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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ジャルファンダル動乱

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動乱の真相(1)

 掴み取られた槍の穂先は力を込めてもピクリとも動かない。


「何をしているんです? 彼はもう戦意を持っていませんよ?」

 馬上のディアンを見上げる黒い瞳には威圧が込められていた。

「…ああ、気付かなかったよ。済まない。どうも興奮しているみたいだ」

「こんな乱戦じゃ仕方ねえな。あっちのクズ共を始末…、ってほとんど終わってるか」

 傭兵の残党はほとんどが地に伏して呻くばかりになっている。

「じゃあ、生きてる奴をふん縛ってからこいつらを武装解除だな?」

「そうさせてもらおう」

 マンバス千兵長が近付いてきて、オストズナに剣を向けようとする。

「いえ、不要です。ここは一時停戦で構わないですよね?」

「無論だ。もう抵抗はしない。だから部下達のまともな扱いを頼む」

「そうはいかん! ここにはまだ千五百を越える兵が居るのだぞ? 此奴らを武装させたままにするつもりか?」

 冷静な千兵長も納得出来ないのか、えらい剣幕で噛みついてきた。

「ちょっと場所を変えるだけです。こんな街中でいつまでもごたごたして、住民の不安感を煽ってどうするのです? なんにせよ、まずは街の外に出てからにしませんか?」

「しかし、そんな訳には…」

「間に僕達が入ります。ジャルファンダルの方々、えっと…」

 オストズナには戸惑いしかない。


 先ほどまで怖ろしいと感じていた黒瞳の青年は、今は朗らかな笑顔で小首を傾げて困ったように自分を見ている。それをどう受け取るべきなのか一向に分からない。


「俺ならオストズナだ。ジャルファンダル王国で陸将を任されている」

 それが陸軍最高位らしい。

「では、オストズナ陸将殿、今は僕に従ってもらえますね?」

「他に選択肢は無さそうだ。一人ならここで討ち死にするも良いだろうが、これだけの命を預かる身だ。そうもいくまい」

 にっこりと笑う青年の真意が全く見えない。だが、その身一つで片が付くなら構わないとまで思えば、怖ろしいものなどそんなに無い。

「そんな勝手が通用するか!」

 騎馬軍団を率いてきたもう一人の千兵長が食ってかかろうとするが、その肩をマンバスが掴んで止める。その背後に第三皇子の意思が働いていると悟った彼は、それ以上の事は言わず引き下がった。


   ◇      ◇      ◇


 市民達が不安げに見つめる中、騎馬軍団が前後を挟む形で街中を粛々と行進した一団は街門を抜けて原野に到着する。そこでは敗北した混成軍の捕縛と死体処理が行われていた。


 前以って走らせた伝令により一応の事情を聞いていた翼将軍ジャイキュラ子爵が迎える。

「双方、ご苦労だった。一時停戦という事だったが、ここで降伏勧告をすれば良いのだな?」

 両千兵長を労ったモイルレルは、どうもそれが形式を重んじるが故の配慮であると誤解しているようだ。最後の判断を彼女に託すための措置だと勘違いしたらしい。

「いえ、それが…」

「では、始めましょうか?」

 見回していたカイが捕縛や死体の移動がおおよそ済んでいるのを見て取り、尋ねる。

「始める? 何をだ? 貴殿は何を言い出したのだ?」

「何って、そうですねえ。事の真相究明と確認作業ですかね?」

 彼にしてみれば言った通りの意味なのだが、彼女にはよく呑み込めないらしい。困ったように眉を寄せて首を捻る。

「悪いが、何の事だかさっぱりだ。解るように説明してくれ」

「ええ、きちんと順を追って説明しますのでどうぞ寛いでくださいね」

 しゃちほこ張った対応をする彼女に黒瞳の青年は朗らかに笑い掛けた。


「解り易く奇妙な点は、デニツク砦周辺の動きでしょうか?」

 自分と同じくらいの身長しかない青年が何を始めたのか解らず、オウム返しをする。

「デニツク砦?」

「はい。ガッツバイル傭兵団はこの要塞を八千ほどの兵力で陥落させたのでしょう?」

「うむ、そうなるな」

 ウィーダスに二千が残っていたのだから兵力的にはそれくらいの筈だ。

「真っ当に行けば陥落は難しいと言わざるを得ないでしょう。ですが、彼らはやってのけた。周辺の街や村を襲う事で砦の戦力をそれらの防衛に引っ張り出し、各個撃破した。見事な作戦だと思います」

