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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ジャルファンダル動乱

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535/892

海沿いの村

「はあっ! 何だって!?」

 予想通りの答えにトゥリオは苦笑いする。

「海が綺麗だから釣りしに行くって何だそりゃ! どれだけ自由なのさ、君達は! この辺は今、戦争をやっているんだぞ、せ・ん・そ・う!」

「いやぁ、お前の気持ちはよーく解る。解るがどこまでいってもこんな感じなんだよ、俺らは」

「解ってないさ! 解ってたらそんな話にはならないし、お前だって止めるだろ?」


 確かにトゥリオは止めた。

 正直なところ、勝負は見えているとは思う。港湾都市ウィーダスは丸裸な街だ。そこに籠ったところで籠城戦にはなり得ない。そこへ兵隊崩れ五千に対して練度の高い一万をぶつければ答えは一つしか無い。

 選ばなければならないとすれば戦場だけだ。民間人の被害を気にせず市街戦に持ち込むか、何とか引きずり出して野戦に持っていけるかの話である。

 ウィーダスにはジャルファンダル陸軍三千が居る筈だ。街中はデニツク砦周辺のような惨状にはなっていないのではないかと思われる。それも希望的観測に過ぎない。

 ただ、斥候の報告では大きな混乱は見られないようだとの報告が上がってきている。それだけに戦場設定が難しいと議論になっている様子が見受けられた。


「それでもな、乗り掛かった舟だとは思うぜ? ここで降りてどうすんだってな?」

 どう説明すれば解ってもらえるか困るという風に美丈夫は頭を掻く。

「なんつうか、風の向くまま気の向くままってとこがあの二人にはあってな、フィノも基本的にはそっちに乗っかっちまうんだよ。そうなると俺が何言ったって仕方ねえんだわ、これが」

「出鱈目だな、本当に。お気楽と言うか何と言うか」

 さすがに渋い顔をするディアンに申し訳ない気持ちになる。

「何だったら君だけ残っても良いじゃないか? どこかで落ち合う算段でもしてさ」

「いや、俺はフィノの盾になるって決めているからな。あいつが行くところに俺も行くんだ。こいつは曲げられねえ。もし、俺の居ないとこで何か有ったら悔やんでも悔やみ切れねえ」

 当面の繋ぎは得ておきたいディアンが提案するが、それも彼は拒んでしまった。

「ちっとばかし食い下がったら、釣りして食料の確保をしたら様子見に戻るってカイが言ったから、何とか間に合うんじゃねえかと思うぜ? 街から引っ張り出すのはなかなかに骨が折れるだろう?」

「それは司令官閣下の胸ひとつだぞ? 突入を命ぜられるかもしれないからな」

 トゥリオはこの状況では市街戦はあり得ないという考えで話している。しかし、ディアンは様子を見て突入させようと考えていた。

 北西部の荒れようは想定以上だ。あまり長引かせて皇帝の不興を買いたくない。速やかな復興に尽力しなければならないと考えると、ここは押すところだ。

「はぁ…、仕方ないな。君と肩並べて戦えるのは悪くないと思ってたんだが」

「悪ぃな」


 溜息を吐く彼に、トゥリオは軽く頭を下げた。


   ◇      ◇      ◇


 呆れ顔の第三皇子を前にして、モイルレルは返事に窮する。

「あれだけ闘志も露わに噛み付いていた魔闘拳士が手の平を返したように退くとは欠片も思わなかったね」

 あれは闘志というよりは殺気だったと彼女は思うが、それを指摘するには今の状態は適さないと思って自重する。

「気紛れというには何か妙な時機の気がしますが、お心当たりは?」

「あまり刺激するような事はしていない。むしろ必要以上に接触しないようにしていたのにさ」

 そこまで言ってディムザは何か引っ掛かったように口篭もる。

「何か?」

「…いや」

(もしかしてあの鉄針の話か? そんなに触れて欲しくなかったって事か? それにしては堂々と使っていたものだが。彼女の独断で不要に手の内を曝すのを嫌ったのか? 女に骨抜きにされて注意が出来ないから仕方なく距離を取るってのは考えられない事は無い)

