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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
輝きの聖女

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欺瞞と危惧

(ファルマのお陰であまり深刻にならないで済んでいるのが救いかしらね?)

 宿の部屋に戻ってからソファーでくつろぎつつ、チャムはそんな風に考える。


 別れなどいつもの事(・・・・・)だ。

 生きて別れた。死に別れた。

 口論になった事もある。妬まれて否応なく別れた事もある。

 惜しみつつ看取った者も居る。満足な笑顔を浮かべて逝った者も居る。無念を悔いて逝った者も居る。


 でも、チャムは出来るだけ後腐れなく別れようと努力はしてきた。上手くいかない事もままあったが、それは残滓として記憶の中に溶け消えていく。


 これはそんな数多くの別れの中の一つだ。

 彼女は自分にそう言い聞かせてこれからの事を思う。輝きの聖女だけは守らねばならない。自分が居る間だけは絶対に。


 チャムは胸の奥にわだかまるモヤモヤとしたものから、目を逸らそうとしている自分に気付いていない。


   ◇      ◇      ◇


 少し身体を冷ましてから、戻っているかと思って男子部屋を覗く。しかし、そこには難しい顔をして座っているトゥリオの姿しかない。


「あら、飲みに行ってないの?」

 彼は茶化すような台詞に軽く顔を顰める。

「そんな気分にゃならねえよ。あんなあいつ、初めて見たぜ」

「そう、珍しいかもね?」

 普段は静かに怒りを滾らせるカイが、激情を言葉にして吐露した。その一事はトゥリオにも大きな衝撃を与えてしまったらしい。

「いい?」

 付いてきていたフィノと部屋に滑り込むと、チャムは彼らに念を押すように語り掛ける。

「何としてでもジーナを守るの。彼女が被害を受ける事など有ってはいけないし、ましてや死ぬような事が有ったらどうなるか分かる?」

 それは三人にとって身の毛もよだつ結論に繋がる。想像するだけで嫌な汗が出てくるような。


「史上最強にして最悪の魔王が誕生するわよ? 誰一人として彼を止める事など出来ないから」


   ◇      ◇      ◇


「ああ? 魔闘拳士だと?」

 報告を受けたヴァフリー・ムダルシルトは、不機嫌そうな声を漏らす。

「バカを言うな。なんでそんなものがこの東方に居る? そ奴ら、役に立たんだけでなく、失敗を誰かの所為にする気ではないのか?」

「事実関係は調査中ではありますが、未だ確定情報は得られませんのでお待ちください」


 ブラナファミリーはヴァフリーが言うほど腰抜けではない。ムダルシルト家の執事が人に言えぬ裏仕事を依頼してきた中で、十分期待に応えて来てくれた繋がりの深い裏組織だ。

 今回も安心して「仕事」を流したのだが、こんな結果が返ってくるとは思いも拠らなかった。結果だけではない。この「仕事」からは手を引くという回答まで付け添えられている。つまり、裏の連中は何かを掴んでいると思って間違いない。

 それは魔闘拳士の情報の確度を上げている事も意味する。それならそれで対応を変えていかねばならない。どこの裏組織に「仕事」を流しても断られる可能性が出てきたのだから。


「解っておるのか、アイゼンフェルト? それほど時間は無いぞ? あの者らが到着するまでに答えを引き出しておかねばならないのだ。間に合うのだろうな?」

 執事アイゼンフェルトには当然解っている。その下準備をしたのも彼なのだ。

「仕事を請け負うのは裏の者だけではありません。すぐに手筈を整えますので今しばらくお時間をいただきたいと思います。その後にはご足労をいただきたく存じますので、そこはご理解くださいませ」

「急げよ」


 彼は一礼して部屋を下がり、次の段取りに意識を傾けるのだった。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、クステンクルカ本部教会には四人の冒険者の姿がある。


