オリハルコン活用
ここに来て旅程は遅々として進まない。変なスイッチが入ってしまった黒髪の青年は有望な鉱脈を見つける度にそわそわとした風を見せ、仲間をチラチラと窺う。
そんな事をされれば許可を出さない訳にもいかない。結果、道程のオリハルコンを掘り尽くさない勢いだ。その内、飽きるだろうと目星を付けていたのだが、彼はなかなか諦めてくれなかった。
結構な資産になるくらいのオリハルコンをストックしたが、絶対に手放しはしないだろう。
作業台が取り出されて剣作りが始まる。
カイが昨夜、トゥリオの剣を作ると言い出した時、本人は意外そうな顔をした。特に不便は感じていなかったトゥリオは、どこからそんな思考に至ったのかが理解出来なかったが、ずいぶん上達してきたから重さで振る必要は無いだろうと告げられてそういうものかと思った。
「きちんと振れるなら、今度は自在に振れるようになるのを目指すものよ」
技量では勝負にならないチャムに言われれば納得しない訳にはいかない。
「俺、結構、思ったように振ってるつもりなんだが?」
「寸分違わず狙った所を、とは言えないでしょ?」
「まあな」
狙いが曖昧でもパワーで押し切れるなら、それは個性だと思っている。
「上を目指さないならフィノにも置いて行かれるわよ?」
「そいつは困る」
安い挑発に乗ってしまう。役割の違いを考慮すれば違った考え方も出来る筈だが、彼には単独でも戦力になってもらわねばならない。守りだけに特化し過ぎれば、場合によってはそこが穴になってしまう。
「お任せで良いんだよね?」
問われてもピンと来ないというのが正直なところなので頷いておく。
「頼むわ」
「採掘に興味無いトゥリオには余計なお世話かもしれないけど」
「あ! いや、それは、悪かった……」
カイはニヤニヤしながら大胆にオリハルコン塊を成形していく。さすがに顔が引き攣り、背筋を汗が伝う。
「ひと財産よねぇ」
「お屋敷が建っちゃいますぅ」
「茶々を入れねえでくれ。腰が引けるだろうが!」
今回は剣竜の剣状尾部素材と比較するとずいぶんと軽い。なのでトゥリオの好みを汲んで剣身は広く取られる。
両手持ちも可能な長めの柄から大きめの鍔が伸び、鍔元の幅が20メックに及ぶ剣身に続く。緩やかに幅は狭くなっていき、65メックの所から10メックで急に狭くなって切っ先を形作っている。不器用な彼が戸惑わないよう、剣身は前の物と同じ75メックだ。
続いて、一体型のオリハルコン剣に黒鎧豹の鎧片で刃付けがされていく。白銀の剣身に黒い刃が輝く特異な形状の大剣だ。剣身の中央に、長辺25メックの楕円形の窪みが二ヶ所あるのも珍しく見える。これは凌ぎの役割もする剣身強化用の窪みだ。
鍔元には刻印が施されていく。
「何だ、これ?」
「今回は魔法剣も使用出来るようにしておくよ。起動は難しくない筈だけど、しっかり練習はしておいてね」
記述で小さめの円形が五つ描かれると起動線がその中心で合流し、柄に伸びて行っている。意識操作方式らしい。
「そっちの練習は後々で良いから、とりあえずは振れるように訓練」
「おう! お? 軽いぜ!?」
固定化を施された大剣を手にするなり喜び勇んで振り始める。トゥリオも新しい物好きな男の子である。
古くなった剣は刃を外して塊に戻し、新しい剣の形に変形させる。重量を削って、その分をミスリル銀の剣身にして調整し、刃を潰したままにして訓練剣に加工した。
お茶で唇を湿しつつ、革製の鞘まで作り上げたらひと段落。嬉々として風切り音を立てているトゥリオを眺めながら一服する。
「子供よねぇ」
「トゥリオさんらしいですよ」
「他人事かな? 君も不満が有る筈だよ?」
「……分かる?」
露わにしたつもりも、羨ましげな様子を見せたつもりも無い。今腰に有る剣は三輪近くも付き合った大切な相棒だ。手放したくないという気持ちは決して少なくない。しかし、カイの言う通り、不満が無いと言えば嘘になる。
