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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
勇者王の国

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通じぬ願い

 次々に飛来する玉子がアヴィオニスのドレスを汚していく。ただ、潰れるだけで彼女に怪我をさせるわけではないが、それは貴人の矜持を大きく傷付ける行為だった。

 近衛騎士の表情が怒りに染まる。その身体は軽く揺らいだだけだが、全身に力が籠められたのが分かった。

 その圧力だけで逃げ出そうとする者が続出する。長槍の穂先が、鞘に納められた剣の刃が解き放たれ、市民に降りかかる時が目前に感じられた。


「動いてはなりません!」

 王妃の大音声が響き渡った。

 そのひと言で全兵士がグッと身を退き、控える。

「これが皆の答えなの?」

 拡声魔法も用いられて、それはその場にいる全ての人々の耳に飛び込んでくる。

「国に良かれと思う政策を、民の生活に良かれと思う政策を必死に考えて施してきたの。それがあたしとザイの務めであり望みだから」

 ドレスの表面を流れ落ちる玉子を一顧だにせず、群衆のほうに視線を据えている。

「でも、それは皆には伝わらないのね? やっと聞こえてきた声がこれだもの。あたしのやってきた事は無為だったのね?」

 彼女の面を染めるのは、矜持を傷付けられた怒りではなく悲しみだった。

「何が駄目だったのかしら? せめて教えてちょうだい。でないと、これまでのあたしの行いは本当に何の意味もなくなってしまうから」

 悲痛な声に、上がっていた批判的な叫びは少しずつ下火になっていく。


 それもそのはず、彼らには具体的な否定材料が無いのである。

 その施策には、大きな非はない。むしろそれで助かっている者のほうが多い。その上、彼女は自分の名で施策を布告するようにしており、責任の所在も明確にしている。

 誰もがそう感じていた為にどんどん口は重くなっていったのだ。


「教えてさえくれないのね? 寂しいわ。どんな批判でも受ける覚悟でここまで出てきたというのに、そんなにあたしの言葉が信じられなくなっちゃっているの?」

 だんだんと空気までもが重くなっているように感じる。

 群衆は自らの行動を省み始めた。そして気付いてしまう。自分達はただ陽々(ひび)の不満の捌け口として動いたのだと。


「黙れ! お前が政治を…!」

 男が振り上げた手には石が握られている。批判の声とともに投げようとした瞬間、後ろから掴まれた。

 振り返ると、そこには赤毛の大男の顔があった。


「よう、また会ったな?」


   ◇      ◇      ◇


 喧騒に腰を浮かせていた見張りの男が、立ち上がり剣を抜く。しかし、斬り掛かる隙も与えてもらえず宙吊りの男が投げつけられ、絡まってバランスを崩したところに鋭い蹴りが突き刺さると、壁にぶち当たってそのまま二人して昏倒する。


「助けに来たよ、ルイーグ。今、外してあげるから」

 現れたのは黒髪黒瞳の青年。彼が無理してでも放逐したいと思っている人間だった。

「ごめんね。手当たり次第だったから遅れてしまって」

「どうして?」

 猿轡を外してもらった王子は真っ先に疑問を口にする。


 少年は彼を嫌っていたし、それを態度でも言葉にも表していたはず。青年にはルイーグを助けにくる義理など全くないのだ。

 なのに青年は本当に申し訳無さそうな表情で縄を切り落とした。


「だって君は巻き込まれただけだよ? 何も悪い事なんてしていない。当然、助けに来るよ?」

 そう言われてしまうと余計に罪悪感が湧き上がってくる。謝罪と感謝の思いはなかなか口に上ってこない。

「でも…、僕は…」

(あなたを排除しようと実際に行動までした)