 聖堂内には、礼拝に来たお年寄りなどに配慮して、端のほうに卓と椅子が設えられており、時に気を回した助祭がお茶を供したり、各人が持ち寄った軽食などが広げられている。

 そこで休んでいる者達と話していたり、聖堂の掃除にやってきた孤児院の子供達にお菓子を渡している姿は、まるっきり風景に溶け込んでいるかのように見えた。

 まさか、昨陽(きのう)聖堂内で荒事を演じて見せた人物だとは決して思えない。


「何!」

 その光景を目にしたヌークトは、我が目を疑う思いだった。昨陽(きのう)今陽(きょう)で図々しくもやってくるとは思ってもみなかったらしい。

「連中、来ているのか? 一体、何を考えている?」

「さあ、わたくしにも分かりません。今朝、こちらに参った時にはもういらっしゃいましたので」


 そう言って戸惑いを見せるラエラルジーネだが、彼女自身、屋敷から教会に向かう馬車が、青いセネル鳥(せねるちょう)に跨がる美女剣士の警護下にあったとは気付いていなかった。


「君達、何用だね?」

 あからさまではないものの、目障りだという雰囲気は感じさせて青年司祭が近付き声を掛ける。

「少々場所をお借りしています。なにぶんクステンクルカは不案内なもので、人生経験豊富な方々から知識を授かりたいと思いまして」

「そんな方便が通じるとでも?」

「これこれ、ポランドンの坊や。そう邪険にするものでないよ」

 彼らと話していた老爺が仲裁に入る。

「この子達は冒険者らしいが、とっても礼儀をわきまえた良い子達だよ」

「そろそろ坊やは止めていただけませんか? いつも言っているでしょう?」

「そうは言ってもねえ」

 老人達は顔を見合わせて穏やかに笑う。


「ともあれ、君達も悔い改めて御神に帰依するつもりになった訳では無いのだろう? だったら当教会に入り浸るのは止めてくれたまえ」

「おや、こちらの神様は僕達がここに出入りする事を快くお思いにならないのでしょうか? 魔法神ジギアはそんなに排他的な神様だとは知りませんでした」

 ヌークトは一瞬顔をしかめる。

「そんな事はない! そんな事は有り得ないが、そんな格好で居座られては礼拝に訪れる方が気後れしてしまうではないか?」

「そう言われても、このくらいの装備は冒険者の普段着みたいなものよ? きちんと清潔にしているし、聖職者なら慈悲の心で大目に見なさいな」

「神の御慈悲は自らを律して、思いやりの心を忘れず、他者を貴ぶ者にこそ賜れるものだ。私も御神に仕える者として、御意思に従うのみ」

 チャムはヌークトを聖職者らしい聖職者だと思う。いざとなれば神という看板を持ち出してくる。典型的な論調だと言えるだろう。


「確かに僕はジギリスタ教に入信する気は有りません。信仰心は有りませんので教会に寄付するつもりも有りませんが、謙虚に勤めるこの子達は尊敬に値すると思っています。なので、お菓子を渡しに来るくらいは構わないでしょう?」

「あまり贅沢を覚えさせるのも褒められたものではないと思うが?」

「家族を失って寄る辺無き身の上である彼らには、お菓子を食べる事さえ贅沢だとおっしゃるのですか?」

 カイの雰囲気が少し変わったのに圧されて一歩下がる。

「神の慈悲を代弁するというのであれば、彼らの幸せを考えそれに努めるのがあなたのすべき事ではないのですか? 衣食住を与えてそれが慈悲の心だというのだとしたら、家畜を見るのと変わらない目で見ているように僕には感じます」

「誰がそんな事言った!」

「お待ちになって」

 食って掛かろうとするヌークトをラエラルジーネは制止し、カイに向き直る。

「教会はあの子達に勤労を勧めていますが、強制はした事はありません。決して家畜のように扱っている訳では有りませんのでそれはお忘れなきよう」

「それは理解しているつもりです。言葉が過ぎました。すみません」

 論調は一気に穏やかになり、少し彼女を見つめると視線を落とす。


 どうあれ強くは出られないカイの姿は、チャム達を何とも言えない気持ちにさせるのだった。

危惧の話です。カイに準じるようにチャム達も徐々に思いを吐露していく展開でした。この辺りまでくると、完全にいつもと違う空気感で事態が進行していきますね。何とか着いて来てくださり、このエピソードの終わりを共にして下さると嬉しいのですが。

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