「忌々しい事にな」

 相手の義務感を逆手に取った、実に巧妙な策だとモイルレルも思う。

「そこまでは良い。変なのはここからです。彼らは更に小集団で周辺を荒らし回った挙句に、そこを狙われて数を減らしています。自分達が採った策と同じ轍を踏んで、自ら劣勢に陥っているのですよ? あまりに間抜けだとは思いませんか?」

「確かに妙だが」

 カイの仲間達は始まったと言わんばかりにニヤニヤしながらこの様子を眺めている。珍しくもない光景らしい。

「まるで双頭の蛇(ガナーク)のようです」

 それはおとぎ話に出てくる怪物の名だ。


 昔々、二つの頭部を持つ蛇が各所の人里を襲っていて、その怪物を賢者が倒してしまう話。

 片方の頭は残忍で凶暴であり、他方の頭は狡猾で冷静であるが故に、どんな勇士が挑もうが僅かな隙に付け込まれて怪物の前に散っていく。

 その双頭の蛇(ガナーク)に挑んだのはとある賢者で、巧妙な言葉で二つの頭をそれぞれ惑わし、最後にはいがみ合わせて自滅させてしまったのであった。


「彼らの行動は、とても砦攻略の策を立てた者に率いられているとは思えないようなものです。それこそ頭が二つあるかのように感じませんか?」

 カイはどこか窺がい見るような風で言ってくる。

「うーむ、自制心が無い者ばかりが徒党を組んでいるのだ。制御が効かずにそんな風に見えたとしても変ではあるまい?」

「確かに。そう受け取れない事も無いかもしれませんね」

 彼はうんうんと頷いてモイルレルの意見も肯定する。

「でも、奇妙な点はそれだけじゃないのですよ」

 指を振りつつ歩き回っていたカイは、その指を彼女に向けて立て、更にもう一つと示唆するように続けた。


「ジャルファンダル海峡を荒らしていた海賊ですが、どうにも理解し難い行動が目立ったでしょう?」

 話の内容は事の発端にまで遡る。

「その海賊達は、帝国軍船の監視を搔い潜りながら活動を続けていける上に、奪取したマングローブ材を帝国国内に流せるほどの伝手を持っているのですよ? なのに、襲ったジャルファンダルの運搬船と軍船の船団を全滅させるという暴挙に及んでいたのです。普通に考えれば、積み荷だけを奪うようにしていればより長期に渡って活動が可能で、もっと儲けられるではありませんか? 交易そのものが縮小するような事をすれば自分の首を絞めているようなものでしょう? 非常にちぐはぐです」

「それにも何らかの理由があったのではないかと考えていた。例えば正体を知られてはならないとか」

 その点は彼女も奇妙に感じて考察に及んでいたようだ。

「そうですね。それにしても、その不合理さは砦の一件と似通っているような感じは受けませんか? 僕はそう感じたのですが?」

「待て! それではまるで海賊行為を働いていたのがガッツバイル傭兵団であるかのように聞こえるぞ。確かに凶悪さには共通点を感じないではない。だが、ジャルファンダル側である此奴らがなぜ海賊行為を働かねばならない!?」

「それは簡単な話です」

 身を乗り出してくるモイルレルを手で制しながら続きを口にする。

「これが仕組まれた戦争だったとしたらどうです? 彼らが割り振られた役割を演じ続けていたのだとしたら?」

「……」

 愕然とした顔の彼女は声を失っている。

「もちろん、こんなのは憶測に過ぎません。だから僕は何か拾えるかと思って海沿いの村を訪れてみたのです。そこで子供達と仲良くなって、彼らの宝物を見せてもらったのですよ」


 そう言って、カイは隠しから何かを取り出してモイルレルに見せたのだった。

真相前半の話です。停戦で戦闘シーンは全て終了し、謎解き段階に入っていく展開でした。こんな感じでもうひと悶着ある訳ですが、ゴールはかなり近くになりましたので宜しくお付き合いくださいませ。

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