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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
雲狼の秘密

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人化考察

「そもそも根本的な疑問に答えが見えないのよね」

 チャムがそう言いだしたのは、聴取に一()を費やした後の事である。


 夕食を済ませたトゥリオが酒場に繰り出し、女性二人は旅宿の風呂を使ってから男部屋に乗り込んできた。その時カイはとうに風呂を済ませ街道図と睨めっこしていたのだが、良い香りを漂わせる女性陣が入室して来れば気もそぞろになる。


「あれですかぁ?」

 フィノもピンときたようで応じてくる。

「妙な話でしょ? それそのものが変身魔獣の存在の確証になるような気がして困りものなのよ」

「ですよねぇ。もし、想像通りだとすると辻褄が有ってしまうのですぅ」

 そう言いつつ二人はカイの反応を窺う。

 彼女らは、自分が思い付くような事は彼はとうに気付いているだろうと思っているのだ。

「二人は人型の魔獣がこの宿場町に入り込んできていると思っているんだね?」


 チャムとフィノが指摘している疑問は「雲狼(クラウドウルフ)が討伐に出向いてきた冒険者のランクを把握している」という点だ。

 幾ら知能が高い魔獣とは言え、気配だけで冒険者ランクまで読み取れるものではない。人間同士でも身のこなしだけで実力を量ろうとすれば、自分と比較して上か下かくらいが精々であろう。

 何らかの手段で調べていなければ把握できるはずが無いと考えていた。


「仮に魔獣が人間に変身して町に入ってきたとしますぅ。当然服もどこかで用意してあれば、それは獣人と見分けが付かないと思いますぅ」

 服くらい、返り討ちにした冒険者の物を使えば何とでもなってしまうだろう。外見だけ繕えば、冒険者ギルド付近で噂話に耳を傾けておけば、ランクくらいの情報を聞き付けるのは可能なのではないかと思う。

「情報入手の為に外見を覚えられる訳にはいかないから、撃退時には霧を使って顔を隠しているのじゃないかしら?」

「直立しただけでも獣相の濃い獣人として振る舞うのは難しくは無いと思いますぅ。もし、顔まで獣人並みに変化する事が可能だったり、声帯まで変化して人語まで話せるとしたら、もう完全に区別できなくなってしまいますぅ」

 様々な点が疑問の解消の証明に繋がっていっている。


「なので、お風呂に浸かりながら思い出していたんですぅ」

 フィノが自分の頬を指でトントンしながら言ってくる。それは彼女が何かを思い出そうとしている時にする仕草で、何かの時にトゥリオが可愛いと絶賛していたのをカイは思い出した。

