新街道計画
「どういう経緯かは問いませんが、面倒な人に渡してくださいましたね?」
公務が終わって束の間のくつろぎの時を迎えていた国王アルバートと、懸案事項の詰めを軽く打ち合わせようと訪れていた政務大臣グラウドを糾弾するような台詞が掛かる。
そんな暴挙が許される人物は、このホルツレイン王国には数えるほどしか居ない。その一人であるカイ・ルドウの仕業である。
「何の事か? 知っておるか、グラウド?」
「存じ上げませんな。何かカイを怒らせるような事をされたのですか、陛下?」
(いけしゃあしゃあとはこの事だ)とカイは思う。
それが起こったのは今陽の昼の事だった。
◇ ◇ ◇
カイの遠話器が呼び出し音を奏でる。心当たりはない彼は首を捻りつつ受ける。
「はい、カイです。どなたですか?」
通信機器に慣れていないこの異世界の人々は、こういう場合に名乗る習慣が無い。
【わたくしですクエンタです魔闘拳士さま、繋がりました!】
「…………」
彼は切りたくなった。カイの事となると少々行き過ぎた行動が目立つ彼女を、重たいとは言わないが、あまり良い影響を与えているとは思えなかったからだ。
自宅の居間での事だった為、チャムとフィノが怪訝な顔をしている。先刻までずっと話し続けていたのに今は沈黙を保っているのが、彼女達の疑問を表している。
「どうして貴女が遠話器を?」
【アルバート陛下が託してくださったのです。これからは色々と打合せが必要だとおっしゃって】
疑問符を頭上に浮かべている二人に「クエンタさんです」と小声で伝えると会話を続ける。
「……それは僕のタブコードを知っている理由にはならないと思いますが?」
【それは私のお願いを聞いて下さったからですわ】
(何となく読めてきた)
タブコードは単なる魔法文字。刻印士さえ居れば作るのは難しくない。
「それで、何か御用でしょうか? 口頭で済む相談ならのりますけど」
【いえ、お声を聞きたかっただけです。お久しぶりにお声を聞けて、今わたくしは心がうきうきしておりますわ。明陽の公務への活力になります】
「クエンタさん、遠話器はそういう使い方をする為のものではないのですよ? 政治上、或いは国際上の問題解決の高速化の為に、その用途を限定して提供している技術なのです。どうかご理解くださいね?」
【それでしたらこれは該当しておりますわ。だってわたくしはホルツレインとの友好を深化させるべきだと心から感じておりますもの】
政治的にはまだまだと言える彼女だが、人間観察に長けており人間関係の機微に関しては一枚上手であろう。こう言われてしまえば、カイに抵抗の余地がないと悟っているのだ。
「なるほど、よく解りました。責めるべきは貴女ではないという事が」
【ご理解いただけて幸いですわ】
「何か有ればいつでもどうぞ。ただの話し相手であれば時間が許す時だけに限らせてもらいますけどね」
【もちろん無理は申しませんわ。わたくしも魔闘拳士様に嫌われるのは本意ではありませんもの。今陽は浮かれてしまっているだけですわ】
「そう願いますね」
彼女との通話はそれで終わった。
◇ ◇ ◇
「で、クエンタさんに何をもらったんですか?」
素知らぬ顔の二人に、珍しく直截的に切り込む。
「メルクトゥーの女王陛下は実に聡明な方だぞ? 使者と共に立派な贈り物までいただいた」
「ええ、少々驚きましたが、あれは見事な物でしたなぁ?」
具体的に言えば、金塊が送られてきた。しかも相当純度の高い物だった。
それは単なるへりくだりや成金趣味ではない。外交上の衝撃を狙った策である。それは見本品だ。我が国にはこれだけの力が有る。貴国は我が国と対等に手を結ぶべきなのではないか? そう問い掛けてきている。傲慢だが有効。小国が大国相手に渡り合うなら、このくらいのはったりは必要だろう。
それほどの手管となれば宰相シャリアの策であろうとカイは思った。
「それで遠話器を?」
「それだけではないぞ」
