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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
燐珠の海

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火の山へ

 光る海の事は、島の人間なら知っていたはず。それをミーザに問い質す。


「知っています、もちろん」

 後片付けの手を止めた彼女は予想通りの答えを返してくる。

「あれと燐珠りんじゅを結び付けて考えなかったの? 作れるんじゃないかって考えなかった?」

「あたし達が思い付くような事は先達が試しています。長老が言い伝えるには、流れ込みに作った簾囲い(すがこい)では燐珠りんじゅが出来なかったそうです。ご自身でも試みたそうですけど失敗したと」

「おかしいわねぇ?」

 不満げにカイを振り返るチャム。

「理由は何となく分かるよ」

「えっ! どうしてなの?」

「色々足りないだろうからね?」


 簾囲い(すがこい)を波打ち際に作る事は出来ないと思われる。

 夜の黄盆(つき)の潮汐力で満ち引きがある海では、波打ち際の位置は()によって異なる。毎()動かしたりは出来ないので自然と少し沖に作る事になるだろう。そうなれば光る海を生み出すプランクトンの量は希薄になって、カンム貝が濾し取って吸収する量は少量になってしまう。それでは真珠を光らせるほど蓄光成分は溜まらないと考えられる。

 その上に、浅い位置に作られた簾囲い(すがこい)では、カンム貝は十分に栄養を摂取出来ないと思われる。もしかしたら、どんどん痩せ細って死んでしまうような結果になったかもしれない。


「ええ、死んでしまった貝が多かったそうです。なのですぐに諦めてしまったらしくて」

 真珠を作るにも至らなかったようだ。それでは一度で挫折しても仕方がない。

「二()も育てた貝を無駄にしてしまってはねぇ」

「可哀想ですぅ」

「でもよ、温泉の湯じゃ足りねえし、あの光る海底はヤベえってんじゃあ打つ手がねえんじゃねえか?」

 その言葉に眉を跳ね上げたカイは意地の悪い笑みを浮かべる。

「手詰まりっていうのは早計だね? この島には打って付けの場所が有るんだよ」


 彼には思い当たる節があるようだった。


   ◇      ◇      ◇


「困るよ」

 翌陽(よくじつ)、カイ達に連れ出されたロルヴァは困惑気味に訴える。

「無闇にお山に近付くのは禁じられているんだ。山の主の怒りに触れて殺されてしまう」

「何だって!? この島には魔獣は居ねえっつってたが、山に何か居るんじゃねえだろうな?」

「島の人が居ないって言うなら居ないんでしょ。でも、何か有るんじゃないかしら?」


 行き先が島の中央の火山だと知るとロルヴァはにわかに騒ぎ始める。同行するモルセアが戸惑うほどの様子だった。

 彼女自身も火山が禁域だとは聞いていたが、それは迷信か何かだと思って黙って従っていた。実際に向かうとなると、これほどの騒動になるとは思わなかったのである。


「火山にはね、入っていい時と入っちゃいけない時が有るんですよ?」

 今はまだ火山を囲む森の中である。ここは島の人間も獣を狩りに来たり、野草の採集に入ったりする場所。特に問題無く入って来れるが、この先には行きたがらない様子のロルヴァにカイがそんな事を言い始めた。

