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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
勇者王の国

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修練場

 ラムレキア王国には「勇者廟(ゆうしゃびょう)」という建物がある。

 それは初代国王、つまり勇者本人を祭る為の祭祀の場であり、その勇者の血を引く代々の国王も祭ってある。王宮奥深くにあるその勇者廟(ゆうしゃびょう)のある中庭には、()に二度だけ一部の高位貴族が祈りに訪れるだけで、普段は国王の許可なく誰も入れない。


 勇者廟(ゆうしゃびょう)の傍らには、廟より大きな建物が建っていた。それは修練場と呼ばれており、比較的新しい外装を見せていた。

 酒食や娯楽に贅を望まないザイードがその建物の建立だけは強く望んだ。剣に人生を見る彼が、誰にも邪魔されず人目を気にせず、ただ修練だけに打ち込める場所を欲したのだ。

 もちろんそれは叶えられ、修練場を訪れるのはザイード本人と、彼との密談の必要を感じた時のアヴィオニスだけに限られた。

 ところが今陽(きょう)はその中から盛んに剣戟が鳴り響いている。実に珍しい事だった。


 長い青髪がひるがえると、下から剣閃が駆け抜ける。糸を引くような鋭い剣筋は、しかして一瞬に軌道を変えて空間を縦に引き裂いた。

 あまりの鋭さに剣を合わせるのを瞬時に断念したザイードは飛び退いている。その分、遅れた挙動は取り戻せず、反撃に転じる隙もなく更なる追撃を受ける事になる。

 防戦一方となったザイードは、眼前に光の線を刻み続ける細身の長剣を躱すのが精一杯。崩れた態勢を引き擦るように身を捻って間合いを取ろうとする。


「どうしたの? 歯応えがないわよ? 本気で構わないって言ったわよね?」

 剣閃だけでなく、言葉でも追い込まれていっているような気分になる。

「むぅ!」

「ずいぶん脇が甘いのね?」

 斬撃から一転、スルリと忍び込もうとする突きをぎりぎりで弾いた。


 勇者王の相手をしているのはチャムである。

 天下無双とは言わないまでも、彼と正面から打ち合える人間など数少ないと考えていたアヴィオニスは、腰掛けた椅子の上で仏頂面をしている。ザイードがあしらわれるところを見せられたのでは彼女の戦略が狂うからだ。

 組手の場所をこの修練場にしたのは大正解だった。こんな彼の姿をそうそう誰かに見せられたものではない。


「強いのね、チャム」

 側にいる、足を折り畳む妙な座り方で組手を観戦しているカイに話し掛ける。

「ええ、強いですよ。剣を持った彼女に勝てる人間はかなり限られると思います」

「彼では勝てない?」

「良くて五分でしょう」

 固い板の床にそんな座り方をすれば冷たいし痛むだろうと思いながら、アヴィオニスは信じ難い答えに耳を傾けた。


 甲高い金属音とともに弾かれたチャムの剣が大きく泳ぐ。ザイードがナヴァルド・イズンを両手持ちでの構えに変えたところを見ると、重量操作を始めたのだろうと分かる。

 すかさず距離を取ったチャムは、左手首の水晶球に触れると盾を展開。重くなった斬撃を盾で滑らせるように流すと踏み込んでいく。

 斜め下からの斬り上げをガントレットで受けたザイードが振り上げた聖剣を重さに任せて振り下ろす。正統派剣術を好む彼らしい攻撃は、威力はあるが大振りも多い。似たような組み立てでカイにやられたというのに、それでも繰り出してきた。


「あんな力の籠もった斬り合いをしていて、本当に寸止め出来るんでしょうね?」

 組手の前に真剣で行うと決めたのはチャムである。それは、彼女はもちろん、勇者王もそれだけの技量があると見込んでのこと。

「問題ありませんよ。ザイードさんも冷静さを欠いているようではないですし、きちんと絞れるでしょう」

「絞れる?」

「手首を返して剣を止める技術です」


 剣を扱う者は、布を絞るように柄を握る。両手持ちの場合、これを振っている途中に更に手首を返して力を入れ絞るようにすると剣は止まる。

 片手持ちではこの操作は出来ないが、握り込むように手首に力を込めれば止まる。ただし、片手持ちなら、止めるよりは軌道を変えたり、振り切らずに引き寄せたりするほうが早いかもしれない。