「今の剣は振り抜きを良くした剣だからね。切っ先まで神経を行き届かせるのは難しいかな?」
「作った本人にはお見通しよね」
先重心の剣は、手首の操作や指先の加減で理想通りの剣閃を刻む事が出来る。斬る力も明らかに強く、スナップを使うだけで剣圧も上げられる。
ただ、抜けの良さが唯一の欠点にもなっている。僅かに切っ先が流れてしまうのだ。
普通に振るには利点になる先重心。『絶対なる領域』を使う上でその僅かな流れが無駄な軌跡を生み出してしまう。それが絶対圏を小さくする。チャムの中のその引っ掛かりをカイは言い当ててしまった。
「チャムさんも甘えちゃえばいいんですよぅ」
にまにましながらフィノが肩を揺する。チャムは頬を膨らませて彼女を睨みつつ、少し頬を赤らめてカイに上目遣いを送った。
「甘えて良いの?」
「幾らでも」
決まっている答えに甘えるのは気が引けるが、自分の性格的にその小さな引っ掛かりが後々大きくなって苛立つのは分かっている。ここは諦めが肝心だろう。
再び作業台にオリハルコン塊が置かれる。チャムの武器は魔力伝導性の高いミスリル銀が基本となっていたが、今回は違うようだ。オリハルコンとて魔力伝導性は低くない。硬度や粘りなど武器に適した特性を加味して、思い切った判断を下したのだろうか?
時折り、力を込める時に両手持ちをする彼女に合わせて柄は長めに取られる。鍔の成形をしている途中でカイは手を止めた。
「魔法剣はどうする? 自分で使う? 刻印しようか?」
「刻印してもらおうかしら?」
話し合って五大属性は刻印を施した。聖属性の記述だけチャムに任せるのも可能だが、見送る判断を下す。現状、聖属性魔法剣を必要とする事態はもう起こらないであろうと彼女は考えているようだ。
「細剣みたいですぅ」
柄から鍔と剣身までオリハルコンが伸ばされるが、全体に細い。
「幾ら何でもそれは細すぎるわ。強度が不安」
「まだこれは芯だから。これから肉付けするよ」
ミスリル銀素材が取り出される。オリハルコンを芯にして強度を高めた上で、ミスリルの剣身が形作られる構造にしたらしい。
縦の円形に逆棘が付いたような鍔がミスリルで作られ、オリハルコン芯にミスリルが被せられて剣身を成していく。鍔に小さく円形に五つの刻印が為されて、トゥリオの剣と同じく塗料が塗られて記述は隠される。やはり黒鎧豹の鎧片で刃付けが成されて固定化された。
新しい剣身は鍔元で6メックの幅を持ち、切っ先に向かってごく僅かずつ狭くなっていくと、滑らかにスッと切っ先を形作った。剣身の長さは5メック伸ばして65メック。鋭利でありながら、柔らかな印象を与えるシルエットをしている。漆黒の刃に縁取られた剣身は印象深いだろう。
「これでどうかな?」
刃付けの歪みが無いか、もう一度剣身を透かして見てからチャムに手渡す。
「今回は長めにしたのね?」
剣士にとって5メックの長さの差は大きい。振った時の印象は雲泥の差があると言っていい。
「やっぱり『絶対なる領域』の事を考えての間合い?」
「大きければ大きいほど良いでしょ」
「そうね。ありがとう」
続いて鞘も新調してもらい、チャムは腰の剣を外した。新しい剣を吊って抜きを試す。
「良い出来だわ」
剣身を眺めながら言う。
「こっちも予備に持っておいてもいい?」
愛着の有る古い剣も『倉庫』に持っておこうとするチャム。だが、カイはそれを制止して手を差し出す。
「それはそれで使うから、渡してくれる?」
新型剣の話です。マルチガントレットを新調したし、剣士二人の剣も新調します。しっかり在庫を作ったオリハルコンを使って、更に魔法剣化も図りました。引きで終わっているので、次話はそれの活用に触れます。




