お風呂と神様
子供達は持久力の塊である。
それを数十人も相手するとなるとかなりの体力を要する。身体強化を持つ彼らでもギリギリというところで、終盤はあしらいつつ遊ばせていた。
珍しい客に興奮した子狐や子熊は完全に羽目を外していて、やりたい放題で泥んこになって遊ぶ。そのまま返すのは申し訳ないので、お風呂リングの出番となった。
幸い、この辺りは湿気が多い。川まで水汲みに行かなくとも風呂に張るくらいの水は容易に確保出来る。あとは焚き釜の刻印に魔力を注いで少し待つだけ。
そうしていれば、自然と子供達も集まってくる。
「こうやってお湯を沸かしているんだよ。お湯に浸かると気持ち良くって疲れも取れるからね」
口々に疑問を挟む彼らに教えるが、ピンとは来ないようだ。おそらく普段は川の下流で身体を流しているのだろう。
「じきに分かるよ」
「ふうん」
不思議そうに格子窓から湯気が立ち上る様子を眺めていた。
「お姉ちゃん達、綺麗ー」
そんな声が格子窓から聞こえてくる。
子供達を風呂に入れる担当は女性陣。何せ皆泥んこなので、彼女らに水を足してもらいながら湯で洗い流さなくてはならない。自動的にカイは焚き釜の魔力源の担当となる。
「ほら! 綺麗になったから浸かりなさい!」
「あははー、ざぶーん!」
「あったかーい! 面白ーい!」
遊び感覚のお風呂である。いつものように、女性陣の入浴で艶やかな雰囲気になる余地もない。ただ、流れ作業のように洗い流す様子だけが伝わってくる。
「全然足りないわ! どんどん焚いて!」
「循環能力以上は無理だよ~」
「お風呂を楽しめないわ! こらー、お湯かけるなー!」
結構楽しそうである。
ひと通り、大きな子達を流し終えて、小さな子達とやっと湯に浸かれたらしいチャム達の声が漏れ聞こえてくるようになった。
「それじゃ、君達も森に遊びに行くの?」
「行くよー。お兄ちゃん達と一緒じゃないとダメって言われるけど」
「当たり前ね。森には魔獣がいるの。言う通りにしなくてはいけないわ」
幼くとも運動能力は高いとは言え、魔獣相手では心許ない。
「大きな魔獣とかも居ますから、よーく気を付けないとダメですよぉ?」
「お父さん達がやっつけてくれるから大丈夫!」
「うん、でもすごくおっきいのが時々出るって」
「知ってるー。怖いねー」
大人が或る程度魔獣数量コントロールを行っているようだが、やはり危険と隣り合わせの生活である。
「平気なんだよ。危ない魔獣は神様が食べてくれるってー!」
「あー、いけないんだ。外の人に話しちゃダメって言ってたでしょ? 怒られるよ」
「そうだったー。内緒ね?」
(いや、聞き捨てならないし。神様はともかく、食べるってのはどうなの?)
普通なら『神様』のほうも捨て置けないのだが、彼らの場合は少々事情が異なる。
「どういう事ですかぁ? 神様が魔獣を食べちゃうんですかぁ?」
同じ引っ掛かりを覚えたのか、フィノが柔らかな声で追及してくれる。
「あーん、内緒って言ったのにぃ」
「気になっちゃいますよぅ。だって危ないでしょう?」
「大丈夫なの! 滅多にない事だって!」
頻繁でなくとも、神様は尋常でない。
「稀にしかない事って言っても、気を付けなくてはいけないのよ? 神様だって忙しくて、すぐに食べに来てくれないかもしれないでしょ?」
「うん、すぐは無理なの。見つけたら会議に報せなきゃいけないんだって。そしたら神様来てくれるらしいよ?」
「ほら、そうでしょ?」
相手は子供だ。チャムの誘導尋問に簡単に引っ掛かる。悪気はないが、この話は放置出来ない。
「だから、十分気を付けるのよ?」
「うん! すぐ逃げるから!」
「そう、ぴゅーって!」
「あはははは!」
風呂から上がった子達に、トゥリオがせっせと洗濯しカイの温風刻印で乾かした衣服を着せて送り出す。
「またねー!」
「ええ、また明陽ね」
見送った彼らは、互いに意味深な目配せを交わした。
◇ ◇ ◇
陽が暮れ始めた頃、冒険者達の対応を任されたらしいクオフが精麦されたジャワナ麦を持ってきてくれる。
