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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
燐珠の海

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秘宝の正体

 その、客からは絶対に手の届かない場所にガラスケースまで拵えて置かれている真珠には2000フント(二千万円)の値が付けられている。表示には宝石箱の価格は別で、それが200フント(二百万円)だとされている。

 つまり、当たり前に容れ物ごと購入するなら2200フント(二千二百万円)という意味だ。これは決して客を馬鹿にしている訳ではなく、それだけの価値があるものだというのを殊更強く印象付ける為の方法なのだろうと思われた。


「桁が三つも違うんだけど?」

 手前の近寄ってよく見る事が出来る、イヤリングや指輪、ネックレスといった真珠を用いた装飾品が、安いものでは数フント(万円)であるのに対して、千倍の価格が付けられているのがカイには不思議でならない。

「お客様、あちらは燐珠りんじゅでございますので、あの価格になっております」

「えっ! この店、燐珠りんじゅを置いているの!?」

 チャムに向けた疑問に対して店員が代わりに答え、それに彼女が仰天するという奇妙な構図が出来上がる。

「……」

「あ、ごめんなさい。こんな市街のお店に燐珠りんじゅが置いてあるなんて思ってもみなかったから」

「いえ、構いませんですわ。わたくし共も数()ぶりの取り扱いでございますので」

 女性店員は憤りを微塵も感じさせずに応対を続けた。

「何騒いでんだよ? 恥ずかしいじゃねえか、連れだと思われたら」

「うるさいわね! ちょっとビックリしただけじゃない!」

 大声に釣られてトゥリオ達もやってきて、ここぞとばかりにツッコミを入れる。

「だって、燐珠りんじゅが有るなんて言うものだから…」

「はい? あの燐珠りんじゅですかぁ?」

「フィノは知っているの?」

 助けが来たと思ってチャムは獣人少女に縋る。

「いえ~、本で読んだ事があるだけですぅ。どんな物かまでは…」

燐珠りんじゅって何?」

「お見せしましょうか? 特別ですよ?」

 奥から現れた店主らしき婦人がそう声を掛けてきた。


 店員に指示し、何かの小道具を用意させる。裏から持ち出されてきたのは、暗幕のような黒い布で小さく囲われた箱のような物だった。

 それが陳列棚の上に置かれると、ガラスケースから取り出されてうやうやしく運ばれてきた宝石箱がそのまま中に入れられる。暗幕の箱には小窓が設けられていて、そこから覗くように促された。


 目顔で譲り合った挙句に、多少は知識を持つチャムからそこを覗く。

「間違いない…。確かに燐珠りんじゅだわ」

 暗闇で反射する光を失った宝石箱を飾る宝石達が沈黙する中、中央の台座に填め込まれている指輪に取り付けられた真珠のようなものは、ふわっと黄色い光を内側から放っている。

「…光ってますですぅ」

 しばらく口をパクパクさせた後に、ようやくフィノはひと言だけ絞りだした。

「うわ、何だこれ! どうなってんだよ!」

 彼らしく、ひどく極端に驚いた様子を見せるトゥリオ。

 客が驚く様子を店主の婦人は鼻高々で見つめている。どうやら自慢で自慢で仕方ないらしい。専用の確認用小道具まで作っているところがそれを証明している。


「……」

 自分の番が来て、中をじっと見つめているカイだが今のところ反応はない。

「こいつが燐珠りんじゅっていうやつなのか?」

「そうよ。あの輝きが名前の由来」

 半ば放心状態のフィノを置いて会話は続く。

「ええ、そうですわ。夜会などで明るい場所では白く輝く光沢で御婦人を飾り、暗い場所に於いてもその仄かに輝く発光で美しさを引き立てる。これこそが燐珠りんじゅの本領ですの」

「なるほどなぁ。特別な真珠って事か」


 真珠はその核になる物体に、真珠母貝が生成する硬質タンパク質が塗り重ねられて、大きく丸く育った宝石の事だ。

 それは真珠母貝が、自分の貝殻を強化する為に分泌する物質で、貝の中に入ってきた異物が偶然身体の中に入り込み、それを貝殻だと勘違いした貝が硬質タンパク質で塗り固めていって出来る。なので、それそのものが光沢を示しても、光を放つ事は考えにくい。


