マルチガントレット(2)
新型マルチガントレットは完成した。昼食を終えてから、調整とテストに入る。
新型は旧型に比べてひと回りほっそりとしたシルエットをしている。今回は腕の太さの三倍は無いくらいに見える。
実際に筺体装甲は以前の物の半分程度でしかない。ミスリル銀筐体を想定した旧型は、防御力の為に装甲厚を大きく取っていた。新型はオリハルコン被覆を前提にしているので、薄く軽くなっていながら強度は上がっている。
肘の部分にはエルボーガード。可動式のエルボーガードは、筺体表面で刀剣類を滑らせた時、流れた刃が二の腕を傷付けない為のもの。旧式のようにせり出しているだけでは二の腕や肩に切っ先が流れかねず、気を遣っていたので新型には取り付けられている。
肘近くには光盾発生器。新型は紡錘型の発光面をしており、発生させる光盾もチャムの盾と同じく紡錘形のものになる。
そこから前方に行き、手首の上辺りには鋭角突起付きCが三連になっている「彼らの紋章」が、銀色の地にくぼみで描かれている。
新型で最も大きく変わったのが、拳の上の突起部であろう。旧型では風撃と光剣のスリットだけであったが、新型のその中央には丸い光条発射口があり、φのように上下にスリットが伸びている。その左右には、欠け盆形の風撃射出口が配置され、スリットも左右に分割されている。
そして、これまで見られなかったのが、腕を突き出した時の内側側面に五色の線が斜めに描かれているところだろう。手の側から、黄色、青、赤、緑、紫の線が銀色の地に映えている。皆の興味を引いたのは主にそこだ。
「何なに、それ何?」
まだ作業台上にあるマルチガントレットを指しつつ、チャムでさえ目を輝かせている。
「これ? やって見せたほうが早いよね」
「そういや、装着してないマルチガントレットを見るのも初めてみてえな気がするぜ」
基本的に装備状態で『倉庫』から出し入れしているだけに、物珍しそうに眺めている。
カイは、肘側の穴から右手を差し入れ、手袋まで装着すると握ったり開いたりして馴染ませる。左手も同様にして装備したら、右腕を前に差し出して光剣を射出する。
そこに現れたのは、ほのかに黄色い光の剣。スリットが左右に分割され、それぞれの射出口から中央に向けて斜めに伸び、先端部分だけは屈曲して切っ先を形成している。しかし、その切っ先も合流せず、左右に分割したままだ。先端から透かして見れば分かるのだが、分割されていないと配置的に光条が発射出来なくなる所為であった。
「変わった形の光剣ですぅ」
「便宜上、こうなっちゃってね。どうせ剣使いとしては大した事無いから、剣身の形状には拘らないし」
むしろ光条発射口がその位置に有ったほうが、狙いは付け易いと言う。
「それで? それで?」
「これはこうするんだよ」
左手の人差し指で黄色い線をなぞると、そこに一瞬魔法刻印が浮かび上がり、剣の黄色味が増す。
「ふわぁっ!」
「それは?」
魔法士なら感じられるだろう。それは地属性を宿した剣に変わっている。
「謂うならば地属性剣ってとこ?」
「なるほどねー」
「それでしたかぁー」
「そいつぁ、魔法剣って事か?」
「そう」
五大属性が苦手な彼が、手軽に属性攻撃を行う為の仕掛けなのだった。
魔獣の中には、属性攻撃のほうが効きの良い相手は多い。属性攻撃しか効かない種類は居ないものの、効率面では合わせていったほうがやはり楽なのだ。
そのまま青い線をなぞると水属性剣、赤い線をなぞると炎属性剣、緑の線をなぞると風属性剣、紫の線をなぞると雷属性剣となる。今後は属性攻撃も可能となる。あくまで近接戦闘に限るが。
フィノに軽い魔法を使ってもらって紡錘形の光盾の作動を確認したら、風撃も試用してみる。射出口を両脇にしたからであろうか、森の樹々を揺らす範囲は広く、少し広角になった感じはする。
運んできた倒木を河原に置いて的にする。低く籠った音がしたのは内蔵型にした結果だろう。光条は倒木を容易に貫き、大きめの焦げ跡の穴を残した。明らかに口径と出力は増している。魔人軍団戦で使った射出装置の光条発振器とほぼ同等かもしれない。技術の向上で、マルチガントレットに内蔵出来るくらいに小型化に成功したのだろう。
「全体的にパワーアップしたのね?」
「強度も上がってますしぃー」
「見た目もちょっと凶暴になったじゃねえか」
それぞれに感想を貰った。
(だんだん某仮面変身ヒーローっぽくなってきているかな?)
