復活の謎
あの時、チャムは慈愛神アトルに剣を向けようとしていたので、背後で何が起こっていたのか知らない。なので、彼女はフィノに様子を尋ねたがどうも要領を得ない。
「何かこう、チリチリチリーって光が集まったかと思ったら、パッていつの間にかカイさんが元通りになって普通に動き始めたんですけど」
「分からない」
「ふぁっ!」
フィノはしきりに手を振り回して説明するが伝わらない。語彙力云々ではなく、彼女にも何が起こったのか分からないようだ。
「それはね…」
緑眼に睨まれたカイはたちまち降参して説明し始める。
思い立ったのは魔王との戦いの後、すぐくらいの事らしい。
カイ自身は、神々の領域をいよいよ最後の切り札と考え、基本的にはその札まで切る場面は訪れないであろうと思っていたそうだ。
ところが、彼の想定を超える相手と遭遇戦になったのは、まだ旅も半ばに差し掛かっていないのではないかというところ。これは問題だと、彼は心の中で腕組みする。
自分の性格上、似たような状況を見過ごす事は出来ないだろう。このままでは、チャムだけではなく仲間も危険に晒す事になってしまう。別れるという選択肢は選びたくない。
色々と考えた結果、出会い頭の攻撃で自分が命を落とすような事がなければ、何とか取り戻せるのではないかと考えた。
「自分自身に自動復元を記述刻印する事にしたんだ」
その結果を仲間達に告げる。
「自動復元?」
「うん。それも普通に入れ墨とかじゃ、そこを傷付けられると機能しなくなってしまうから、固有形態形成場そのものに刻み付けたんだよ」
「固有形態形成場に?」
自動復元の刻印記述そのものは、既に魔法陣として完成している。それに幾つかの機能追加をして、実際に施したらしい。
具体的に言えば、まずそれそのものが魔力回路のように機能する魔力蓄積刻印と、減衰の大きい欠点を持つ魔力蓄積に、常に魔力を補充する魔力充填刻印。
物理的に復元しただけでは今回のように頭部が失われると人格も失われてしまうので、記憶の記録刻印も必要になってくる。その為の一時記憶刻印。これには十呼毎に固有形態形成場そのものに記憶を転写する機能がある。
「そんな緻密な魔方陣を自分の固有形態形成場に刻印したんですかぁ?」
半目のフィノに、カイは頭を掻いて見せる。
「固有形態形成場に刻印するだけでも魔力を湯水のように使うからさ、一巡くらいは寝込むかと思ったんだけど、何とか数陽で済んだから助かったよね」
「あー、あの時か」
トゥリオが思い出したのは、ホルムトに勇者がやってくる少し前の事だ。彼がフリギアへの里帰りから戻ってくると、カイに「後をよろしく」と言われてフィノ達の警護を頼まれる。その陽から青年は数陽寝込んだが、チャム達の世話を受けてすぐに元に戻っていた。
その時は、「また何か仕込んでやがる」と思ったのを思い出すが、今まで忘れていた。
「そんな裏技を仕込んであるなら教えておいてくれてもいいじゃない。私、本当にあなたが死んでしまったと思って…」
また瞳が潤み始めたチャムに、青年の黒瞳は大きく揺れた。
「わー、ごめんごめん! これも本当に単なる保険のつもりだったんだよ!」
「あーあ、泣かした」
「カイさん、ひどいですぅ」
非難轟々である。
「幾ら何でも思わないでしょ! 神とも呼ばれる存在がさ、ただの人間相手にいきなり消し飛ばしてくる? 想定外もいいところだよ!」
「ぶー」
カイは、頬を膨らませた美貌を懸命に宥めなければならなかった。
「でもよ、アトル様は確か再生させるって言いかけていたぜ?」
幾ら敵対姿勢を取られたからといって、さすがに神相手に敬称を付けない訳にはいかないらしい。
「フィノはカイさんが復活したので夢中でしたですぅ」
「…そんな事、言ってた気がしないでもない。本当かどうかわからないけど」
「いやいや、人間相手に言い訳なんてしないんじゃないかな?」
もし、そう宣っていたとしても、言い訳ではないだろうと本心からカイは思う。
ただし、再生させる時は全ての構成物質をこの世界の物に変えてしまうだろう。そうすれば固有形態形成場はいずれこの世界のものに変質し、神々の制御下に置ける。対抗手段が取れるのだ。
そんな皮肉を青年は予想したが、口にはしなかった。神を貶めるのが本意ではない。
あの時も、単に分子結合を解かれて分解されただけだった。
異空間に材料が漂ったままだったので、復元は正常に機能して元通りの身体を取り戻せたのである。本当に物質ごと消し去られていたとしたら復活はかなり困難だったと思える。
もっとも、魔法で物質を消滅させたり生成したりできない以上、神々でさえ不可能な技だとも言える。
思考に意識を漂わせているカイの身体を、トゥリオがバシバシと叩きながら続ける。
「しっかしよぅ、こいつ、もう無敵じゃねえか?」
終わった事とばかりに大笑した。
「やられてもすぐに復元で身体は復活するわ、神々の領域はあれだけの攻撃力があるんだぞ。あん時、アトル様とカイ、正直言って圧力は五分ぐらいだったぜ?」
言い方はともかく、内容には同意できるのか二人もコクコクと頷いている。
「無敵じゃないよ。自動復元は魔力を大量に必要とするし、復元時に魔力充填は自動で行われるけど、それも自分の魔力を使うから無限じゃないんだ」
頭の中で暗算しているのか、視線が宙を彷徨う。
「だいたい、一陽に五~六十回身体の大部分を破壊されたら復元出来なくなるだろうね」
「おい、普通はそれを無理って言うんだぜ?」
「確かにねぇ」
「間違いないですぅ」
神々の領域を第三段階まで起動させた彼を一陽に何十回も破壊出来る存在なんて、この世界のどこにも居ないと断言出来る。
「そもそもさ、復元出来るから良いって訳でもないし。考えてみなよ。やっと意識が戻ったと思ったら、もうチャムがあんな状態で泣いていたんだよ? それを守っているって言え…」
「ちょっと待て! そこまでだ!」
あの時の記憶が蘇って、チャムの状態を思い出してきたのだろう。カイの身体からはとてつもない闘気が漂いだし、周囲を圧迫し始める。
「ほんとほんと! ほら! 私はもう泣いてなんかいないでしょ? もう大丈夫だから! ね?」
「そうそう! カイさんが少々の事では死んだりしないって解りましたから、チャムさんもすぐに泣いたりしませんよぅ!」
皆で慌ててフォローするが、機嫌が直るまでに少し時間を要してしまう。
ちなみに、彼の機嫌が悪くなると同時に、リドとセネル鳥達は速やかに遠くへ退避していた。
旅で鍛えられた危機回避能力の賜物である。
◇ ◇ ◇
そのまま身体を休める為に夜営した彼らはホルムトに針路を取る。西方の湿気を含んだ空気に懐かしさを覚えつつの旅路となる。
内陸に入ってくれば朝霧に遭う陽も多くなるが、彼らは慣れたものでセネル鳥の足運びも軽快そのもの。しかし、数陽を経たその陽は、前に出たカイが横に掲げた腕で制止された。
「困りましたね。もしかして、ひと柱ひと柱討滅していかなければ終わらないんですか?」
流れる霧の向こうには人影が見えた。
復活の話です。自動復元の説明をする展開でした。これもちょっと前の伏線を回収する話です。これでカイもいよいよチートな存在になりましたね。最初からの予定ではありますが、準備と仕込みに執心する彼なら不自然さは無い範囲だと思っています。