「生物発光じゃない…」

 トゥリオやフィノが首を捻る横で、カイがぽつりと言った。


 生物発光とは、ホタルや夜光虫、一部のクラゲなどが発する光の事だ。それらの発光の仕組みはそれぞれ異なっているが、おしなべて化学反応によって発光しているのは同様なのである。

 だが、真珠の中でそんな化学反応が起こる訳が無い。真珠そのものは生物ではないし、その内部で物質を生成する事など出来ない。だから、青年はすぐに否定した。


「これは『蓄光成分』の光だね」

 カイにはその光り方に見覚えがあったのである。


 蓄光成分とは、受けた光を内に蓄えて徐々に放出する成分の事で、光を受けているうちはそれを見る事は叶わないが、周囲が暗くなると光っているように見える仕組みを持つ成分の事である。

 暗い中でもそれが確認出来るように生み出され、古くは時計の文字盤などに用いられていた。近年では、その用途は多様化していて、多用されているとは言えないが各所で見られるものだ。日用品にも用いられている為、青年も当たり前に目にし、その光り方に覚えがあったのである。


「宝石箱に収められているようですけど、先程のように蓋を開けておかないと光らなくなってしまうのでしょう?」

 店主婦人にカイは問い掛ける。

「ご、ご存じなのではありませんか? わたくしはてっきりお知りでないのかと…」

 自慢げに話していたのが恥ずかしくなる。確かに売約時にはその注意を与えておかないと、後々のトラブルに発展してしまうのだ。

「いえ、燐珠りんじゅそのものは初めて目にしますが、この光り方の仕組みは知っていたもので」

「はい? 燐珠りんじゅがなぜ光るのかまでは謎の筈なのですが?」

「でしょうね? この成分はごく微量しか含まれていないだろうから変性魔法でも簡単には解析出来ないでしょうし、そもそもこんな貴重品扱いされていれば実験にも使えないでしょうから」

 もう彼女には理解出来ない話になっていて戸惑うばかりだったが、そこはチャムが割って入る。

「この人、変形・変性魔法士なのよ。錬金系にも通じているからそっちの話なの」

「はぁ。そういう事でしたら…」

 今度、首を捻るのは店主のほうだった。


「欲しいの、チャム?」

 暗幕の箱から取り出されてガラスケースに戻される燐珠りんじゅの指輪をチラリと横目で確認しながらカイが言う。

「えっ? こんな高価な物…」

「失礼ですが、お客様、あの値札の価格は冗談でも何でもございません。これでも十分に勉強させていただいておりますので」

「ええ、普通は市街の宝石店に並ぶ物ではないほどの貴重品なのよ。それどころか貴族街の宝石店でも、店頭に置かれる事は無いでしょうね」


 燐珠りんじゅは、天然の物しかないのだと言う。それもたまにしか採れず、順番待ちしている貴族などの資産家の手に渡るのが当然で、市場に出回ってくる事はほとんど無いそうだ。

 偶然も偶然、極めて幸運に恵まれた店主婦人がギリギリまで努力して仕入れた物らしい。店の箔を着ける為に置いてようなものだと見える。


黄珠おうじゅだからこそ表示できるお値段なのですよ? これが青珠せいじゅ緑珠りょくじゅ紫珠しじゅだったりしようものなら、お値段など有って無いようなものなのですから」

「ああ、そんなに色の種類も有るんですね? 教えてくださりありがとうございます」

 挙げられたように青や緑、紫の光を放つ燐珠りんじゅも存在するらしい。しかもそれは更に貴重で、何倍もの値が付くというのだ。

「でも、ギルドの委託金にはそれくらいは余裕で入っていると思うんだけどなぁ」

「い!?」

(高収入…、もとい、高ランクパーティーの人だったのね!)


 店主婦人の目がキラリと輝いた。

燐珠りんじゅの正体の話です。まずはエピソードタイトルの正体に言及しないとストーリーが始まらないのですが、会話を絡めるとなかなかに面倒で長引いてしまう展開でした。今回は深く切り込むテーマはなく、単に燐珠りんじゅの謎を解いていく話になります。そのまま、ストーリーを流れで楽しんでください。

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