 こみ上げてきた言葉を吐き出す時間はもらえなかった。

「ちょっと取り込んでいるから、あとにしよう。まずはお母さんのところに帰ろうか?」

 王子に手を差し出す。

「うー! むー!」

「騒がしいですね。取り込んでいると言ったでしょう?」

 ルイーグの隣で同じように拘束されていた若い貴族が解放するように訴えてきている。

「僕は知っているんですよ? あなたは首謀者側の人間です。何でそうなっているのかまでは知りませんが助ける義理などありません」

「う ―― !」

 その事実に王子が戸惑っているうちに、拳が霞むような速度で繰り出され貴族の頭が跳ねるように揺れると白目を剥いて傾ぐ。

「悪いけど、危ないからこうさせてもらうね?」

 青年の左腕から無骨なガントレットが消えると、彼を小脇に抱え込んだ。


 すぐに身をひるがえす青年。通路には数名の男達が転がっている。死んではいないようだが、無事でもなさそうだ。手足があらぬ方向に曲がっている者も見える。

 それらを器用に避けて通り抜けると、戸口に辿り着いてくぐる。だが、そこには数十名の、見るからに荒事士だと分かる男達が剣を抜いて待ち構えていた。


(こんなの無理だ!)

 とても一人で切り抜けられるような数ではない。その上、今の青年はルイーグというお荷物まで抱えている。

「下ろして! じゃないと二人ともやられてしまう!」

 ところが、青年はそんな言葉に微動だにしないで微笑んでいる。

「ごめん、ちょっと揺れるけど勘弁してね?」

「待って! 幾らなんでも!」

 考える暇も与えられず、数本の剣が一斉に彼に振り下ろされる。

(ダメ!)

 青年は右腕を前に差し出すと、人差し指と中指を立てていた。輝く銀爪が残光を曳きつつ空中を縦横無尽に走ると金属を擦り合わせる耳障りな音が無数に響き、全ての剣が彼らを避けるように動いて地を削っていた。

(何が?)

 王子が起こった事を理解する前に、間髪入れず踏み込む。軸足が舗装面を擦る音がしたかと思うと、瞬時に足刀が繰り出されて、剣を振り下ろした姿勢の男の腹に突き刺さった。

 鈍い何かが砕けるくぐもった音が響くと、相手は後ろの者を巻き込みつつ吹き飛んでいく。蹴り足を引きつつその場に落とし地を叩くと、その力が身体の中を通ったかのように凄まじい威力の拳甲が放たれた。

 拳甲が隣の男の肩口を捉えると、今度は露骨にボキリと嫌な音が鳴る。それだけに留まらず、振り抜かれた拳に打たれた相手も、弾かれたように数人を巻き込みながら飛んでいった。


(嘘みたい。あの数の包囲を抜けた)

 戸口を包囲していた男達は仲間がやられた混乱を衝かれて、彼らを通してしまっている。しかし、まだ十数人は残った敵は追撃に移っていた。

(どこまで僕はお荷物なんだ! 情けない!)

 子供一人を抱えて障害物の多い裏路地を走る青年は、さすがに速度が乗らずに追撃の接近を許している。間違っても抱えた王子を何かにぶつけて怪我をさせないようにしている配慮も感じられる。それが彼には悔しくて仕方なかった。


 追手の剣が届きそうなところまで距離を詰められると、青年は走りながらグルリと背後を向く。

「逃げ切れないかぁ。君を出来るだけ危ない目に合わせたくなかったんだけどな」

 逃走中だというのに息一つ切らせていない彼の様子は、まだ余裕が垣間見える。底知れぬ武威を見せる青年に、ルイーグは信じられないものを見る目で見上げる。

「しょうがないから迎え撃とうか」


 突き出された切っ先を沈んで躱すと、すかさず掴み取る。剣身を引かれて泳いだ相手は、振り上げられた蹴りを受けて、放物線を描いて飛んでいった。

 膝の発条バネを利かせて突き込まれた刃を躱すと、更に追い掛けるように伸びてきた別の突きを紙一重で躱す。その柄を握る手を銀爪が掴むと、グイと引き寄せ頭突きを入れる。

 ゴッと重い音を鳴らせて額から血を引きつつ倒れる相手。想像される痛みに王子が顔を顰めて見上げると、青年は黒い瞳を爛々と輝かせて薄笑みさえ浮かべていた。


(ああ、なぜか分からないけど、解ってしまった)

 その感覚を言葉で表すのは難しい。それはきっと生物としての本能のようなものだとルイーグは思う。


(父上ではこの人には勝てない)

願いの話です。アヴィオニスは群衆の前に心を曝け出して願い、ルイーグは罪悪感から救出を拒みたいとまで願う展開でした。戦っているのはカイだけですが、二人の心も悲痛な叫びを上げて戦っています。彼らにも少しずつ光が差してきました。

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