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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
雲狼の秘密

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雲狼への願い

 カイの願いは雲輝狼クラウドシャインウルフにとって都合の良いものではあった。

 連山から東に100ルッツ(120Km)と少し。周囲に街や村落の無いところにポツンと一つ山が有るそうだ。そこには鉱物資源も無かったのか、完全に人間社会から孤立した場所になっている。その山を新たな棲み処にしてくれないかとカイは言う。


「実はそこに僕達にとってはかけがえの無い、とても大切な宝物が有ります。その宝物に関しては特に配慮は必要有りませんが、無闇に人が立ち入らないよう守護して欲しいのです」

 彼の一方的な願い事ではあるが、好条件なのは間違いない。

【願い、受ける。我々、恩、返す】

「恩に感じる必要はありませんよ。僕達はあなた方の地を取り戻す事が出来ませんでした。それなのに、こちらにとって都合の良い代替地を押しつけようとしています」

 新たな地に棲み付くのはかなりの不安感を伴うと思われる。恩に報いるだけの決断を強いるのは心が痛むのだ。

【自由、生きる、良し。しかし、使命、生きる、良し。命、意味、感じる】

「魔獣とはもっと解き放たれた存在だと思っていましたが?」

【信用、応える、我。対等、望む、あなた】

 それはただ彼らが要望に応えたのではなく、自分達で生き方を選んだという意味だろう。

「ありがとうございます。どうか宜しくお願いします。現地までは案内いたしますので」


 ボスの心意気に皆が笑顔に包まれたまま、夜は更けていった。


   ◇      ◇      ◇


 農耕地を避けつつのんびりと旅をした一同は、一巡(六日)以上かけて一つの山に到着した。

 言わずと知れた転移魔法陣の石室がある山である。連山より標高が高く、広大な面積を持つ山は豊かな生態系を持っている。他の魔獣も棲み付いているだろうが、雲輝狼クラウドシャインウルフの群れが割り込むくらいの余裕は有るだろうと思われた。


「この山が人間社会から隔絶されててちょうど良かったよ。それとも偶然じゃないのかな?」

 巧妙に擬装されている石室とは言え、あまり人目に触れるようではいつ発見されてもおかしくはない話だ。

「政治的な力学も働いているわよ。それだけ彼らには良い場所になる筈だけど」

 カイでなくとも疑いたくなるくらい豊かな地だ。

「ですぅ。この山だけで(ごう)が一つ賄えますぅ」

「あいつらの楽園になりそうで結構なこった」

 狼と戯れている傍らでの会話は、獣人少年達には届かなかっただろう。その隙にチャムは、雲狼のボスにひと言二言願い事を伝えておいた。


 彼らは山に向かう狼達に手を振る。

「元気でね~」

「達者に暮らせよ」

「機会が合ったらまた訪ねますから」

 仔狼達は親の尻尾にじゃれ付きながら自然体で木立の中に消えていく。彼らが次の世代としてこの山を守っていってくれる事だろう。

 ボスが立ち止まって振り向き、一礼してから群れの後を追っていった。


「良い所が見つかって良かった~。ありがとうね~、カイ」

 ロインは彼の両手を取って感謝を口にする。

「いや、こっちも助かるよ。彼らがここを守ってくれれば安心だからね」

「それでもこんなに最適な新天地を与えてくださり、成り代わって感謝させてください」

 雲狼(クラウドウルフ)への思い入れが強いゼルガは気が済まなかったらしい。

「良し! これで何もかも上手くいった!」

 ハモロも両腕を差し上げて宣言する。

「それじゃ、レスキレートに帰るわよ!」


 七名と七羽になった彼らは、宿場町への道を取った。


   ◇      ◇      ◇


 数陽(すうじつ)の時を置いて宿場町レスキレートに到着した彼らは、その足で冒険者ギルドに報告を上げ、高原の確認調査の申請をした。東の山に追い払ったという証言が確認されれば、依頼は達成となる筈である。


 二()後、約束通り四人が泊まる旅宿を訪った獣人少年達は、寛いだ彼らの姿を目にする。


「あ~、仲良しだ~」

 ソファーでチャムに膝枕してもらっているカイをロインは冷やかす。

「良いでしょ。優しくしてくれる約束だから優しくしてもらっているんですよ」

「そういう約束だものね」

 そう言う青髪の美貌だが、その手は黒髪を撫でているのだから決して嫌々ではないのだろう。そう感じてロインはにんまりと笑う。

「だから、あの虎皮でビキニを作るから着てよぅ」

「嫌よ」

「えー、フィノも良いよね?」

「フィノもですかぁ!?」

 鞘ごとの大剣を上げ下げして腕慣らしをしていたトゥリオの首がぐるんと振り向く。

「僕の目に優しいから」

「調子に乗らないの!」

 膝上の額がぺしんと強かに叩かれた。


(これが、あの吟遊詩人のサーガに歌われる魔闘拳士なのか?)

