ラトギ・クスへ
張り水の横を抜けて沢を下りると小屋があり、そこに荷車が収めてあった。
連れてきたセネル鳥をそれに繋げ、六名が乗り込む。あとは自前のセネル鳥に騎乗するスアリテと他に三名の護衛役。総勢十名の購買班だ。
それに冒険者四名が加わり、山間の道を埋めるようにして下っていく。
いつもと違う点は冒険者達の存在だけでなく、連絡員のスアリテがいるところと、副長クオフが腰に剣を下げて護衛の列に加わっているところ。郷では見る事はなかったが、彼も結構戦えるらしい。
猛々しさは欠片もないが、人は見かけによらないという事だろう。
それだけの集団ともなればかなり目立つ。
数度は魔獣の群れに遭遇する事もあったが難なく退けていく。彼らは皆が戦士である。何らかの刃物を帯びていて、それぞれが魔獣と対峙して倒してしまう。
その上に今回は、冒険者の犬耳娘が襲撃を事前に告げてくれる事もあり、心構えも十分に出来た所為もある。
ただ、後ろに回り込んだ筈の魔獣に対応しようと動くと、いつの間にか地に転がっている事が幾度もあり、クオフはそれを不思議に感じていた。
山間部を抜けて主要街道に出ると魔獣の襲撃も無くなり、緊張感も薄れてくる。
「乗せてよー!」
フスチナはトゥリオと一緒にブラックに乗りたがる。
「無茶言うんじゃねえよ。見ての通り俺は重いんだ。これ以上乗せたら走れなくなるだろうが」
「きっと大丈夫よー。そんなに大きな身体しているんだから」
「ギッギー!」
腹を立てたブラックに威嚇音を浴びている。
「意地悪ー」
「セネル鳥に乗りたきゃ自分のとこの奴に変わってもらえ!」
スアリテに宥められ、クオフに注意されて黙るが、彼女は似たような騒ぎを重ねて起こしている。
「構うことないんですぅ…」
フィノは、隣の麗人に聞こえる程度の声量で零す。
「あれはただ、都会の暮らしに憧れて連れ出してくれる人を捜しているだけなんですぅ。相手なんて誰でもいい…。あんな顔をした人は、世代に一人二人はいるのですぅ」
「そうよね。それが透けて見えているのに、スアリテには分からないみたい。未熟者ね。適当にあしらえないトゥリオもトゥリオだけど」
「トゥリオさんにはきっと無理ですぅ。縋ってくる相手を本気で邪険には出来ないのですぅ」
フィノにはそれが分かっているのに、それでも苛立たしく感じる自分に嫌気が差しているのだろう。
「あいつも未熟者だわ」
そう言ってチャムは、垂れた犬耳を優しく撫でるのだった。
◇ ◇ ◇
ラトギ・クスは便宜上首都とされているが、都市と呼べるほどの大きさはない。少し大きめの宿場町辺りが表現としてはぴったりだろうと思われる。
在住の人口は二千人あまり。その一割ほどが人族である。それ以外は獣人族が占めており、様々な業種を営んで暮らしている。
その主たる業種は宿泊施設の経営になる。出入りの多い連絡員には専用の宿泊施設が設けられているが、彼らのような購買班、詣での獣人、行商の商隊や買い付けの卸し屋の人族には宿が必要。その為の施設がラトギ・クスには多い。
その外来者が千人前後はおり、常時三千人前後がこの町に起居している事になる。
町に入ると、活気に満ちた様子が窺える。
その空気にフスチナは目を輝かせるが、買い物は後回しになる。スアリテがネーゼド郷長議員のトクマニの元へ行かねばならないだけでなく、今回はクオフが出向いてきている。先に挨拶くらいは済ませておかねばならない。
長議会の議事堂は高層建築ではなく、平屋で広く取られていた。聞いた話によると会議場の他に、幾つかの待機室があるだけらしい。
「申し訳ありませんが、ここでしばらくお待ちください。顔見せだけしてきます」
議事堂や周囲の様子を窺っている購買班の面々にクオフは声を掛けた。
そこへ首を捻っていた黒髪の青年が「難しいかな?」と独り言ちる。
「え?」
「急がねばならん! まだ着かんのか?」
