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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
青髪の美貌
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夜営

 バーデン商隊の車列は粛々と進んでいる。

 一両目の幌馬車、次に一家の箱馬車、従業員箱馬車が二両続いてまた幌馬車。側方に散在する『紅蓮の翼』メンバーの騎馬と警備は万全と言えよう。

 一度、二頭の闇犬ナイトドッグが車列前方に飛び出てきたようだがすぐに騎馬に取り囲まれて一瞬で狩られた。『紅蓮の翼』メンバーは退屈な商隊警護の時こそ手を抜かないらしい。自分達が関わった隊商が被害を受けたりしようものなら面子は丸潰れになるから彼らも本気を出す。


 そんな感じで進んだので、最後方の幌馬車に乗るカイとチャムは揺られているだけでその日の行程が終わる。

 闇犬ナイトドッグの一件の時こそそれほど緊張感の無い声で「来るね」とカイが告げたが、頭数を聞いて十分対応範囲だと判断したチャムが「警戒待機」を宣言して動かなかった。後は一応後方警戒をしていただけだ。


 丁度いい距離に街の無かったその日は街道脇の広いスペースを確保して馬車で円を描き、従業員達はその中で、警備要員はその外で野営を行う。

 普通は簡単に火を起こしてお茶を沸かし携帯食料を齧るくらいで済ませるが、カイは拾ってきた石と『倉庫』から取り出した吊り具を設置してせっせと竈を組む。取り出した鍋を吊り具に垂らし水魔法で水を注いだら沸かし始める。

 火の上に敷いた金網の端に丸パンの種(こねて寝かせて発酵させて作り置きしたもの)を転がし焼き始める。並行して具材となる肉と野菜を切って沸き始めた鍋に放り込むと、最後に白っぽい塊をポイと投げ入れた。


「驚くほど手慣れているわね。最後のは何?」

 異常な手際の良さに舌を巻いていたチャムだが、つい疑問を口にする。

「スープの素。骨とか煮込んで出汁を取った後に冷まして水だけ魔法で飛ばせば出来上がり」

「そんな物、準備しているの。マメね」

「だって美味しいもの食べたいよ、野営って言ってもね」


 こういう時に威力を発揮するのも『倉庫持ち』。

 理屈は不明だが、格納された物品は時間の影響を受けなくなる。だから肉や野菜を新鮮なまま保管できるし、丸パンの種のような物でも大量に作り置きして『倉庫』に放り込んでおける。

 その気になれば外での食事も簡単に充実させることができるのだ。


「さあ、食べよう」

 取り皿に焼きあがった丸パンと深皿に出来上がったシチューを注いでチャムに手渡す。

「それじゃ遠慮なく。…ん!?」

 シチューをひと口味わったチャムは固まっていた。数拍を置いて声を上げる。

「美っ味 ── い!! 何なのよこれ! 異常に美味しいんだけど!」

「今日は手抜きなんだけど、肉と鍋の素は良いの使ったからね。チャムに喜んでほしくて」

「こんなの全然手抜きじゃないじゃないの!大きな街のそこそこ良いとこ料理の味よ。いつもこんなの食べてるわけ?」

 素朴な疑問をぶつける。

「んー、だって食べるのって大事でしょ? どうせ食べるなら美味しいもの食べたいし。そのための準備はきちんとやるよ。僕の場合、美味しい肉の確保のために魔獣を狩っていたとこあるし」

「…それであのランクなわけ」

「あ! いや! だって一人で消費する肉の量なんて知れてるし…」

 やぶへびだった。


 食の進むチャムの様子を眺めながら料理を口に運んでいたカイだが、ふと横合いから感じた気配に目を向ける。そこに見つけたのは馬車の陰からそっと覗いている隊商主オーリーに張り付いていた女の子だった。

 もう一つ深皿を取り出してシチューを注いだ彼はそれを脇に置き女の子を手招く。


「食べる?」

 しばらく逡巡した後にコクコクと頷いた女の子はゆっくり火に近付いて腰掛ける。皿を手渡して「どうぞ」と言ってあげると恐る恐る匙を口に運ぶ。次の瞬間、少女は目を真ん丸にして「美味しい!」と初めて声を聞かせてくれた。