己が腕を眺めつつ、そんな風に思う。
彼の世代の変身ヒーローは様々なギミックを使い始めている辺りが、ちょっと似ていると思った。
倒木を的に照準調整を重ねた後は、爪を振るって輪切りにし、薪に加工した。
◇ ◇ ◇
カイはフィノを抱え上げて全速力で走っている。二人の顔は青ざめて、尋常ではない様子だ。
焔光がある内にと、拓けた一画で夕食の支度をしているチャムとトゥリオが見えてきた。
「トゥリオ!」
切羽詰まった大声に彼はすぐに反応して、放られたフィノの身体を抱き止めるとそのまま伏せる。カイも速度を落とさず駆け込むと、チャムを押し倒して覆い被さる。するとすぐに彼らの上を衝撃波が通り過ぎていき、一瞬遅れて大音響が襲い掛かってきた。さらに遅れて爆風が駆け抜けていく。
全てが収まって様子を窺いつつ身を起こすと、竈は破壊されて調理器具は散乱し、周囲の樹々からかなりの緑色の葉が吹き散らされて落ちている。
「何事なの?」
「いえ、その…」
覆い被さったまま口篭もって顔を背けるカイを、両手で無理矢理こっちを向かせるチャム。
「あなた、実験って言ってなかったかしら?」
「その通りで」
「で、これは何?」
「それが、実は……」
時は少々遡る。
夕刻になって足を止めた彼らは、木立の中で拓けた場所を見つけ、夜営の準備を始める。そこでカイが実験がしたいから外すと言い出し、フィノはそれが見たいので付いて行くと告げる。チャムは了承してトゥリオに竈作りを命じた。
夜営地から少し離れて、山の斜面に向けて実験を始める事にする。実験するのはマルチガントレットに組み込んだ新型武装の光子魚雷である。
この光子魚雷はSFで見られる対消滅兵器ではない。小型の魔法形態形成場に凝集光を限界まで詰め込み、半ばガンマ線にまで強めた光エネルギーをぶつける事で物質との摩擦熱を生み出し、爆散させる魔法弾体を生み出す機構だった。光条発射口がφの字になっていたのは、この機構を組み込んだからである。
実験なので出力は20%ほどに絞って発射した。光そのものではなく魔法形態形成場弾体なので目で追える速度で飛んでいく。しかし、二人はそれを見て目を丸くした。内包されるエネルギー量が想定をはるかに超えている。
(マズい)
二人は同時にそれに気付くと一目散に駆け出したのだった。
時は戻り、四人は光子魚雷を撃ち込まれた山腹を見に行く。
「これは何?」
ものの見事に広大な面積が抉り取られている。
「思ったよりちょっとだけ破壊力が高かったかな?」
光子魚雷は、山腹に衝突時の圧力で内部の光子が物質転換されている。しかし、その時には既に地面に食い込んでおり、二重存在が生まれてしまう。同地点に存在した物質同士は巨大な反発力を生み出し、周囲を爆散させた。
カイの想定以上の現象が引き起こされて遥かに大きな大爆発が起きてしまったらしい。
「嘘おっしゃい! こんな自然破壊をしてどうする気!?」
「ごめんなさい」
さすがに復元でどうにもならない程の破壊を示されれば謝るしかない。
その夜、正座したカイは延々とお小言をちょうだいするのだった。
各種ギミックの話です。強化とか、新装備とか、大失敗とか色々な内容でした。ともあれ、これで再びカイの腕にマルチガントレットが戻ってきました。これから活躍してくれる事でしょう。次話は小さなエピソードを少し詰め込めるかな?




