デニツク砦攻防戦(1)
傍らのセネル鳥に飛び乗る四人。パープル達は一気に加速すると、躊躇いも無く大地の角形成に使用された窪地を駆け下りると、出来上がった橋を駆け上がり始める。
「出撃準備!」
擦れ違い様にディアンに囁かれた千兵長マンバスが声を張り上げ、それに呼応するように司令官ジャイキュラ子爵も全軍に命令を下す。
速やかに騎乗した騎馬部隊はいち早く一人の千兵長の指揮下で砦門前に陣取るように動き始め、その他の部隊も慌ただしく出撃に向けて支度が進められる。
「続くぞ!」
マンバスが配下の三十騎と従軍冒険者に命じると、新たな架け橋に騎馬を進める。その中にはディアンの姿もあった。
根元は太い大地の角だが先のほうに向けてだんだんと幅の狭くなる橋だ。そこへ踏み出すのは度胸が要るが、そこにこそ攻略の路が有る。砦の門を開けなければ何も始まらない。
既に小さくなり始めている四騎の背に向けて、マンバスは馬を急かした。
◇ ◇ ◇
先頭には紫のセネル鳥。
迎撃の為に見張り台に上がっていた魔法士から紅球が飛んでくる。護符の起動線に触れて魔力を流すと光盾が発現し、その全てを受け止め魔力に還元していく。角度の付いた魔法攻撃もカイの光盾に受け止められ、魔法を放つ為に姿を現した端から光条の餌食となって、バタバタと倒れ伏したり見張りの塔から転落したりして、攻撃はすぐに止んだ。
大地の角も先端のほうでは道幅は人一人が横に寝転んだほどの幅しかない。そこを外れれば転落するとなれば多少は躊躇もしそうなものだが、彼らは一気に駆け抜けた。
狭間を飛び越え城壁上に降り立つと、そこには人質になっていた女達がしゃがみ込んで血の海に沈む傭兵の死体に怯えている。
「帝国軍が救助に来ます! 一箇所に集まって身を低くしておいてください!」
「は、はい」
強い呼び掛けに思わず従う彼女達。
「パープル達はここでこの人達を守って!」
「キューイ!」
セネル鳥の背から降りると薙刀を取り出し、上り口に急ぐ。あまり時間は無いと思っていたが、はたして丁度鉢合わせになってしまった。
「貴様っ!」
顔を覗かせた男はしかし次の瞬間、黒い刀身に薙がれ首から上を失う。無造作に蹴り付けた足が胸を押し、鮮血を撒き散らしながら階段を転げ落ちていった。
巻き込まれて転落した者も居るが、それはむしろ幸運だったかもしれない。階段上から次に降りてきたのは間違いのない死だったのだから。
有るか無しかの低い手摺だけが転落防止策の上り階段を、状況の把握が出来ていない傭兵達が我先にと登ってきたが、彼らには後悔する暇さえ与えられなかった。
手摺の上を黒髪黒瞳の青年が滑り降りてきたかと思うと、黒刃が幅いっぱいに振り抜かれ鮮血が舞い散る。痛みにのた打ち回りながら何人もの人間が転がり落ちてくるのだから堪らない。
「この間抜け共が!」
「やられただけじゃなく他人まで巻き込むんじゃねえ!」
「どけー!」
怒号が巻き起こる中、死の影が迫っているのに気付いている者はまだ少ない。
トンと階段の真ん中に降り立ったカイが薙刀を右脇に挟んで後ろに回すと、左腕を突き付けると左右に振り回す。
「邪魔です」
空間を薙ぐ光条が人の身体を部品に切り分けていく。耳障りな悲鳴を上げて手摺から零れ落ちていったり、声も無く事切れたりした者が頻出すると、さすがに危険を感じたか階段の下のほうでひしめく傭兵達のが止まった。
それも間違いだ。優雅な足取りで階段をゆっくり降りてきた青髪の美貌が、青年の横まで降りてくると死の女神に変貌する。さりげなく構えられた盾が連続して破裂音を響かせ、激痛を伴う雨が横ざまに吹き付けた。
「お下がりなさい。下衆ども」
凍れる視線と共に金属の雨は降りしきり、抵抗する術も無く荒れ狂う。
