幻惑の奇襲(1)
(しまった。山守の群れか)
クオフは苦悩の度を深める。
変異種の闇鼬はただ暴れているのではなく、地狼の群れを相手にしていた。
四十頭は越えようかという数の狼魔獣が包囲して戦っている。
それは山守の群れだ。
獣人族達が住む山々にはそれぞれ生態系が出来上がっているが、時々狂気に駆られたように暴れ出す魔獣も発生する。
無論獣人達も対応するが、そういう時に頼りになるのは、目の前の地狼の群れのような山守の群れだ。彼らは山の自然が大きく損なわれないように動き、秩序を維持しようとする。
山の防御機構のような存在だ。
(だが、人族の冒険者にとってはただの魔獣でしかない。倒されてしまう、どうすればいい?)
四人の冒険者には、地狼に危害を加えないように何らかの言い訳をしなければならない。
迷っているうちに、冒険者達は武器を取って前に出ようとしている。
声を上げようとした時に、気品を含みながらも強い姿勢を示すような声音が周囲に響き渡った。
「下がりなさい、狼達! あれは私達で始末します!」
◇ ◇ ◇
2500メックもある巨体ながら敏捷な動きで暴れ回る変異種に、狼の群れが挑み掛かっている。しかし、魔法で幻惑されているのか、狼達の土槍は的外れな場所を穿ち、その牙は空を噛んでいるようだ。
それを嘲笑うかのように変異種と通常種の闇鼬は牙と爪に掛けていく。負傷した地狼が脱落していく中、それでも何か悲壮な覚悟があるかのように闘志を絶やさず戦っていた。
(いけない! このままじゃ被害ばかりが増えてしまう!)
そう考えたチャムはブルーを駆けさせたまま、大音声を放つ。
「下がりなさい、狼達! あれは私達で始末します!」
そう告げるとともに駆け込んだ青髪の美貌は、擦れ違い様に通常種の闇鼬に剣閃を走らせる。だが、300メック近い身体を機敏にくねらせた相手に浅い手傷を負わせるに終わった。
(こいつら、思ったより厄介かも)
チャムは気を引き締めて睨み付けた。
闇鼬が黒い霞のようなものを吹き付けてくると、一瞬視界がブレたかのように感じる。薄暗くなった視界で捉えた細長い身体にプレスガンを数射放つが、反応も手応えもない。
(これは掛かっているわね?)
すぐさまそう判断したチャムは、胸装の彼らの紋章に魔力を流した。
発生した光円盾が薄闇の中を引き裂いて進むと、光の粒子が鮮やかに散っていき、見えていたのとは異なる位置に闇鼬の姿が現れる。すかさず盾を向けて、プレスガンを連射すると魔獣の焦げ茶色の毛皮に赤い点が花開き、苦鳴とともにのたうち回った。
「ブルー!」
駆け寄ったセネル鳥が、鋭い蹴爪で横腹を抉ると、堪らず悲鳴を上げて飛び退いた。
それで逃がしたりはしない。
ブルーが追撃を掛けると、歯を剥き出しにした闇鼬は、向かって左側、青髪の美貌が長剣を掲げていないほうへ回り込む。
ずる賢さを見せる魔獣だが、そこはプレスガンの守備範囲。ところが、連射をその身に受けつつも突き進んでくる。捨て身の攻撃に踏み切ったようだ。
間合いを詰めた闇鼬は、敵をその顎に掛けようと迫る。チャムは、その大口へ盾の先端を差し入れた。
「ジャギン!」
剣身射出器の奏でる音が情け容赦なく鳴り響く。一瞬だけ射出された剣は容易に魔獣の延髄を貫いていた。
痙攣を起こした身体は、間を置かずくたりと地に倒れた。
「ブルー! 速やかに撤収!」
即座に反転した青いセネル鳥は、彼の後方へ下がる。
一人と一羽の耳には「マルチガントレット」と呟く声が入ってきた。
◇ ◇ ◇
トゥリオは大盾を掲げると、黄色いセネル鳥が付いて来ているのを確認しつつ、一匹の闇鼬に向かっていく。
「近いのと遠いのはどっちがいい?」
