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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
燐珠の海

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燐珠の産地(地図)

「それはそれは本当に良い事でございますね? こちらのとてもお美しいお嬢様がドレスを身に纏い、あの燐珠りんじゅの指輪を着けられているところを想像するだけで、それはもうこの世とも思えぬ美しさでありましょう? 殿方ならば、ここは一つ度量をお見せする時ではございませんか?」

 この場合は度量ではなく経済力であろうが、そこは突っ込まないでおく。


 宝石店としては客寄せの看板商品として無理して仕入れた燐珠りんじゅなのだろうに、いざ売れそうだとなると売りつけたくなるのが商売人の業なのだろうか? 或いは、燐珠りんじゅを売ったこと自体が十分な箔になるのかもしれない。


「無茶言わないの! 急にそんな大金、ギルドにおろしに行ったら職員が困ってしまうわ」

 妙な方向に進んでしまった話を止めようと、チャムは理由を探している。

「ああはおっしゃっておりますが、これほど素晴らしい品を送られれば女性は喜ぶものでしてよ?」

「こら、変な事吹き込まないで!」

 カイの耳に手を当てる店主婦人に彼女は手を焼く。

「うーん、確かにギルドに今すぐ2000フント(二千万円)以上も出せって言ったら困るかぁ。それなら手持ちのオリハルコンを捌けばそれくらいのお金はすぐに作れるし」

「おっ、お客様っ! オリハルコンをお持ちなのですかっ!」

 婦人の声が二段階は高くなった。


 宝石店だけあって当然、貴金属も扱っている。希少金属にはそれだけの市場というものがあって、そこを流通する物は彼女も全般に取り扱っているのだ。

 その中でもオリハルコンは最高級素材に当たる。装飾品に用いられる事は稀で、ほとんどが武器工廠に流れる素材だが、取引利益は群を抜いて高い。間に入るだけでちょっとした一財産になる。


「お任せいただければ喜んで換金させていただきますわ! 量次第でもちろんあの燐珠りんじゅはお譲り致します! その時は、あの箱はお付けさせていただきますのでっ!」

 もう擦れて赤くなるのではないかと思うほどに揉み手しながら黒瞳の青年に迫る。

「でも、本人は乗り気じゃないみたいだから遠慮させていただきますね?」

「そんなにおっしゃらずにどうか…」

 店主はグルンと方向転換。標的をチャムに切り替える。

「殿方があんなにおっしゃっておられますのですから、甘えられるのが女性の器量。顔を立てて差し上げてはいかがでしょう? ね? ね?」

「あははは、そうは言ってもねぇ…」

 押しの強さにさすがのチャムも狼狽する。

「正直、甘えっ放しなのよ。これ以上は罰が当たるくらいにね?」

 そう言って彼女は、腰の鞘から剣を少し抜いて見せる。そこには黒い刃を持つ剣身が現れた。

「オリハルコンの価値が分かる貴女なら想像付くでしょう? これ、黒鎧豹ブラックアーマーパンサーの鎧片の刃が付けられているの。彼が変形魔法で作った物よ」

「嘘…、それは…?」

 驚愕の表情を見せる婦人に、チャムは笑いながら告げる。

「五大属性魔法剣の刻印がされたこの長剣、貴女なら幾らの値を付けるかしら? 例えあの燐珠りんじゅ青珠せいじゅ緑珠りょくじゅだったとしても、何個かくらいは余裕で買えるんじゃない?」