使者からは、メルクトゥーの現状として希少金属の産出及び貴石の産出が右肩上がりで続いていると伝えられる。その主たる交易相手を発展著しいホルツレイン王国にお願いしたいとの申し出だ。
それらの資源は無論王国内でも早急に必要とされるが、ホルツレインだけでなく西方各国でも需要が増えているのは間違いない。それならば、ホルツレインが受け皿となって橋渡しを考えるのは当然だ。そこには利益も発生する。
「クエンタ女王からの親書にはそなたへの感謝の気持ちと、調査要請を出した我が国への感謝が滔々と綴られておったのだ。これから友好を深めていきたいと思える相手には、それなりの配慮も必要であろう?」
「その理由で、僕個人の情報を与えていいとは思えませんが、陛下が外交上の取引に僕の存在を利用するおつもりなのは理解しました」
「そ、そういう訳では無いぞ……」
カイの皮肉にアルバートは動揺を隠せない。
「我が君を虐めるのはそのくらいにしておけ。丁度良い。お前にも話しておかねばならん事がある」
これ以上こじれる事は無い軽口の類だが、グラウドは軌道修正に掛かった。
「少し大規模に魔獣除け魔法陣を用いたい。それもお前が禁じている地域に於いて、だ」
「それはお話し次第ですけど?」
グラウドは大胆な大規模工事計画について話し始める。
それは『魔境山脈横断街道計画』。ホルムトから魔境山脈を横断し、メルクトゥー王都ザウバまでの大街道を整備する計画だ。
「それはまた大風呂敷を広げましたね?」
「必要だからだ」
活発化するであろうメルクトゥーとの交易を、海路に頼っていられないと考えたのだ。海難の損失を見込まねばならない上、高価な物品の輸送が増えれば海賊の横行も予想され、その対策に掛かるであろう予算も容易に算出できる。
それらの危険性を極力排除する策として、大規模街道計画が立案されたのだと言う。
「発想の転換ですね? 普通は魔境山脈に街道を引こうなんて考えない。だが、それを可能にする技術が有る」
「そうだ。それにはお前の賛同も必要だ」
カイは少し考え込む。魔獣暴走の危険は有るには有るが、それに対策案も有る。
「大部分をトンネル化するのであれば可能かと思われます」
「うむ、それは余も考えておった」
地系魔法による掘削技術は採掘現場で発展し確立されている。街道をトンネル化するのは、この世界に於いては困難な事業ではない。
そして、トンネル化すれば魔獣の生息域を大きく侵さないで済む。空気循環の為に各所に開放部分を設ける必要性は出てくるが、最小限に抑える事は可能なのだ。
「それに国防上の海路保安に関して、メルクトゥーとの連携を模索している」
魔境山脈に隔てられながらも、西方地域のみで発展してきた経緯から航海技術に劣る面は否めない。今後のロードナック帝国対策として、海洋戦力は国防上必須になってくるだろう。歴史あるメルクトゥーの技術を吸収したいというのが本音だと思われる。彼の国との友好、ひいては同盟は急務になってくるとグラウドは考えている。
「否定材料のほうがあまりに少ないですね?」
「無いとは言わんがな」
街道が開けば、それだけ帝国の間者は容易に入ってくるようになるだろう。ならばそれを逆利用するくらいはグラウドはやって見せると思われる。
「無論、東方との交易にも大きく寄与する計画であると自負しておるぞ」
モノリコートやナーフス、植物繊維紙製造器など輸出向きの産品も多い。それは相手に攻める愚を感じさせる効果も孕んでいるのだ。
「反転リングも飛ぶように売れるぞ。ルドウ基金もこの計画には融資してくれるであろうな?」
「仕方ありませんね」
既に飛ぶように売れているというツッコミはさておき、総合的に利点のほうが多い計画では賛同せざるを得ない。
この大胆な決断に、苦笑いを返すしかないカイであった。
魔境山脈横断街道計画の話です。クエンタさん再登場回であり、今後を匂わせる回でもありました。これで一応挿話はお終いで、次話から勇者来訪エピソードに入りたいと思います。比較的王道展開を予定しておりますが、色々と情報も挟んでいこうと画策しています。