「遣いは走らせました。待ってください」
その独り言に疑問を抱いたところへ扉が開き、中から多数の獣人が顔を覗かせた。
「どうしたのです?」
「おお、ネーゼドのクオフではないか!? 知恵を貸してくれ!」
「非常事態のようですね? 状況説明を」
ネーゼドの副長は、長議会でも知恵者として有名人らしい。
「ガトバ郷近くに闇鼬の変異種が現れた。まだ少し距離があるがかなり暴れているらしい。緑の神には遣いを出すが、足留めせねば集落に被害が出…」
「しっ!」
狐獣人の指摘に、虎の獣人らしい男は息を飲む。クオフの後ろに人族の姿が有ったからだ。
「と、取りも直さず、足留めせねばならんのだ! 山に火を放ったりはしたくない。何かないか?」
「困りましたね…」
「その変異種、僕達で倒しましょうか?」
カイは「距離にも拠りますが」と断りを入れつつ提案する。
「ガトバ郷ならセネル鳥をとばせば三刻ほどの距離ですが、いくらあなた方が強くとも…」
「うちからも戦士を出す! とりあえず足留めだ!」
クオフが説明を始めたところで割り込む声がある。見れば狼の獣人が人を掻き分けながら進み出てきた。
「ひと山超えればうちのモバリタ郷だぞ! 他人事じゃない!」
「確かにそうだが、人を集めたってどうにかなるもんじゃないだろう!」
「あら、モバリタ郷?」
青髪の美貌が場の雰囲気にそぐわない声音で奏でる。だが、その妙なる調べに獣人達も耳を奪われた。
「ハモロ達の故郷でしょ? あの子達、一度帰るって言っていたけど、帰郷したのかしら?」
「ほう、君達はハモロと知り合いだったのか? ハモロと言えばな…」
何度も何度もした話なのか、急に笑顔になると言葉がすらすらと出始める。
「旅先でとんでもない人に会ったようでな、その人は彼の英雄だったというのだ。一見、小柄でそんな風に見えないんだが、黒髪黒瞳のその冒険者が…」
モバリタ郷の長議員らしい男の視線がカイに集中する。
「魔闘拳士!!」
「ええ、ですから僕ならお役に立てると思うんですよ?」
皆が息を飲む中で、青年は妙にのほほんとした声を出す。
「…魔闘拳士。あなたが、ですか?」
「ニザーリ郷の娘が言っていた男か…?」
「か…、『神屠る者』…!」
空気が驚愕の色に染まる中、麗人がパンパンと手を鳴らす。
「それどころじゃないんじゃないかしら!? すぐにガトバ郷まで案内出来る人を出しなさい!」
「さっさと行くぜ! 被害が出る前に変異種を倒しちまうぞ!」
「イエローさん、申し訳ないのですが、もうひとっ走りしてくださいですぅ」
翼を大きく広げて「キュイッ!」と答える。
「クオフが案内出来ます。付いて来てください」
「す、スアリテも行くぜ! 獣人の危機なんだからな!」
彼の言葉には見栄も含まれているようだが、クオフは違うようだ。
瞳に宿る真摯な光は、何かを見定めなければならないという決意の表れであるかのように見えた。
◇ ◇ ◇
ラトギ・クスが位置している平野部は僅かなもので、西にセネル鳥を走らせるとみるみる山地が近付いてくる。
山間の道を駆け抜け、郷へ上がる道に差し掛かってしばらく進むと、列を成して避難する老人や女性、子供の一団と遭遇した。
念の為にそのまま避難をしてもらう。首尾よく片付いたら連絡する旨を伝えて。
声援を背に坂道を駆け上がっていると、重く響く振動を感じる。樹木が倒れる様子を確認し、その方向へ道を逸れて進み、遠くそれが暴れる姿を確認した。
鼻面の黒い、体長2500メックもの巨体。闇鼬の変異種は、余勢を駆ったか、三体の通常種を従えている。
「ぎるいぃー!」
彼らを認めたのか、耳障りな咆哮が木霊した。
首都の話です。ネーゼド郷からラトギ・クスまで移動したところで例によって身バレする展開でした。ここまではのんびりとした内容だったのですが、急転直下のバトル展開になります。次話、衝突。




