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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
勇者の来訪

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故無き勝負

 突然現れた勇者からの挑戦に観衆はどよめいた。

 その場に居る者でも、その人物が勇者だと初めて聞く者は居る。そうでなくとも驚きの展開なのに、彼らは余計に動揺を禁じ得なかった。


 勇者は地上最強の戦士である。その戦士に対して腕試しを挑む者なら多々存在するだろうが、勇者のほうから挑戦するのは未だかつて聞いた事が無い。もし有るとしたら、それは対象が悪事を働いている場合になるだろうか? それならば納得出来ない事はない。勇者の行いはそれ即ち正義なのだから。

 普通はそう考える。しかし、そこから導き出される結論は魔闘拳士が悪と断じられたという意味になる。観衆はカイを少なからず知るものばかりで構成されている。となれば、首を捻らざるを得なかった。


「まさか、貴殿も僕を銀爪の魔人とか呼ぶのではありませんよね、勇者殿?」


 その軽口に周囲の輪から笑いが起こる。勇者ケントはその意味が分からず戸惑いの表情を浮かべる。その雰囲気に、ずかずかと踏み入っていったケントにやっと追いついた勇者一行の四人も弁解の言葉が出なくなってしまった。


「銀爪の魔人? 何だそりゃ?」

「敵国の軍や首脳部では、僕をそう呼んでいたそうですよ。貴殿が勇者で、魔王を倒すのが使命であり、それなのに僕を狙うのだとしたらその辺りが原因だとしか思えないんですけど?」

 カイは肩を竦めつつ疑問に答える。

「そんなんじゃない。でも、お前が正義の執行の対象になり兼ねないのは確かだぜ?」

「ほう、古い王家番でも読みましたか? 違いますね。あれが王宮内にあるとは思えない。そう言う事なんでしょうね?」

「訳解らない事ばかり言ってんじゃないぞ! 俺はお前を成敗して、この王宮ででかい顔を出来ないようにしなきゃいけないんだよ!」


 黒髪の青年は視線をずらして他の四人に目を向ける。ララミードと名乗ったポニーテールの姫君っぽい人物は睨み返してきているが、ティルトという盾士は素知らぬ風で、年嵩の女剣士ミュルカと魔法士カシジャナンは眉根を寄せて判断付かない様子を見せている。


(何となく事情は知れてきたかな?)

 カイはこの挑戦が自分に起因するものではないと悟った。


「良いから尋常に勝負しろ! それでお前に怯えている人達が安心出来るんだからさ」

 それでもどこか躊躇いが有るのか、ケントは右手を背中の聖剣の柄に掛けたまま抜けないでいる。こちらが挑戦を受けない事には抜きたくはないらしい。正々堂々が信条だとでも言うのだろうか?

「僕は基本的に貴方がたに関与したくないのですよ。全く違う目で世界を見ている者同士、交わるところが無いのです」

「……だ、だから、意味の解らないごたくばかり並べてないで勝負しろって言ってんだ!」

「その勝負の理由に言及しようとしているのです。理由が無い限り、関わり合いになりたくないから、貴殿の主張する理由を明確にしていただき、誤解を解いてしまいたいのです」

「誤解? そんなんじゃないぞ! 正当な理由だ」

 そこには確信が有るらしく、議論に怯む様子を見せない。

「お聞きしましょう」

「ホルツレイン王宮の貴族の人達はな、お前が怖くて何も言えないんだそうだぜ?」

「恐い? 僕が?」

「見てみろよ」

 そう言ってケントは王宮を指差す。

「こんな場所でお前がその拳を見せびらかしているだろう? みんな、お前がどれほど強いか思い知らされる。王様の覚えも目出度いお前が武術まで持っていたら、注意しようとしたって怖くて出来ないに決まってるだろ? そうなれば、お前が変な事を言い出したって誰も反論できないのさ」

「いえ、反論なさってくださり、僕が間違いに気付けば取り下げますよ」


 そうでなくとも、国王アルバートは政治的平衡感覚に優れた人で、傍にグラウドのような切れ者中の切れ者が居る。そうそうホルツレインの益にならない主張など通る訳など無いのだが、それはケントには分らない事だろう。