「まあ、二人の実力の均衡具合からすると、受け損ねる事はないと思います」

 チャムが圧しているように見えるかもしれないが、案外そうでもない。まだ彼女の速度にザイードが慣れていないだけで、目が着いて行くようになれば盛り返してくるだろうと思っている。

「本当に五分なんだ」

「普通に組み合うだけなら、そう差はないでしょう。実戦だとお互いに一段上げていくでしょうから、相性の問題が出てくると思いますが」

「彼女のほうが上?」

 鼻から一息吐くと面白くも無さそうに言う。政治の場ならそんな事はないのだろうが、今は表情豊かである。

「広い場所で一対一ならチャムの速度には追い付けないでしょうね? でも混戦の中で足を止めざるを得なくなるとちょっと難しいでしょうか?」

「そうなの? 彼女は小回りも利きそうだけど?」

「ご主人は非常に思い切りが良い。ああも真っ直ぐに振られると怖いものなのですよ? 隙が有りそうで、飛び込むのを躊躇ってしまいます」

 アヴィオニスがニンマリと笑う。やはり褒められれば嬉しいらしい。

「でもあなたなら負けはしない?」

「力負けしませんからね」

 事も無げに言うカイは愉快ではないが、はっきりと言うだけに含みはないと思える。


 斬り落としの斬撃に剣を添わせるようにして軌道をずらすと、捻って押すと同時に踏み込んでいく。しかし、その踏み込みが僅かに浅い。合わせて踏み込まれて鍔迫り合いに持ち込まれた。

 それはザイードの間合いだ。弾き出されるとその距離は彼女の剣は届かずザイードの剣は届く間合い。術中にはまる訳にはいかないので、彼が体重を掛けてきたところで後に滑らせて勢いを抜く。すると手応えの無さを感じたザイードは追い打ちが掛けられない。

 そこには自分の間合いに持ち込もうと、手ぐすね引いて待ち構えているチャムの姿があるからだ。


「案外決まらないものなんだ」

 王妃の目では、圧し込めそうな場面が何度もあるように見えてしまう。なのに踏み込んでいかないという事は、彼女の目には映らない細かい駆け引きが行われているという意味になる。そう思えるほどにアヴィオニスはザイードの剣技を信用している。

「どちらかが決めに行くには時間が掛かると思いますよ?」

 既に量り合いは次の段階に移行している。相手の技術の量り合いから、詰めの初手を見極める量り合いに。こうなると勝負は長い。半ば我慢比べのようになってしまう。

「冗談かと思ったけど、チャムがこんなに剣を使えるだなんて思わなかったな」


 王の間の騒動の後、勇者王の宣言で彼ら四人は国賓として扱われる事になり、部屋を貸し与えられた。

 翌()には、待ち兼ねたようにザイードは彼らをこの修練場に招く。彼の心の動きなど手に取るように分かるアヴィオニスは、試合形式での修練の相手を魔闘拳士にして欲しがっているのだとすぐに悟る。

 それは別に好きにすれば構わないのだが、修練場というのは腹を割って諸々問い質すには有効な場所。事のついでに色々済ませてしまいたいと同行を決めた。

 ところがそこでザイードの相手を申し出たのはチャムなのだった。

 興味本位での手合わせを望んでいるのかと思ったら、彼女は平然と剣一筋の男と渡り合っている。一体何の冗談かと思ったが、彼が表情には表さないまでも楽しそうに剣を振っている様子が窺えれば、それだけの実力なのだと理解出来た。

 彼女は魔闘拳士も含めた、彼らの得体の知れなさを見極めなければと更に強く感じる。


 その重大事にならどれだけ時間を割いても構わないとアヴィオニスは思った。

勇者廟(ゆうしゃびょう)と修練場の話です。チャム対ザイードの組手の内容を綴りながら、技術的な事などにも触れる展開でした。今のところはただの組手風景ですが、次話では少し次のエピソードにも繋がる会話を入れておくつもりです。それはラムレキアが関係無い訳でもありませんので。

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