勇者vs魔闘拳士(1)
組手ではあるが真剣勝負となる。聖剣あっての勇者である事を思えば当然なのかもしれない。無論、取り決めとして相手を死に至らしめるような攻撃の時は寸止めとする。そして、魔法の使用も可とする。ただし、必要以上の破壊力のあるものや規模の大きい魔法の使用は禁じられた。
「ケントは身体強化以外の魔法は使えないのよ。魔法も得意なそっちの誰かさんのほうがすごく有利じゃない!」
これに反論が飛ぶ。公女ララミードは納得出来ないらしい。この取り決めが一方的にカイに有利だと主張する。それをこの条件を提示したチャムが突っ撥ねる。
「聖剣はそれそのものが魔法存在みたいなものよ。その剣でしか放てないような技が幾つも存在するでしょう? そちらは或る種魔法が使い放題なのに、カイだけが禁じられるのは公平だなんて思えないのだけれど?」
その意見にケントやカシジャナンは瞠目する。聖剣独自の技の存在を熟知している者になど今まで出会った事が無かった。なのに、出会って幾陽も経っていないチャムが当然のように指摘してきたのだ。
「……どうして?」
「なぜも何も無いでしょう? 伝承伝説記録の類に列記されている筈よ。少し調べれば幾らでも出てくるわ」
確かに様々な技が用いられて魔王を討滅する伝記などは枚挙にいとまがない。それはカシジャナンも自分が勇者の仲間になってからは尚更調べて、多々目にしたことがある。
ただ、それが魔法の一種だとはどの書物でも記されてはいなかったと記憶している。それは聖剣を実際に振るう勇者本人が魔力消費を感じる事でしか確認出来ない筈なのだ。カシジャナンもケント本人に聞いてから知った事実だ。
「それでいいさ。後でいちゃもん付けられるのも嫌だからな」
ケントは聖剣の秘密に関して深くは考察する気が無いらしい。流して話を進めようとする。
「これで文句無しだぜ?」
「構いませんよ。僕もマルチガントレット内蔵の武装と強化しか使う気は有りません。どうせ五大属性はまともに使えませんので」
話は纏まり、二人は対峙する。
◇ ◇ ◇
勇者ケントは背から聖剣フェルナル・ギルゼを解き放った。
美麗な装飾を施された鍔元から伸びるほのかに黄色い白銀の剣身は、太く強固に仕上げられた根元からいきなり20メックもの幅に広がり、徐々にせばまっていき切っ先を形成している。その長さ、実に120メック。重量的にも技量的にも人が操れる長さではない。その長大な剣身が武器として成立している時点で何らかの魔法が働いていると分かる。
見た目からして或る種の威圧感を放つ聖剣を目にすれば、普通の人間は怯んで腰が引けてしまうだろう。しかし、普通でない男がここに一人。広く魔闘拳士と呼ばれる黒髪の青年は、フェルナル・ギルゼをジッと観察していた。
軽く振っただけで風が起こりそうな長大な剣身は、その尋常でない間合いが問題になるだろう。まず、その辺りから掴みにいかなければ勝負にもならないだろう事は見るだけで理解出来る。
ところが彼は、取られた距離を一気に詰めて来るべく踏み出したケントに向かって、同時に駆け出した。
交錯する瞬間、唸りをあげて振り下ろされる聖剣を、カイは左のマルチガントレットで受けて前に出ようとしたが、感じた違和感に左腕を下して横に跳ね飛んだ。
「斬りますか?」
左腕のマルチガントレットの装甲が、切り口から薄っすらと中を覗かせている。勇者の聖剣は、オリハルコンで表面を覆ったマルチガントレット筐体を斬り裂いたのである。
「受ける事も出来ないんですね?」
彼は「復元」と唱えた後にそう付け加える。それに応じて、ケントはニヤリと笑って返した。
これによってカイは、まともに打ち合うつもりなら、聖剣の斬撃は全て避け切らないといけないのだと悟る。緊張感を強いられる戦いになると覚悟を決めなければならなかった。
跳び下がって距離を取ったカイは右腕を差し上げて、それを勇者ケントに向ける。微かな発振音とともに放たれた光条は、空間をものともせず瞬時にケントのもとに達するが、横薙ぎにされた聖剣が迎え撃ち、弾かれてしまった。
(光条を防ぐ?)