 彼が人の枠に収まらないような強さを持つのは事実なのだが。

 ハモロは少々の疑問を抱きつつも、彼らに同行して冒険者ギルドの受付に辿り着いた。


「確認は出来たかしら?」

「はい、昨陽(きのう)調査隊による確認作業の結果、依頼達成と認定されております! 徽章をお願いします!」

 受付嬢は極めて愛想が良い。ここのギルドを悩ませていた雲狼(クラウドウルフ)が排除されたのだから、それも当然だろう。

「申請通り、この子達も協力者として処理お願いね」

 報告時にそう申告してあった。三人は辞退しようとしたが、押し切られてしまったのである。

「では、全員にポイント配分致しますので」

 雲狼事件が難航した分だけポイントも上がっているので、配分されてもそれなりの数字になる筈だった。


「こっちこっち!」

 カイが手招きしている。そこは冒険者ギルド委託金の窓口である。

「順番に徽章を出してください」

「へ? はい…」

 なし崩しに徽章を差し出す三人だが、何が起こっているかは把握していない。

「魔石の代金と依頼達成金を合わせて、一人頭215フント(215万円)となっております。この度は高難易度依頼の達成、ありがとうございました」

「えー!?」

 提示された金額は、彼らでも半()掛けて稼ぐ金額だ。

「こんなに受け取れない~」

「良いのよ。もらっておきなさい」

「でもっ!」

「そうです。魔石はゼルガ達のものではありません」

 炎虎(フレアタイガー)を倒したのはカイである。三人は何も出来なかった自覚が有るだけに納得は出来ない。

「協力の契約金替わりに以前取得した魔石を換金したのです。受け取ってください」

「…………」

 彼はそういう事にしたいらしい。色々言いたい事はあるが、この場でぶちまける訳にはいかなかった。

雲狼達(彼ら)に対する君達の思いやりの対価。その代り、連山で目にしたものは秘密よ?」


 囁きつつ悪戯げに片目を瞑るチャムに、三人は深く頷いて返した。


   ◇      ◇      ◇


 その後も料理店でのお疲れ様会など交流を深めたが、数陽(すうじつ)後には四人は旅立ちを告げる。


「どこに行くんだ?」

 ハモロとて西の英雄の動向は気になるところではあった。

「北に向かうつもりです」

「いきなり帝都方面は怖ろしいものね」

 彼らにも色々と事情がありそうに思う。

「そうですか。お気をつけて」

「ああ、中央は物騒だから、あまり近付かないほうがいい」

「ありがとう~。楽しかった~」

 抱き付いたロインの頭を撫でて、カイは満面の笑みを見せた。

「お前らもほどほどに頑張れよ」

「たまには郷に顔を見せると良いですぅ」

「そうよ。ゆとりあるんだから、お菓子でもいっぱい買って里帰りなさい」

 チャムに肩を叩かれると、張った気が緩む気がする。

「そうするよ」

「ですね」

「ね~」

 握手を交わして、別れた後はその過ぎ去る後姿を見つめる。


 誰からともなく自然に故郷のある東の空を見上げる三人だった。


   ◇      ◇      ◇


 街外れの大樹の上、太い枝に人影があった。


「出る幕無かったわねぇ」

 その影は、北に向かう街道上を行く者達を眺めている。

「あれが魔闘拳士……」


ことわりの外側にたたずむ者」

願いの話です。これにて雲狼の秘密編完結でした。

エピソード終了したので、裏話を少々。実はこの雲狼の秘密編、構想段階では影も形も有りませんでした。東方の章に入るに当たって、東方諸国の事、東方の風物、東方の冒険者事情など、押さえておかねばならない情報が多数ありました。キャラクターや本筋に深い関係のあるエピソードにいきなり多量の情報を絡めるよりは、専用のエピソードを立ち上げてそれに組み込むほうが解り易いと感じて、改めて作り上げたストーリーなのです。当然、情報の羅列ではつまらない話なので、新キャラを投入して語り部兼聞き役として動いてもらう為に作ったのがハモロ達三人の獣人です。でも、意外と良いキャラに育ってくれたので、使い捨てにするには少しもったいないかなとも思っています。それはまた後々。

さて、次なるエピソードは『輝きの聖女編』となります。主人公を虐めない『魔闘拳士』ではありますが、このエピソードではカイの心を抉ります。明日からの更新、お楽しみに。

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