勇者vs魔闘拳士(3)
フェルナル・ギルゼの纏う雷電を、カイの地属性剣が吸収していく。
(流れで、魔法剣の対抗手段は有ると思っていても、試さずにはいられない気持ちは解るんだけどね)
これは多彩な技を持つカイにも理解は出来る。
(これが問題なんだよなぁ)
聖剣がほのかに輝き始めたのを見て彼は零す。
おそらく光属性魔法剣であろう。相克させるには闇属性魔法剣が必要なのだが、その魔法刻印はやはりカイには書けなかった。対抗手段は無いので光剣を元の状態に戻し、斬り結び始めた。
しかし、これは上手くない。魔法剣の解除という驚きを与えられなければ、純粋な剣技の勝負になる。それでは、カイは勇者ケントに及ばない。
打ち落とした筈の聖剣がきびすを返して右の肩口に伸びてきている。それを右の光剣で受けて、左の光剣で打ち上げる。翻って返ってくる斬撃から身を躱すと、カイは踏み込もうとする。
光剣の剣身は50メックほどに過ぎない。間合いにして倍以上の差がある。懐に入り込まねば勝負にならない。しかし、その目論見を許すほどケントは甘くなかった。
強引に返した剣閃が彼を襲う。しゃがんで躱すが、視線で追われていると悟ると間合いから逃れた。
「やはり剣技では優劣は明確ですね。続けるだけ無駄ですか」
「分かっているなら退けよ。勇者相手にここまで戦えたんだから、面目は立つだろ?」
片手で軽々と長大な聖剣を振り回して告げてくる。
「そうですね。大人しく拳で語る事としましょうか」
光剣を解除して、右拳を立てて前に突き出して見せた。
恐ろしいような風切り音を立てて迫る長大な剣を沈み込んで躱し、下から打ち上げる。耳障りな金属の激突音がして強引に軌道を変えられた剣は、戻ってくるまでに一拍の間が空いた。軌道と剣筋にズレが生じた為、手首の返しに余分な力を必要とするからだ。
下から拳を身体ごと持ち上げようとしたら、柄尻が押し付けられるように伸ばされてきた。それは当たる軌道ではないが、本命はその次に滑り込んでくる刃のほうだ。鍔元に手を当てて留めようとすると、ズシリと重量が掛かってきてこちらの伸び上がりも止められてしまった。
妙な態勢で拮抗する状態を嫌って鍔元に添えた手を横に押し退けて身体を流す。反動を使ってそのまま前転で逃げると、身体の有った空間を剣閃が走り抜けていった。
(よくもあんな自分の身長と変わらない長さの剣を器用に振り回すもんだね)
どうやら真っ当な方法では入り込む事さえ出来ないと考え始める。
ひと呼吸おいて軽く地を蹴り足運びにリズムを付けると、グッと踏み込む。身体は命ずるままに加速し、聖剣の間合いに入る手前で蹴り足に力を込めて跳躍した。
勇者が訝しげな顔を見せる。これまでの戦い方から、逃げ場のない空中戦を挑むとは全く思っていなかったのだろう。捻りを加えて思い切り体重を掛けた左拳を、ケントの掲げる聖剣の腹に叩き込んだ。
「ぐっ!」
一連の流れを観察していた彼は、吹き飛ばされるような事無く腰を低く構えてその衝撃を受け切ってしまった。
そうなればカイの身体は地に舞い降りるだけなのだが、警戒していたのか追撃に一拍の遅れが生じている。その間を用いて彼は大きく飛び退っていた。そしてまたリズムを作ってケントに向かい跳躍する。
(こいつ、正気か?)