「したくたって出来ないって言ってんだろ! 武術の心得が無い人間は、すごく怖く感じるもんなんだよ! お前、弱い人間の気持ちなんて解らないって言うのか?」

「重々承知しているつもりではありますが、足りないとおっしゃるんですね?」

「ああ、そうだ」


 王宮を闊歩する貴族のほとんどが気にしているのは魔闘拳士の人気だけである。武威などものとも感じていないだろう。せいぜい便利な矛だというくらいにしか思っていない筈だ。

 彼に人気が無ければとうに排除されている。もし、人気がある状態で彼を排除したりしようものなら市民から声が上がり、それが国王の耳に入ると治世に害成す者だと判断されるからだ。

 王家の人気の影には、魔闘拳士に寵厚いからだというものが幾分か含まれている。伝説の英雄にして救国の戦士を王家が大事にするのは当然の事だと考える市民が多いから王家の判断を疑わない事に繋がっている。

 だから、反魔闘拳士派は王家番騒動のように魔闘拳士の評判を落とすところから始めるという回りくどい手を使わなければならない。もっとも、そんな事情など勇者一行が知る由も無いだろうが。


 カイは深い深いため息を吐いた。

 見るに勇者は真剣そのものであるし、その仲間達も判断がし辛いと感じているようだ。それは政治的中立を旨とする彼らがこの問題に介入するのは微妙な線だと感じているからだろう。


「酷いですぅ!」

 憤慨の声を上げたのは犬系獣人少女だった。

「ここにいる子達はずっと西の獣人居留地に住んでいる頃からカイさんのお世話になっているんですぅ。だから、カイさんやチャムさんにお稽古付けてもらうのを楽しみにしているんですよぅ? 勇者様でもそれをダメだって言う権利が有るんですかぁ?」

「い、いや、組手するのがダメって言っているんじゃなくて、ここで見せつけるようにやるなって意味で……」

「彼らは王宮に勤めているんですよぅ? 敷地外に任務じゃなく出るとすれば、たまにある非番の()になっちゃいますぅ。普段も鍛錬に明け暮れているのに、休養に充てるべき非番の()に稽古すれば良いっておっしゃるんですねぇ?」

「だ、だが……」

 ケントはフィノの剣幕に圧され始めている。

「騎士団に入っているんなら、そこで訓練を受ければ良いじゃないか?」

「獣人居留地時代から指導していただいているんですぅ! その上、カイさんの勧めで王宮に取り上げていただいて、彼らにとっては大出世なのですよぅ? それなのに、尊敬し信頼する方々からのたまに受けられる指導まで奪ってしまうのですかぁ?」

「……う、うるさいな! そんな事情なんか知るもんか! 困っている人がいるから止めろって言うのが悪いって言うのかよ!?」

「こら! ケント!」


 さすがに言い過ぎであると感じてミュルカが止めに掛かる。しかし、前に出てきていたフィノに詰め寄ろうとしたケントの前にカイが立ちはだかった。


「それはちょっといただけませんね?」

「何だよ!」

 闘気を放ち始めたカイを前にして、ケントも明らかな闘気で対抗してくる。

「そこまで絡んでくるならばお相手させていただきますよ。それで良いんでしょう?」

「ああ、最初からそう言えば良かったのに」

「関わり合いになりたくないって言ったでしょう? 仕方ないので貴殿の言う通り、勝負に応じます。何が望みです? 貴殿が勝利を得た時には、僕が王宮練兵場に出入り禁止とすれば良いんですか?」

「それで良いぜ」

 カイは場所に拘る必要は無いと思っている。騎士団長に要請すれば、勤務中でも出稽古という形で時間を取る事は可能だろう。しかし、この理屈が通らない状況が我慢ならない。


 こうして、ケントとカイの組手勝負が決まったのだった。

挑戦の話です。勇者ケントがカイに勝負を挑む展開でした。ここまであまりはっきりとは描いて来なかったのですが、彼の若さ青さが明確に表に出てきます。思い込んだら一直線。完全に主人公気質の彼ですが、拙作ではそれが裏目に出る形で展開していきます。

徐々に忙しくなってきまして、今後は週末二話更新を当面休止致します。またストックが溜まって来ましたら、日曜だけでも二話更新など考えておりますので、お楽しみにしてくださっている方にはご了承いただきたいと思います。

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