「おいおい、お前まで妙な事言いだすんじゃねえだろうな?」

「妙なことじゃなくて普通のこと」

 説得の為に一休みにした彼らはお茶のコップを口にする。

「おそらく何度も事故で死人が出たんだと思うんだ」

「事故? 襲われたりじゃないのよね?」

「そう。襲ってきたりはしないけど、火山には噴火とは違う危険がひそんでいる」

 戒めるように言うと、彼は提案をした。

「ここからは僕が偵察しつつ前進するからね?」


 パープルとカイが先行すると、チャムとモルセアのブルー、ロルヴァのセネル鳥(せねるちょう)、トゥリオのブラック、そしてイエローを駆るフィノと続く。

 初めての雑木の森の細道をすいすいと走る彼らのセネル鳥に、島人のロルヴァは目を丸くしている。

「君らのセネル鳥は肝が据わっているな」

「もう結構旅暮らしを続けているからな。こいつらも知らない道を走るのはお手の物だぜ」

「それは頼りになるな」

 実際のところはカイが行けと言えばどこにでも向かうだろう。今も妙な気配を感じている筈なのに、躊躇いもなく足を進めている。

「匂ってくるな」

「もうお山が近いからな」

 風に乗って流れてくる匂いは、昨夜も散々嗅いだもの。温泉と同じ匂いである。

「山裾にも温泉が有るのか?」

「俺はお山には行った事無いから分からん」

「有るよ。似たような物がね?」

 思わせぶりな事を言うカイに、いつもの事だとばかりにトゥリオは肩を竦めた。


「本当に大丈夫なのか?」

 森を抜けて視界が開けると、ロルヴァはひどく不安げな様子を見せた。やはり言い伝えられる迷信の類はしっかりと意識に刻まれてしまうものらしい。

「事故と言っていたが、何か有るんだろう?」

「ここからが大事です。良く見ていてくださいね」

「そう言っても、彼はあなたのような『解析』が使える変性魔法士じゃないのよ?」

 チャムは彼を信頼しているが、モルセア達を安心させるように重ねる。

「大丈夫。誰が見てもすぐに分かる報せが有るから」

「そんなものが…?」

 一つ頷いてロルヴァに顔を向ける。

「耳を澄ませてください。聞こえるでしょう?」

「何がだ?」

 彼の耳には特に変わった音は聞こえてこない。不審げに見返すとカイは笑って指差した。


 植物らしい植物も見当たらない山裾でも、何も無い訳ではない。侵食で出来上がったのか小さな岩山が幾つも見られ、その頂には小鳥の姿も多数見られる。

 それは島のどこでも見られるような種類の小鳥だ。その鳴き声が耳に入っても特に意識に上ったりはしない。だが、カイが指差しているのは明らかにそれである。


「小鳥?」

 理解に苦しんで、自信の無いか細い声が出てしまう。

「はい。この鳴き声が聞こえているうちは大丈夫です」

「小鳥の鳴き声が?」

 彼は間違いないというように首肯する。

「もし、鳴き声が聞こえなかったり、ああして姿が見られなかったり、ましてや地に落ちて死んでいたりする時はそれ以上は進んではいけないのです」


 事故というのは火山性のガスによる中毒死だ。

 火山ガスには幾つか種類が有るが、その中には人体に甚大な影響を及ぼすものが混ざっている。硫化水素や亜硫酸ガスがそれに当たり、それらが発生・滞留している場所に踏み入れば中毒死は免れ得ない。

 人に死をもたらす火山有毒ガスだが、それらは人体だけに有害なのではない。当然、他の動物にとっても有害である。特に敏感なのが小型の鳥類で、それが逃げ去っていたり死んでいたりする状況であれば、そこに滞在するのは極めて危険だと言えよう。


「つまり、今ここは大丈夫という事なんだな?」

 パープルの頭頂まで上ってキョロキョロと周囲を探るリドの頭を撫でながら答える。

「その通りです」

「これはすごい分かり易いな。本当に誰にでも分かる」

「そうですね。わたしにも分かりますから」

 ロルヴァはもちろん、モルセアも納得出来る基準であった。

 このような明確な基準があれば、入山を躊躇う必要はないと思える。そこに必要なものが有るとすればの話だ。

「分かってもらえたようなので進みましょうか? 必要なものはこの先に有ります。それを持ち帰るのが危険な火山に近付く理由なのですから」

「そうだな。我らにとって大切なものだと言うなら教えてくれ。言う通りにするから」

 一連の出来事で、カイに寄せる信頼度は十分に上がってきているようだ。


 しばらく緩やかな傾斜になっている岩場を進む。ひどく殺風景な景色が微妙な不安感を誘うが、彼らは何くれとなく語り合いながら歩を進めた。

 そして、とある場所でパープルから降りたカイが足元のくすんだ黄色の岩のような物を拾って見せる。


 それが目的の自然硫黄だった。

火山行の話です。話の流れで硫黄が必要になる訳で、それを探しに行く展開でした。

火山性ガスに触れたのですが、本文で触れた対策は拓けた場所での話に過ぎません。実際には、比重の高い有毒ガスが森林内の窪地に滞留していて、そこへ迷い込んで中毒死したりする事故も後を絶たないようです。小鳥の声が聞こえるからといって、そこが安全だとは限らないので間違いなきようお願いします。

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