フェルナル・ギルゼの腹の向こうから覗く目がそう物語っている。こちらが回避を捨てた空中戦法に出るとは完全に計算外なのだろうが、二度目は通用しないと窺っているのだ。
今度は逆に捻って上から右拳を叩き付けると、受ける聖剣は少し傾げられていて力は逃がされた。そして、翻った聖剣の腹ががカイを叩き落そうとした。
「バシュッ!」
その一撃は空振りに終わる。落ちるだけの筈だったカイの身体がそこに無かったからだ。しかして彼の身体は反対側、ケントの右側に着地していた。そして、一気に踏み込むと左の拳が顔面を捉えて殴り飛ばした。
「ケントっ!」
ララミードの悲鳴が尾を引く中、勇者の身体は地に転がる。すぐさま起き上がって警戒の姿勢を取るケント。
「油断し過ぎですよ? 本気なら今、その首斬り飛ばしていました」
「お前、今何を?」
訊いてはきたが、彼も何が起こったかは見ていただろう。
カイは右拳でを叩き付けると同時に、左腕を自分の臍の辺りに持っていき、マルチガントレットの風撃を使ったのだ。浮いている身体はその反動で左に跳ね飛ぶ。結果、そのまま下に落ちず、ケントの右側に空中移動したのである。
紫髪の勇者は呆然としている。そんな事が出来るなど思ってもいなかったのだろう。それでも、口の端から血を垂らす程度で済んでいるのだから彼も尋常ではない。普通なら奥歯を何本も折ってしまうような一撃だった。
それからは壮絶な空中戦が始まった。
カイは風撃を屈指して宙を思うがままに移動し、打突や蹴撃を繰り返す。
ケントは跳躍して斬り付けた後は、大きく聖剣を振って姿勢を変える。彼の聖剣はやはり自重をある程度自在に操る事が可能なようだった。重い状態で振ればその反動で身体は移動する。それを利用して、ケントは器用に空中でも体を入れ替えている。戦闘に関する感覚は並外れているとしか言えない。
◇ ◇ ◇
観衆もその異様な戦いに目を瞠る。近接戦闘の常識を破ってしまうような戦い方なのだ。
「まともじゃないな」
魔闘拳士が両腕を下に向けて衝撃波を発し、更に飛翔する様を見ながらティルトは零す。
「これはもう普通の人間同士の戦いじゃなくなっているぞ」
「ケントも相当なもんだが、とんでもないな、魔闘拳士」
カシジャナンもその光景を人外のものでも見るような目で見つめている。
「あいつはいつもあんな感じだぜ。真っ当な戦い方も出来はするが、苦しくなったら詐術的な事も好き好んでやりやがる」
赤髪の盾士も賛同するように付け添えてきた。
「あの人の性格なんてもう知れてるでしょ?」
青髪の美貌の台詞に犬系獣人が何度も頷き、その様を見たララミードやミュルカは首を傾げる。
仲間でさえ把握していない戦い方を平気でする魔闘拳士が理解出来なかった。
◇ ◇ ◇
跳躍したケントが斬り上げるフェルナル・ギルゼを、魔闘拳士の右の裏拳が殴り付ける。上向きに風撃を発射して強引に着地すると、また地を蹴ってまだ浮いている勇者の身体に打ち上げの拳が迫る。
聖剣を振って横移動したケントに空振りすると、風撃を吹かして再度迫る。それも予想していた彼は打ち込まれた左を剣の腹で受け止め、二人同時に着地した。
瞬時に跳ね飛んで距離を取った二人は睨み合うが、カイの口端は僅かに上がっている。その余裕がケントを余計に苛立たせた。
実力の拮抗が戦いを長引かせ、もうお互いの優位性を食い潰し合うような状況になってしまっているのだ。これ以上は消耗戦になり兼ねない。ケントは心を決めるように剣を寝かせて切っ先を魔闘拳士に向ける。申し合せたように互いに向けて加速した二人は、衝突に向かって突進した。
その瞬間、魔闘拳士から濃密な闘気が吹き付けてきて、ケントは頭が真っ白になる。深奥の赤く燃える闘志だけが彼を突き動かした。
聖剣の突きはその鋭さを増して相手の身体に迫ると、逸らそうとする銀爪さえ弾いて突き進み、その左胸に吸い込まれていった。
誰もが息を飲んだ。
フェルナル・ギルゼは魔闘拳士の左胸を貫き、その背に突き抜けていたのだった。
勇者戦終盤の話です。我ながら凄まじい引きで終わらせる展開でした。これで次話の冒頭が「かのように見えた」とか書いたらどんな反応が返ってくるやら(笑)。




