雲狼事件の真相(1)
ボス雲狼に導かれて森に入る。中ほど付近まで進んだところで拓けた場所が有り、そこでようやく立ち止まったボスは振り返った。
百頭近い雲狼に囲まれるとトゥリオやフィノはさすがに緊張が解けないようで、少し引き攣った顔をしている。皆を手で制してから、離れた場所で再び以前狩った獲物を数頭取り出して置く。友好を表すアピールが必要だと思ったからだった。
「これもそのうち食べようと思っていた獲物だから安全だよ」
親狼が一応の確認を行っているが仔狼はもううずうずとした様子を見せていた。
「どうしてバレちゃったの~」
仔狼達から食い付いていくのを確認したカイが戻ると、ロインがすかさず訊いてくる。こちらもかなりうずうずしていたようだ。
「見えていたからですよ。一昨陽、町から追ってきたのはサーチ魔法で気付いていましたし」
「サーチ魔法!! ズルい~」
「フィノに熱風で霧を掃ってもらった時に、慌てて隠れている様子もばっちり見えていましたよ?」
「あの時~」
獣人少年少女達が項垂れる。背後を取っていたつもりが、完全に見られていたとあっては言い訳しようもない。
「カイさん、あれにはそんな意味が有ったんですかぁ?」
「もちろん、この棲み処ごと丸裸に出来れば違う対応も考えたけど、主に確認したかったのはそっちだね」
少し膨れたフィノの頬。そのまま歩いて座り込んでいる彼女の頭に手を置くカイ。
「それに、僕達が出掛ける時に出会っていたのも偶然じゃないのさ。彼らはあそこで見張っていたんだよ、調査に出掛けるのを」
チャムに半目で睨まれて落ち込む三人。
「たぶん、昨陽の雨の中も見張っていたんだろうね? ハモロは風邪をひいてしまった」
フィノは納得したように手を打つ。
「分かっていたら何で治したんだ? ハモロ達が邪魔するのも知っていたんだろ?」
「それはもし戦闘になった時、君の体調が悪くて手元が狂ったら困るからですよ?」
そんな、万が一の事態も想定して回避しようとするのがカイだとチャム達は知っていた。
(「後で」って言ったのはそういう意味だったのね)
チャムも呆れざるを得なかった。
「それで、雲狼の人影を消していたあの魔法は何?」
説明が長くなると思う時は歩き回る癖のあるカイに、くつろいだ姿勢でチャムは尋ねる。
「その前に、彼らが使っていた魔法の絡繰りを説明しないといけないよね?」
「ああ、消したってのに、誰も傷付けていないんだろ?」
「そうさ。消したのは彼らが使っていた魔法。それを攪乱しただけなんだ」
空を指差して払う、あの時やっていた動作と同じジェスチャーをする。
「見えていたのはただの影。あそこには何も無かったんだから」
カイは説明を始めた。
必要なのは薄い霧の幕。それは視界を妨げもするが、光を乱反射するのも霧である。つまり、映像を投影するスクリーンになるのだと言う。
それはあくまでスクリーンに過ぎない。最初に見えていた狼の影は確かに雲狼のものだろうが、その影を残したまま後退し変形させる魔法を使われたとしたら全く見分けは付かないだろう。
ただでさえ薄霧の中では距離感が掴み難い。そんな仕掛けを看破するのは至難の技だと言っても過言ではない。変身に強い疑念を抱いていて、サーチ魔法の使い手であるカイ以外では。
「ちょっと待って! 理屈は理解出来るけども、それはあり得ないわ!」
「そうですよぅ! だってこの子達は水属性の雲狼なのですよぅ?」
彼女らの主張はもっともだ。カイが説明した絡繰りを実現するには光の魔法が必須だった。
「そう、それ!」
彼は二人を指差して肯定する。
「その考えが邪魔で、聴取して回っていた時はどうにも理解が及ばなかったんだ。当事者達が見た人影が幻影じゃないかっていうのは早い段階に思い付いたんだけど、相手が雲狼だからってついその可能性を思考から追い出してしまった!」