 天幕の柱に寄り掛かって思考に沈む皇子を翼将軍は不安げに見る。

「まあ仕方ない。奴らの武装も腕前もそれなりに見せてもらった。それで良しとするか」

「あれは本当に我が国に腹意が有るのでしょうか? 何かもっと違うものに従って動いているようにわたくしには見えたのですが?」

「奴がどういう風に考えているかはそれほど問題じゃない。どれだけの脅威になるかが問題なのさ」

 モイルレルには、その考えは手放しで呑み込めない。だが、貴人の考えに従えないほどの引っ掛かりでもない。

「解りました。それでやはりお急ぎになるので?」

「あまり悠長には構えていられないね。そんなに市街地戦が嫌なら引っ張り出す方法を捻り出してくれ」

 彼女はウィーダスに攻め込むのは避けるよう、再三に渡って意見具申をしている。

「了解致しました」


 今夜もあまり眠れないとモイルレルは思った。


   ◇      ◇      ◇


「何だよ、あいつ。子供と遊びに来たのかよ?」


 小さな漁村を訪れた四人は、村人達と挨拶を交わすとすぐに釣り糸を垂れている。浜辺でセネル鳥(せねるちょう)の背に乗り、そのまま海に入ってもらい疑似餌を投げ込んでいるのだが、紫色のセネル鳥はその列に加わっていない。カイと一緒に子供達と遊んでいるのをイエローは羨ましげに眺めていた。


「替わってもらいますかぁ? フィノはパープルさんでも大丈夫ですぅ」

「キュラルリ」

 そう声を掛けるが、彼女はぶんぶんと首を振ってフィノを選ぶ意思を伝える。そんな義理堅さが獣人少女には嬉しい。

「良いんじゃな…、いっ! このところ荒んだ陽々(ひび)がっ! 続いて…、いたものねっ!」

 そう言うチャムの竿は大きくたわんでいる。彼女が苦戦しているのを見るとそれなりに大物のようだ。

「それよりっ! あんたはたも網係なんだから、しっかり頼む…、わよっ!」

「分かってるって。さっさと引き寄せろよ」

「うるさいわね! 楽しませなさいよ!」

 呑気に話してはいるが、糸を通しての駆け引きは緊迫しているようだ。額に汗するチャムは糸の先から視線を外さない。だが、眩しいほどの満面の笑みを浮かべているのだから止める事など誰にも出来はしないだろう。

「あっ! チャムさん、見えてきまし…、ひぅっ!」

「うげっ!」

「…また凶悪な顔をしているものねぇ」

 海面下に見える大物の開いた口には、白く輝く三角形の歯がずらりと並んでいたのだ。

「とても美味そうには見えねえぞ?」

「わ…、分からないわよ! 見た目に反して美味しいかもよっ!」

 別に食べて美味しいかが全てではないが、美味しいに越した事は無い。

「あははは…」

「頼むぜ…」

 ぷるぷると震えながら力無く笑うフィノは、お尻をもぞもぞと摺り下げて少しでも遠ざかろうとしている。

「何なのよー!」


 ジャルファンダルの対岸に当たるこの漁村には、立地的な利点として豊富なマングローブ材が入って来ていて、漁をする小舟まで高級建材が用いられているようだった。

 そうなれば必然、木切れのような物も十分に有ったりする。船体の補修用に保存されているそれらを譲り受けたカイは、子供達に玩具を作っていた。

 竹とんぼを始めとして、フライングディスクのような物を作っては彼らに与えて遊び方を教えていく。

「ふわー! すげー!」

「次! 次、あたしー!」

「先に取れなかったほうが負けだからなー!」

 それぞれに楽しむ子供達に作り方も教授していく。そうすればこれからも楽しんでいけるだろう。


「何それー?」

「これ? これは『たけうま』って言うんだよ」

「たけうま? 面白い?」

「きっとね」

 大きな子は軽く教えるだけですぐに乗れるようになる。小さな子もしばらく補助すれば簡単に乗れるようになっていった。船に乗り慣れている海の子はバランス感覚に優れているようだった。

「楽しいよー! お兄ちゃん、ありがとう!」

 黒瞳の青年は仲良く教え合ったりしている純朴な彼らを眩しげに見つめている。


 その夜に食べた凶暴な顔の魚が、とんでもなく美味だったのが少々意外であった。

寄り道の話です。そのまま港湾都市に攻め寄せる訳ではなく、ちょっと寄り道する展開でした。竹馬って云うのは案外歴史があって各国で見られるみたいですが、いわゆる今の形の物は日本にしかないみたいですね。最近の都会の子は乗った事も無いかもしれませんが。

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