引き込むか、弾き飛ばすか、フィノに訊く。
使う魔法によって距離の取り方が変わってくるからだ。
「注意を引きつつ撥ね飛ばしてくださいですぅ!」
「おう、任せろ!」
大剣を引き抜いた赤毛の美丈夫は、自信ありげに口角を吊り上げる。
すぐに幻惑の薄闇が襲ってくるが、彼らにはあまり関係ない。基本的に後手の戦術だからだ。
まずは大盾で受けてからの対応になるのだが、幻惑を使った闇鼬は黒いセネル鳥の盾士を迂回して、獣人魔法士へ忍び寄ろうとする。
「雷射!」
フィノは、右手のロッドに必殺の魔法を待機させたまま、左手で指差して別の魔法を発現させるという離れ技をしてのける。
幻惑を用いられようと、サーチ魔法を起動させている彼女には死角はない。
「ヂイィッ!」
魔獣の上げた悲鳴に、トゥリオは即座に反応した。
「そこか!」
痛みで薄闇に同化させていた本体を現した闇鼬に大剣を振り下ろすが、機敏に飛び退いた所為で脇腹を斬り裂いただけに終わる。
「このぉ!」
反転して大男に襲い掛かろうとした魔獣へ、跳ね上げた大剣の腹を打ち込み弾き飛ばした。
「おらぁっ!」
相当重量がある筈の相手が宙を飛ぶ。とんでもない膂力だった。
「光槍マルチ!」
それは光属性への適性を上げる訓練を続けてきたフィノが、俊敏な敵に対して少ない魔力で連射の利く魔法をと会得したものだ。
それが、衝撃でまともに着地出来なかった闇鼬に一気に集中して突き立つ。力無く四肢を投げ出して伏している魔獣は、ゆっくりと頭部も伏せて動かなくなった。
「よし! 退くぞ!」
トゥリオが首を巡らすと犬耳娘は首肯する。
「はい!」
「走れ、ブラック!」
駆け抜ける二人は、背中で「マルチガントレット」と呟く声を聞いた。
◇ ◇ ◇
「ちっちー!」
主人にひと声鳴いてリドは駆け降りる。
「気を付けてね?」
「ちゅい!」
走りながら護符の反転記述刻印に魔力を流す。すると魔石に接続されている分子集合が展開されて本来の身体を再構成した。
250メックの身体を波打たせるようにして走ると、前方に二回りは大きい同様の体型を持つ焦げ茶色の敵が現れ対峙する。
「ぢっぢー!」
挑戦状のように警戒音を叩き付けるが、闇鼬は睨み付けてきた。
彼女が怖れず挑発するように尻尾をくいくいと動かすと、薄闇が周囲を覆う。敵の気配が拡散して、姿も確認し辛くなる。だが、リドはお構いなしに前肢で地をタンと叩き真空の刃を大量に発生させ、薄闇の中を飛び回らせた。
魔法の制御に関しては、魔獣として跳び抜けた感のある彼女の刃は隙間なく空間を斬り裂いて敵の身体を捉える。
「ヂッ!」
血飛沫を散らして姿を見せた闇鼬は、ぶるりと震えるとかなり興奮した様子で猛然と突っ掛かってくる。
「ジャッ!」
低く駆けてくると、リドの喉首に向けて牙を閃かせた。
「ちちっ」
冷静にその様を見ていた彼女は、敵の眼前に大光量の球体を生み出した。
「ヂ ── !」
まさかリドが光の魔法まで扱えるとは思っていなかった相手は、完全に目をやられて蹲ると前肢で掻きむしる。眩んだまま不用意に立ち上がったところへ彼女は軽く尻尾を振り、生み出した刃で首を刎ねた。
崩れ落ちる音を後に身を翻したリドは、主人に駆け寄ると頭を擦り付ける。
「マルチガントレット」
銀爪が優しく頭を撫でる。
「ご苦労さま。後ろで待っておいで」
「ちゅ!」
「起動」
言い付け通りに駆け出すと、カイの声が聞こえる。
「神々の領域第二段階」
闇鼬戦の話前半です。今回は局面戦闘のシーンの展開でした。久しぶりにリドも参戦して立派に戦います。マスコットであり、コメディ担当でもありますが、彼女も強いのです。