ようやく逃げる事を思い出したのか、傭兵達は口汚く罵りながら駆け下りていった。
しかし、武器庫から持ち出してきたのか、入れ替わるように大型の盾をかかげた者が横並びに押し出してくる。仲間の死体も容赦なく踏み付けながら登ってきた彼らに、同じく大盾をかざす男が待ち受けていた。
「出番だぜぇ! 手前ら、覚悟しろ! ぶちかますぞ!」
ダンダンと足音高く駆け下りてくると、盾の列に大盾ごと体当たりを仕掛けた。
鈍くも激しい衝突音が城壁に木霊すると、重たい盾と共に吹き飛ばされ落ちていく。それもその筈、本来の膂力に合わせて駆け下りる速度と重さを十分に乗せた極めて頑丈な大盾が激突したのだ。
盾の列に追従するように登ってきた後続の者達は否応なく巻き込まれるか、何とか身を躱したとしてもその場に膝を突いて安定させるし身体を安定させるしかなかった。
命冥加に上り階段で蹲る傭兵達への攻勢はまだ終わらない。
ぴょんと降りてきた獣人少女が、ツイとロッドを突き出した。
「雷槌マルチ」
可愛らしい声で紡がれた起動音声により、今度降ってきたのは稲妻の雨だ。雷撃の蛇は回避も儘ならない者達の頭上で満遍なく荒れ狂い、その身を貫いていく。
「あぎいぃぃ!」
痺れを伴う痛みが全身を襲い、反り返って固まった身体がバラバラと階段から墜落する。運の悪い者は感電と同時に絶命し、グニャリと転がるだけの存在と成り果てた。
結果、城壁への上り階段周辺は死屍累々の有様となり、砦前庭に出てきた数多くの傭兵を戦慄させるに足る光景を作り出している。それで闘志をみなぎらせるほどの猛者はごく少数であり、後退る者も少なからず出てきていた。
そこへその状況を作り出した張本人達が、衝撃波で足元を掃除しながら淡々と降りてくる。
さながら手慣れた作業をしているかのように。
◇ ◇ ◇
(いつもながら派手に暴れてくれる)
何とか大地の角の架橋を渡り切ったディアンは、そこに繰り広げられる惨状に苦笑いで応じる。
(だがこれは好都合。利用させてもらう)
ニッと笑っても様になるほどの美男子はすぐさま踵を返すと、ちょっとした部屋になっているような一画を指差した。
「あれじゃないですか、指揮官殿!」
いささか芝居掛かったような大きな身振りに、マンバスは内心で失笑しながらより大きな反応を返す。
「大門を開けるぞ! 急げ! 五騎残って彼女達の保護!」
大きく手を振って城壁外を示唆すると、号令をかけた。
「本隊の道を開け!」
城塞の門は意図的に開閉が難しく作られている。それはもちろん敵襲に備えての事であり、大軍が攻め寄せても大門を破られないようにする為のものだ。
重く堅牢に作られた大扉は、人力では容易く開閉出来ない構造になっている。城壁上に設けられた機械室でハンドルを回す操作をすると、幾つもの歯車を経由して軸が回り、巨大な大扉が徐々に開いていく構造になっていた。
大門前には既に騎士を中心とした機動部隊が陣取っており、重装歩兵や軽装歩兵も終結しつつあるようだ。開放さえ成功すればこういった城塞は攻略されたも同然である。守りを失えば驚くほど脆さを見せてしまうのだ。
細くとも開かれた大門に歩兵が群がっていく。機械室だけでも開閉操作は可能だが、大門を押す力が加味すれば少しは開放操作は早まる。上下の共同作業で大門の大扉が開かれ、討伐軍の前にその内部を曝す。
「突撃!」
ジャイキュラ子爵の大音声で陸続と雪崩れ込んでいく帝国軍だった。
攻防戦開始の話です。まさに大暴れという展開でした。本来なら城壁に梯子をかけて登ろうとしたり、それを外して守ろうとしたり、といった展開になるところですが、完全にショートカットしていきなりの突入という一風変わった攻防戦でしょう?