ほぼ視認出来ない上に光速で迫る光条を迎え撃つのも人間業ではないが、更に弾いてしまうとは常識外れにも程がある。ほとんど物理法則に喧嘩を売るような芸当を見せる勇者に、カイも呆れを通り越して感心してしまう。
(エネルギーまで偏向させるような、歪曲場を纏っていると思ったほうが良さそうだね)
この聖剣なら普通に魔法も斬り裂いてしまえる筈だ。良く観察すると、かなり強固な固有形態形成場を持っていると分かる。剣身の表面に魔法界面でも持っているのだろうか?
その剣が振りかぶられる。大胆に振り下ろされた刃から何かが放たれたのを感じ、横に転がって身を躱すと大地を削りながら通り過ぎていった。
それはおそらく風刃の強化版なのだろうと思われる。起動音声抜きで放たれたら、一瞬判断が遅れて躱し損ね、痛い目を見る事請け合いだろう。ただし、カイにはその魔法固有形態形成場が視える。
連続して放たれる真空の大鎌を躱し続けていると、相手も戦法の変更を必要と感じたようで、構えが変わる。突きの姿勢の聖剣を引き上げて顔の右横に持っていくと、連続突きに切り替えてきた。その突きからも不可視の棘が放たれる。
飛んできたと思った瞬間に横っ飛びに避けると、後ろの地面が弾け飛び大きく抉られていた。その穴を観察して威力を確認している暇も無く、次の不可視の棘が迫っている。カイは飛び回り転げ回って回避に専念するしかなくなる。
◇ ◇ ◇
「おい、あれ、本当に相手を殺さないくらいに加減されているんだろうな? どう見ても当たれば、腕や足の一本くらいは吹っ飛んでしまいそうだぞ?」
遠目にも相当威力がある攻撃に見えたトゥリオは言及する。
先刻までと違って観衆は輪になって囲んでおらず、かなり離れた箇所で横に広がって観戦している。地上最強の戦士と魔闘拳士の戦いだ。どんな余波があるかも予想出来ず、大きく距離を取っているのだ。
「加減しているに決まっているじゃない! あんなの当たるほうが悪いわ。まあ、最悪、治癒と高等回復薬があるから問題無しよ」
「そりゃ加減しているって言わねえだろ? 相手がカイだから大丈夫だがよ。復元あるし」
「そもそも勇者に悪人認定されるほうが問題。ただで済むなんて思っているんじゃないでしょうね?」
それが公女殿下の考えらしい。
「お前……、それ、大丈夫なんだろうな?」
「ララミィ、止めなさい。それは勇者の独善を印象付けてしまうわよ?」
やはり、危険な発言と判断したのかミュルカが止めに入った。
「むぅ」
「トゥリオも放っておきなさい。勇者なんてそんなものよ。個の正義というのは勇者の権能なのよ」
第三者に正義だと言われ続けると言う事は、主観的判断が正義だと思い込んでしまう誤謬を招く。勇者が精神的には人の枠に収まっている以上、陥りがちな陥穽だ。
しかし、その使命を鑑みた場合、そのくらいは大目に見られてしまうとチャムは語っているのだ。
「そんなものってどういう意味よ!」
だが、その台詞は公女には逆鱗だったらしい。
「解らない? 心が未熟でも勇者は務まってしまうのよ。人間社会はそれくらいは寛容であらねばならないって意味」
「幾らなんでも失礼が過ぎるわよ? 救世主に向かって」
「それを補助するのが仲間の務めだと思うのだけれど?」
「道理ね」
「ミュルカ!」
仲間に肯定されれば、それ以上の反論も出来ないララミードであった。
対戦の話です。まずは前哨戦。遠距離の打ち合いからの始まりという展開でした。本文中でも触れましたが、書いている本人も「これ、一撃でも当たったら命に関わるよな」と思いつつの内容です。でも、強者同士の戦いなんだからそれなりに派手にしないとという思いから、こんな感じで進行します。次話からはケント視点にしようかと思っています。