チャムとフィノはキョトンとしてしまう。その思考に至るのは当然の事で、そんなに興奮するような事ではないと思えたからだ。
「何が言いたいの?」
「彼らは雲狼じゃないのさ」
カイが手を振って狼達を指し示す。そして、衝撃の事実を告げた。
「この一族は雲輝狼。水と光を扱える魔獣だよ」
「水と……、光?」
フィノは信じられないという風に首を傾げている。
「えと……、二属性が使えるって事ですかぁ?」
「うん」
思考に沈みそうになる彼女だったが、視界の隅で目を丸くし後ろを凝視しているチャムに気付く。視線の先には多くの狼達に囲まれて匂いを嗅がれ、非常に迷惑そうにしているパープルの姿。
「あ!」
「解った? どうしてセネル鳥にはパープルみたいな複属性個体を認めているのに、自然には複属性魔獣が居ないと言い切れるのかな? 僕はそれに思い至って、彼らが雲輝狼じゃないかと考え始めたんだ」
可能性には至っても、確認出来なければ確証には至らない。
カイは今陽、実際に目撃した事実と、そこに実体が無いのをサーチ魔法で確認した事で確信に至ったのだと言う。そして、その仕組みを想像し、光の投影魔法を攪乱する魔法を編み出して、それをぶつける事で狼人間の影を消滅させていたらしい。
「ふふっ」
チャムは込み上げる発作に耐え切れずに吹き出してしまった。
「説明されるとこんなに簡単な仕組みなのに何で思い付かなかったのかしら? 自分が情けなくて笑ってしまうわ」
「あう! そんな事言われたらフィノの立つ瀬が無いですよぅ。魔法の専門家なのに……」
「ごめんごめん、そういう意味じゃないのよ。この人はどうしてそんな発想が出てきちゃうのか、それに呆れるっていうのが本心ね」
「そうだぜ。普通は魔獣って言ったら何か一つの属性持ちで、逆にそれが弱点だって考えちまうもんだろ?」
フィノとトゥリオのフォローを受けるが、彼女は大丈夫という風に手を挙げて見せた。
「それを思い付かせないのが、この絡繰りの巧妙なところなんだよ。だって、変身の幻影だけを見せられたら、何人か居れば誰か一人くらいは疑いたくなるものじゃないかな?」
大概疑念の強い人間は居るものだ。特にそれが冒険者であれば、疑念無しに行動していれば度々大きな罠に掛かってしまい兼ねない。
「影の形で変身の場面を見せるだけでは弱いと考えた。だから、霧で視界が悪いのに乗じて実際に攻撃を仕掛ける事で、相手の認識を確信に変えさせたのさ。変身する様を見せつけられた上で攻撃まで受けた。これでは変身魔獣は実在するんだとしか思えなくなってしまう。よく考えたものだね?」
腕組みしてうんうんと頷いていたカイは、振り返って獣人達と狼達のほうを見る。
「これが僕が思い至った結論なんだけど、どう?」
反論出来よう筈もない。それは彼らが、人間をこの高原から追い出すべく、実行してきた仕掛けの全貌だったからだ。
「その通りだ、カイ」
「正解~。よく分かったね~。と言っても、考えたのはロインじゃなくてゼルガだけど~」
「そう、この仕掛けの大筋を考えたのはゼルガです。見破れる人が出てくるなんて思いもしませんでした」
座り込んでいる彼はじっとカイを見つめて、どうしてこの事件を起こすに至ったかの真相を語り始めた。
解決編開始の話です。まずは狼人間の絡繰りを明かす展開でした。やっと辿り着いたネタばらしの時間です。ここまでは、このネタを明らかにしないよう、でも匂わせるように描かねばなりませんでした。それを一気に書けるとなると、筆が進むのは道理かもしれません。下手したら倍くらいの早さだったし、爽快感も有りました。それこそ創作者側カタルシスみたいに感じます。これが読者に等しく伝えられれば成功なのでしょうが、アマチュア作者は確認する術を持たぬのです。