「おっしゃる通りです」

 彼らの持ち物に関する経済観念が一般とは掛け離れていると知った婦人は、何かを諦めたようだった。

「贅沢過ぎる贅沢をさせてもらっているんだから、それほど興味のない贅沢までは言いたくないの? 分かって」

「ご無理を言って申し訳ありませんでした」

 店員と肩を並べて店主は深々と頭を下げた。


「ところで、この燐珠りんじゅは西のほうの海岸で採れるのですか? 東からの海沿いでは話を聞かなかったのですが」

 カイは燐珠りんじゅの宝石としての価値ではなく、性質のほうに興味を持ったようだ。

「そういえば、どこで採れるかまでは私も知らないわねぇ」

「いえいえ、大陸ではございませんのよ。燐珠りんじゅは北の海、熱き海に浮かぶ白い島で採れますの」


   ◇      ◇      ◇


「白い島ねぇ」

 高級旅宿に落ち着いて、夕食と風呂を済ませたチャム達はベッドに腰掛けて聞いた話を反芻する。

「ずっと北の海ですよねぇ」

 唇に指を当てて天井を眺めるフィノ。その場所に思いを馳せているらしい。


 あの後、申し訳なくなった彼らはそれなりの値がする髪飾りをそれぞれがチャムとフィノに買って送った。恐縮しきりだったフィノだが、やはりとても良い笑顔を見せてくれたので、トゥリオも大変満足している。

 そして、店が出してくれたお茶を口にしながら、商談テーブルで店主婦人から島の話を聞いたのだった。


 その島の名はロカニスタン島。

 魔境山脈の東、中隔地方辺りは南に大きく窪んだようになっている大陸だが、このラムレキア王国辺りでは北に大きく迫り出したような形をしている。最北端は熱帯に近いような亜熱帯気候を示しており、各所にサンゴ礁も見られて色鮮やかな魚が獲れる。緑豊かな地方だという話だ。

 そして当の白い島・ロカニスタン島は更にその遥か北に位置する島で、一応はラムレキアの領土とされているらしい。


挿絵(By みてみん)


 この世界の船舶は、魔法士を乗せる事で航行技術は発展していると言っていい。しかし、航海技術はお世辞にも優れているとは言えず、方位磁石と星読みの技術だけで進路を取る。なので、あまり陸地から離れると怪しげな状態になり、遭難の確率は上がってきてしまう。


 ではどうやってそのロカニスタン島との航路が確立されているかというと、それは実に単純な話で、島の中央にそびえる山の標高が非常に高い事にある。決まった港町から北に針路を取り、ざっくりと目星を付けて進んでいけば自動的に視界にその山が見えてくるのだという。後はその山目指して針路を取れば辿り着けるという寸法だ。

 北への舵があまりに雑であれば見つけられない事も有るが、それならそれで失敗として南に戻り続ければいつかは大陸が見えてくるという大雑把な方法が採用されている。


 そんなロカニスタン島であるが、人が渡ったのは五百年近く前に遡るという結構歴史がある島であり、かなり独自文化が発展していると婦人は教えてくれた。

 暖かい海で盛んなカンム貝による真珠養殖技術が伝わったのもほぼ同時期であり、名産地の一つとして確立しているのが、ずっと大陸との交流が続く理由となっている。


「どうするの? 行きたくなっちゃっているんでしょう?」

 完全に読まれていて、苦笑いを浮かべた顔で見上げる。

 ベッドに並んで腰掛けるチャムとフィノの反対側のベッドに背をもたれ掛けさせて、床に身体を伸ばしてるカイは正直に頷いた。

「うん、真珠の卸し屋は現地に渡っているのだろうから、たぶん客を乗せる便はある筈だと思うんだけど?」

「良いんじゃない? 殺伐とした行軍か旅路かどっちかって感じだったもの。離島でのんびりするのは賛成よ」

「フィノも少しのんびり出来ると嬉しいですぅ。それに燐珠りんじゅの光の謎って心惹かれますぅ」

 自分の意見を言ったチャムがそのまま横の獣人少女に振り向くと、そう答えてきた。彼女も探求心に関してはカイと同類だ。

「あー、海なー。ここんとこ嫌ってほど眺めちゃいるが、のんびりするのも悪くねえなー」

「あんた、私達の水着姿が見たいだけなんでしょ?」

 フィノの、と言わない辺りは多少の情けを感じる。

「ぶほっ! 何言ってんだよ! そんな訳ねえだろ!?」

「あら、見たくないわけ?」

「見たいに決まっているじゃないか!? こんな時の為に僕が心血注いで作った水着が有るんだ!」

 一瞬の静寂。

「そんな自信たっぷりに言われても…」


 こうしてロカニスタン島行きが決まった。

産地の話です。やっと今回のエピソードの舞台の名前が出てきた展開でした。とは言え、次話にはもう渡りますので、物語は本番に突入していきます。ゲストキャラクターもチラチラ出てきますので。

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