「ありがとうございます。こちらではどうやって食べていらっしゃいますか?」
赤麦と呼ばれているイェリナン麦の例もある。もしかしたら粥にするか、煮物の具として調理している可能性を考えて尋ねてみる。
「炊飯しています。分からないようでしたらやって見せましょうか?」
「とんでもない。得意中の得意ですよ。僕達は赤麦も炊飯で食べていますから」
「ほう。それなら、差し出口でしたね?」
狐獣人は納得して引き下がる。
「ご一緒しませんか? お気付きが有れば意見をいただきたいので」
「そうですね。宜しければ参考までにあなた方の流儀を見せてもらっても?」
提供してもらったのだからこちらも善意を示したいカイは誘い、彼も乗ってきた。
炊飯専用に作った土鍋を見せると、クオフは珍しげに眺めている。
「陶器製なのですね?」
「はい。熱の伝わり方とか保温性とか、色々と優れた点があるのです」
「ほほう、非常に興味深い」
熱心な様子を見て、問い掛けてみる。
「今は金属鍋を使用されているのですか?」
「ええ、炊飯は耐久性を見越して金属鍋を使っていますが、山には焼き窯もあるのです。食器類はそれで賄っていますので」
「焼き窯ですか? なるほど、それではこの味見にも大きな意味が生れてきますね?」
お互いに得るものがあるのなら、それに越した事はない。
白麦ご飯が炊けてくると、土鍋の蓋の穴から勢いよく蒸気が噴き出す。周囲は、あの炊飯特有の香りが立ち込め、否が応にも胃袋を刺激してくる。
「堪らないな…」
黒髪の青年の中で期待感もいや増していく。
「焼けてきたわよ?」
「腹の虫が騒ぎやがるぜ」
「この匂いは暴力的ですぅ」
昼間は十分に運動もした。仲間達も空腹に耐え切れなくなってきたようだ。
「ご飯で楽しむなら焼き肉が一番だね? もう少しで上がるよ」
「急いでくださいぃ!」
そうは言っても、蒸らしをしっかりしないと本当の旨味を引き出せない。注目の集まる土鍋はカイの目が光っていて触らせてもらえない。
「さあ、もういいかな?」
「おお…」
蓋を開けたそこには、ふっくらと膨れた白い麦の姿がある。筋が走っているので薄い茶色も混じるが、全体に白の印象の強い炊き上がりはカイの心を沸き立たせる。
木椀にそれぞれの分をよそい手渡していくと、互いに窺うような素振りのあとに、皆が一斉に口に入れる。
麦ご飯だけあって、少し噛み応えがあるのは致し方ない。しかし、それを補って余りある食感が次にやってきた。
歯で噛み潰そうとすればもちっとした感触が返ってきて、それが弾けると程よい粘りが舌に絡み付いてくる。そのまま噛み続けると、まずはほんのりとした甘みが舌に感じられ、それがだんだんと強くなっていく。
穀類独特の甘みが伝わると、脳はそれを最高のエネルギー源であると判断し、幸福を感じる物質を放出するとともに、消化酵素の分泌も促す。それが更に甘みに繋がっていくのだ。
「あー、美味しい…」
感動で脱力したかのような声が漏れてしまう。
「すげえぞ、これ。赤麦より柔らかくて甘い。何か、こう…、何て言うんだ?」
「旨味よねぇ。それだけでも美味しい感じ」
「それだ!」
犬耳娘は声もなく大きく尻尾を振りつつ、ずっともぐもぐとしている。
「これは素晴らしい炊き上がりですね? 芯もなく程よい柔らかさで食感も申し分ない」
「土鍋で循環させると、火の行き渡り方が均等になって、全体にこの味が出るんです」
クオフももうひと口味わいながら「これは良い」と口にする。
塩と香辛料を振っただけの単純な焼肉が、更にご飯の味を際立たせ、無心に腹を満たす光景が続いたが、そこでカイは疑問を挟む。
「この焼いた魔獣肉はジャワナ麦のご飯にぴったりですが…」
青年は、狐獣人を窺う。
「この辺りの神様も魔獣肉がお好きなようですね?」
神様の話です。子供が口を滑らせてしまう展開でした。そんな話題が出てくれば彼らが食い付かない訳もなく、やっとエピソードの本題に入って来ます。今回もネタ明かしの一つですが、長さは普通くらいになりそうですね。