「僕はカイだよ。お名前は?」

「タニア!」

 ひと口で完全に警戒を解いてしまった少女は元気に声を上げた。

 その様子に若干の不安感を抱くが、その辺りは後で親に言い含められるだろうからスルーしておく。

「お姉さんはチャムよ。タニアちゃんは幾つ?」

「五歳!」

「そう、馬車の外側はちょっと危ないから、食べたら戻りましょうね? 連れていってあげるから」

「うん」


 話を訊いてみると、暇になって馬車の輪の内側をうろうろしていたタニアはチャムの上げた声に驚いて覗いていたのだそうだ。はしたないとは思ったものの、あまりに美味しそうにチャムが料理を口にしているので我慢できなくなって近付いてきたらしい。

 もちろんオーリーに馬車の外側に出ることは禁じられていたが、好奇心のほうが勝ってしまったのだ。そんな事情であれば、この歳の女の子を咎めるのは難しいだろう。


 フーフーと息を吹きかけながらニコニコとシチューを口に運ぶ姿に和んでいると皿の中身も底をつく。多少の名残惜しさも匂わせてはいるが、今の自分の状態は親の注意を無視しているので気が咎めるのかそわそわとし始める。


「じゃあ戻りましょうか」

 チャムが手を取ると立ち上がる。

「タニアちゃん、あーん」

 カイは素直に口を開けたタニアの口の中に取り出した飴玉を放り入れた。

「甘い ── ! ありがとう、カイお兄ちゃん。行こ!」


 後はチャムに任せるつもりだったカイは、屈託の無いタニアの笑顔に負けて反対の手を取って立ち上がる。二人に挟まれてオーリーと妻・アリサのもとへタニアを連れていった。


「おお、君達のところへ行っていたのか。そろそろ探させようかと思っていたところだったが、それなら安心だな」

 どうやらオーリーはチャムがハイスレイヤーであるのを覚えていたようだ。彼らを信用はしているが、母親に抱きついていったタニアに一応注意しておく。

「勝手に外側に出ていったらダメだぞ」

「はい、ごめんなさい」

 しおらしい態度はとっているがその実それほど反省はしてない風でも見過ごしている。この隊商主は娘には甘々らしい。


「じゃあ私たちはこの辺で」

「…、嫌っ! カイお兄ちゃんたちもここに居て!」

 辞去の言葉を口にして立ち去ろうとした二人だが、タニアの言葉に引き留められた。

 ずいぶんとなつかれたものだ。なんか餌付けをしてしまったような気分でカイは少し罪悪感を覚える。

「んー、でも僕たちも仕事で外側に居るんだからそうもいかないんだよ」

「嫌! 外側には怖いおじちゃんたちがいっぱい居るから大丈夫だもん!」

「怖いおじちゃん…」

 二人も笑いを嚙み殺すしかない。

「…二人くらいなら問題無かろう。あー、済まんが君たちもウチの馬車の傍に居てくれんかな?」

「はぁ、僕たち的にはオーリーさんの許可があれば問題ありませんが」

「では頼むよ」

「はい、こっちのカイはサーチ魔法持ちなんで警戒には持ってこいだから好きに使ってやってください」

「おお、それは良いな。助かるよ」

 チャムにしてみればこの人の良い隊商主を確実に守ってやりたいと感じていたし、カイも彼ら家族を大切と強く思い始めていた。


 次の日からカイの定位置は一家の箱馬車の屋根の上、チャムは中で夫人の話し相手に変わっていたのだった。

べ、別にロリ需要に応えようとしたんじゃないんだからねっ!って言うのは冗談ですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度も思ってますが、誤字脱字が見られず完結されていて凄いです。 [気になる点] 完結していて文章もよく推敲されて完成度が高く、読めば満足感を得られる。 なのに何故か総合ポイントが伸びていな…
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