「魔獣が変身する話って言うのは子供の絵本に稀に登場するだけで、ほとんど例が見られません」

「そう言ってたね。他に何かあった?」

「有りました。迷信や伝承記述だけでなく、記録文書にも登場する変身の例が!」

 少し興奮してきたのか、両手を握って上下に振るフィノ。

「そんな物が有るの? 初めて聞いたわ」

「はい、ドラゴンですぅ! ドラゴンが人化じんかして現れたという記録が、古い文献に散見するのですぅ!」

「ああ、そっちね」

「ん? それはそんなに簡単に納得出来る話なの?」

 ドラゴンに関してはカイの見識は浅い。確かに存在すると言われているのに、公式文書にはほとんど記述が見られない。

「あれは別格の存在よ。何が出来たっておかしくは無いの」

「ですよねぇ。だから人化出来ても……」

「ドラゴンを魔獣と同格に扱うのはちょっといただけないわね。人知の及ばない生物なのだから」

「そうですかぁ」

 獣人少女は落胆してしまう。


「ドラゴンって、そんなに異質な存在なんだ?」

 変身魔獣の考察とは外れてしまうが、興味を引かれたカイは詳しく聞きたくなった。

「そうね。何と説明すれば正解なのか難しいのよ。んー、言うなれば魔法生物かしら?」

「魔法生物!? それはとっても良い表現ですぅ!」

「聞いた範囲だと普通の進化系……、生物が環境に順化して変化していく過程とは隔絶した存在だと理解してもいい?」

「ええ、あなたが主張するような生物の進化過程では語れない生き物だと思って」

 そのチャムの言葉は威厳を持って重々しく響いた。

「うん、じゃあドラゴンの人化は別の話だと思う事にするよ」

「ごめんなさいですぅ」

「謝る必要はないわ」

「そうだよ。とても面白い話だと思った。可能性を消していかないと話が進まないからね」

 ベッドの隣に腰掛けたフィノの太ももに手を置くチャム。


「しかし、困ったね?」

 状況証拠は一方的に変身魔獣の存在を示唆しているのに、過去の記録の類はそれを否定してばかりという結果に他ならない。どちらを主に於いて考察すべきか、道に迷うばかりであった。


「ところであなたは何をしていたの?」

 カイが街道図を眺めていたのを思い出す。今後の事を考えていたのかもしれないが、何となく気になったチャムは訊く。

「うーん、雲狼(クラウドウルフ)がどこからやって来たのかと思ってね。いくら変身出来るかもしれないって言ったって、何も無いところから湧いて出てきたりはしないんじゃないかな?」

「そんな事まで出来ちゃったら、フィノはもう頭グルグルになっちゃいますぅ」

 頭脳明晰な彼女だが、表現は子供っぽいところがアンバランスで面白い。チャムはつい微笑みながら頭を撫でてしまう。

「だから、件の高原の周囲の地形を分かる範囲で見ていたんだけど、分からないよね」

「トゥリオにはあんな事言っておいて自分では考えているわけ?」

 移動の原因などという取り留めのない考察をしても結果は伴わないとチャムも考えている。

「ただ、証言で得られた雲狼(クラウドウルフ)の動機、狩猟場の確保というのは、必然その原因との結び付きは有る物だろうから、そこから糸が手繰れないものかと思ってね?」

「原因を探るのは無理だってあなたも思っているでしょう?」

「うん、原因は分からないにしても、経路が分かれば原因も絞れそうな気がしたんだ」

 街道図の上に乗ってポンポンと叩いているリドに「それは無理だよ」と言って退ける。

「ちゅり?」

「それはポンポンしてもスーしても変わらないから」

「ちゅい!」

 リドを肩に乗せ髪の毛に捕まらせてから、街道図をサイドテーブルの上に広げる。


「ここが彼らが棲み付いた高原」

 依頼にあった現場には赤丸がされている。

「冒険者ギルドで聞いた話だと、雲狼(クラウドウルフ)は基本的に山岳部に生息するらしいから、この辺りに棲んでいたんじゃないかと思うんだ」


 カイはレスキレートから西北西に60ルッツ(72km)、北西から南東に伸びるそれほど標高は高くない連山を指差す。

 レスキレートは、四人が転移した石室のある山からは南西に当たる。この宿場町を挟んで西側にある連山が雲狼(クラウドウルフ)の元の棲み処ではないかと言う。


「遠過ぎない?」

 確かにその連山は隔絶山脈から東に200ルッツ(240km)は離れており移動するなら東を目指すだろうが、連山とレスキレートの間には広い草原が広がり点々と森も見掛けられる。

「この辺りの森とかのほうが近くないかしら?」

「チャムさん、よく見てください。この周りには農耕地が広がっていますぅ」

 周囲には村落も記されていて、その森も村民の蛋白源の狩場になっているだろう。指を走らせると、近隣の森は似たような状況に置かれている場所ばかりだ。

「もしかして雲狼(クラウドウルフ)達は、人の生活に干渉しないような場所を求めてこの高原に辿り着いたって言うの?」

「そう、大きく影響しなさそうな場所にね。その森も狩場ではあっても、周囲に草原が広がり草食獣の群れが居る。だから大丈夫だと思ったんじゃないかな?」


(ようやく見つけた場所を彼らが何とか守り抜こうとしているなら?)


 それほどまでに人に配慮して困窮している雲狼(クラウドウルフ)を、討伐するのが正しいのかとチャムは迷ってしまうのだった。

人化の話です。謎解きに入りたかったけど、皆さんお部屋で喋りたがっちゃったので無理でした。言う事聞かんな、この子達は(笑)。

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