五甕いただきますよ。残りの十五甕を1200シーグ(九万六千円)で引き取って差し上げます」

「そんな!それっぽっちでは皆が暮らせませぬ。どうか、どうかもう一度ご覧になってください!」

 ガド村長は食い下がる。

 それもそのはず、実際に1200シーグでは村人たちは次の半年生きていけないのだ。


 野菜は畑の物で何とかなる。肉も動物を狩ればいいだろう。

 しかし、ここでは育てていない穀類や生活用品は砂糖を売って得た収入で賄わなければならない。先の金額では餓死者が出かねない。


「くどいですね。結果は変わらないと言いました。引き取って差し上げるだけでもありがたいと思いなさい!」

「ああ、せめてお慈悲を…」

 ガド村長は蒼白になって大路に項垂れる。


「徴税官殿、ひとつお訊きしてよろしいですか?」

 心配げに見守っていた村人たちの後ろから進み出てきた黒髪の青年が問い掛けてきた。

「なんだ、お前は? 関係あるまい」

「いえ、徴税官殿の手間を省いて差し上げようかと思いまして」

「面倒な。早く言え」

「では。80シーグの甕が25個、徴税額はしめて2000シーグ(十六万円)で間違いありませんね?」

「それがどうした?」

「では現金でお支払いしますので、お引き取り下さい。ここの砂糖は全て僕が買い取らせていただきます」

「何を言う。そんな金、お前のような者に払えるものか!」

 ドゥネルは相手が流れ者だと思って侮っている。しかし、カイは『倉庫』から革袋を取り出すと、その中にいっぱい詰まっている1000シーグ金貨を二枚取り出して差し出す。

「これで良いでしょう?」

「ば、馬鹿なことを言うな! そんなことを認めるわけが無かろう!」


 ドゥネルはそれでは困るのだ。

 ここで砂糖甕を買い叩いて高価く転売し、差額分をケインに献上しなければならない。ただ2000シーグを持ち帰れば済むわけではない。


「でも貴方は徴税官なのだから税金を徴収して帰ればいいんでしょう? どこに不都合が?」

「村人以外から税を取り立てるわけには…」

「いえ、これは砂糖の代金、つまりこのロムアク村の財産と同じです。この砂糖は僕の見た限り、茶砂糖としては最高品質と言っていいと思います。砂糖そのものもよく使いますし、他所に持っていけば200シーグより高く売れるのは確実です。どちらにせよ僕は損をしません」

 青年の後ろには戦士らしき長身の男と美女が並んでプレッシャーをかけてくる。

「だ、黙れ! 下らない理屈をこねるな! この商民議会公認徴税官ドゥネルが認めんと言ったら認めんのだ!」

「よく解らないことをおっしゃる。僕の理解が足りないだけでしょうか?」

 黒髪の青年が首元から、紋章が彫られたレリーフを取り出す。

「それともこれを見たら僕にも解るように説明していただけるのでしょうか?」

「な…! そ、それはまさか…」

 ドゥネルもそれなりの地位に居る者の一人だ。それが何かを知っている。

「ホルツレインの聖印!」


 ホルツレインの聖印はホルツレイン王家の紋章が彫られたレリーフのペンダントである。

 これはホルツレイン王家が認めた者にのみ与えられる物で、王家の庇護を証明する。普通はホルツレイン王宮の重臣、及びその家族が持つのみだと言われている。


「ご存知のようですね。ではホルツレインの交易路に位置するクナップバーデン商民国で、これを持っている者と問題を起こせばどうなるかもご理解いただけることと思いますが?」

「あ…、あああ…、そんな…、馬鹿な…」

「どうぞお引き取りを。税の件はまたの機会にしませんか?」

「ひっ!」


 カイがドゥネルを睨みながら一歩踏み出すと悲鳴を上げて連れを促し、馬車に乗って逃げ出した。


   ◇      ◇      ◇


「そんなもん、持ってやがったのか…」

「あ、私も貰ってたんだった」

 チャムも聖印を取り出す。暇乞いした時に国王アルバートより贈られたのだ。

 以前、カイが言っていたもう一つの身分証というのはこれのことだ。それの持つ意味はトゥリオも知っている。

「そういうふうに使える物なのね」

「見せびらかすような物じゃないけど、場合によっては効果的だね」

「覚えとこ」


「カイ、君は…、いやあなた様はいったい…」

 やっと我に返った村長が尋ねてくる。

「いやですね、村長さん。僕は普通の流れ冒険者ですよ? ところで砂糖の買取の件ですが…」

「誤魔化さんでもいい。何か事情があるんじゃな? 助けてもらったのは事実じゃ。感謝する。それだけじゃ」

 煙に巻こうとしたカイだったが、機先を制された。何とか首長の貫禄で乗り切ったガドは尊敬に値する。

「あれは方便じゃないんですよ。全部とは言いませんから、三甕くらいは売っていただけません?」

「本気じゃったのか?」

「それで済むなら全部買ってもいいと思ってました。でも結構使うから欲しいのも事実なんです」

「それは構わんのじゃが、うむ」

 ガド村長は考え込むふうになる。


「なあ、村長。税の件ならちょっとした伝手があるんだ。時間もらえねえかな?」

「任せても良いのかね?」

「たぶん何とでもなる。ベックルまで行かねえとダメなんだが」

「では頼んでもいいかな?」

「ああ、待っててくれ」

 トゥリオはそう言って動き出す。


「悪いが付き合ってくれ、な?」


 ブラックに頼んで了解を得たトゥリオは騎乗してロムアク村を一人で発つのだった。

納税の話です。とうとう暗雲がロムアク村まで波及してきます。こうして書いていると物品納税というのは簡単に公平性を欠いてしまうのですな。昔の日本が米の年貢以外はほとんど金納だったのはこういう理由からだったのかもしれません。

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