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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
タイクラムの森

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それぞれの戦い(2)

 聖属性魔法剣を発動させた時にはもう、カイは少し先に進んでいた。数体ながら零れ落ちた魔人がリドの風に捕らえられたり、トゥリオの大盾に取り付いたりしている。チャムの周りにも数体が存在するが、その剣が漂わせ始めた魔人を滅する属性の気配に、手をこまねいていたようだ。核石も幾つか転がっているところを見れば、彼女が集中していた間も仕掛けようとした何体かはカイに撃ち抜かれていたのだろう。


 大きく深呼吸し、無駄な力を身体中から抜く。ここからは一人で戦わねば、他の仲間の足を引っ張ってしまうだけだ。相手の魔人が高位であろうと下位であろうと運動能力に大きな差異は無い。これまで対峙した数体には、速度で明らかに劣っていた。いつも通りの足で攪乱する戦い方は出来ない。そんな事をすれば、無駄に隙を作るだけですぐに終わってしまうだろう事は容易に想像出来た。今からやるのは受けの戦い、目と読みの勝負。何も心配は要らない。ここ数輪(数年)は自分に勝るとも劣らない速度の持ち主と鍛錬を続けてきたではないか?追い掛ける目も、そこから導き出す読みも以前の比では無い筈。魔人の速度にも着いていける。そう自分を信じるしか無かった。


「来なさい」

 剣を揺らして誘う。腕を棘と化した一体が突き込んでくるが、躱す必要はない。一歩前に出て、地を滑らせた切っ先を跳ね上げて棘を斬り飛ばすと、剣に円弧を描かせると同時に上体を魔人の前で横滑りさせれば着いてきた剣は胴を薙ぐ。途中でコツリと言う感触を覚えたという事は、核石までも切り裂いたという事か?

「ひとつ!」

 腕を剣に変えた個体が横様に薙いでくる。上体を低く落として頭上を通過する黒い刃を眺める。この時も足は動かさない。視線がブレるから。追い掛けるように走らせた剣閃はあと一歩のところで躱され、退いた魔人は剣閃の通過した空間に飛び込んでくる。だが、それは読み通りの行動だ。振り抜かなかった剣を手首で向きを変えると、飛び込んでくる個体の胴に突き込む。カウンターで刺さった剣をグイと捻ると、一気に大穴が開いて更に広がっていく。

「ふたつ!」

 次の瞬間には既に左手から棘が間近に迫っている。盾で跳ね上げて、相手のほうに上体を流し、逆の腕の棘を突き入れようとしているその先に向けて突きを放つ。剣の切っ先とぶつかり合うと、棘は先から黒い粒子に還っていき、更に押し込んだ切っ先はその先の胸に吸い込まれた。手首を返して捻ると、頭部まで斬り上げる。

「みっつ!」

 別の一体が迫ってきているのをしっかりと視界に収めていたので向き直る。その個体は肩を前にして加速しており、技量で敵わないチャムをパワーで圧し潰そうとしているようだ。馬鹿正直に正面から迫ってくる相手に、胸装(ブレストアーマー)の紋章に触れて光盾(レストア)を発現させる。浮き出た丸い光盾(レストア)に飛び込んだ魔人は、瞬時に上半身を散らして消えた。

「よっつ!」

 飛び散った黒い霞の向こうから新たな魔人が跳び上がってきた。刃と化した両腕を掲げて真っ直ぐと斬り下ろしてくる。対してチャムも大上段に剣を差し上げて、左手も添える。頬を膨らませて一気に息を吐くと、真っ正面から斬り落とす。魔法剣は、魔人の刃を霧散させ、頭頂から股間まで綺麗に分断した。左右に分かれた半身は急速に解け散っていき、真っ二つになった核石がカツンと黒曜の床に跳ねた。

「いつつ!」


 チャムは後に戦果を誇るために数をかぞえている訳ではない。それは一種の手順だ。一体一体屠りながらかぞえていって、段階を追って集中力をより一層高めていっている。あの領域に手を届かせる為には、極限までの集中力が必要。

(見えている。動けている。感じられている。もう届く筈)

 無謀にもチャムは一度目を閉じた。剣を中段に構えて右半身になって全感覚を研ぎ澄まさせる。

 魔人は闘気を放たないが、魔力塊のように感覚的に感じられる。見ていなくても、どのくらい近付いてきているのかはハッキリと掴めた。そこへ向けてゆらりと剣を薙いだ。確かな感触は無いが、魔力が拡散していくのが解る。

 パッと目を開けて視界全部を捉える。感覚器はフル稼働している状態。そこに視覚情報も重ねて周囲を掴もうと意識の手を広げる。


 一体の魔人が駆け寄ってくる。腕の棘を力強く突き込んできた。その切っ先がパッと弾けて霧散する。パン、パンと腕が順に吹き飛んでいき、胴体も後ろに弾き飛ばされると斜めに黒い粒子が散り始め、そこから解け崩れていった。

 二体が左右に分かれて同時に斬り掛かってくる。しかし、二体共が或る位置で腕の黒い刃を散らせている。躊躇いもせず、そのまま踏み込んでくるが、一体は胴体が上下に両断されて苦鳴を上げ、もう一体も縦割りにされて霧散していった。

 その間、チャムはほとんど動いていないように見える。魔法剣を握る手だけがゆらりゆらりと動いているように見えるが、あからさまに斬り付けている様子は見えない。

 カイがニケアやアサルト相手に使った技巧。それはあの超絶技巧だった。

 チャムは剣を手に、あの『絶対なる領域(アブソリュートエリア)』を実現していた。

 その後も何体もの魔人がチャムに攻撃を仕掛けるが、どの個体も一定の距離から彼女に近付く事は適わなかった。


 チャムは完全に『絶対なる領域(アブソリュートエリア)』を自分のものにしていた。


   ◇      ◇      ◇


 光の刃を含んだ旋風に包まれ、光翼刃フォトンブレードシェイパーに切り刻まれ、『絶対なる領域(アブソリュートエリア)』に触れて、周囲の魔人達はすべて姿を消した。三人と一匹は先頭に立つ光芒の中心の背中を追って走る。


「おや?意外と早かったね?」

 魔人の軍団から目は逸らさないまま、カイが問い掛けてくる。その口調は冗談染みているのだから、馬鹿にしているのではないとすぐに分かった。

「ちゅるらちゅい!」

「当然よ。あなたが撃ち漏らした雑魚くらい、私達に任せておきなさい」

「そうだぜ。何て事はねえ」

「軽いものですぅ」

 皆、多分に強がりが含まれているのだが、そこに虚しさは無い。それぞれが一つの壁を越えて一段階強くなった自覚が有るから。

「さあ、さっさと片付けましょう。あと少しよ」

「行くぜ」

 彼らの前の魔人の軍団は相当数を減じている。八条の光芒が閃き、二桁を数えるほどになった光翼刃フォトンブレードシェイパーが舞い踊り、光刃を含んだ嵐が押し寄せる。それを何とかくぐり抜けたとしても聖属性魔法剣の前に霧散していく。

 情勢は一気に傾いていた。人類の最大級の脅威である筈の魔人が、集団でありながら掃討されている。常識的に考えるなら、有り得ない光景が展開しているのだ。その一歩を踏み出した黒髪の青年は、疲れた風もなく淡々と闇の存在を討ち滅ぼしていっている。

(この人がやると言ったら何とかなってしまうのね。この世界の常識なんて彼の前には無意味なんだわ)

 最後の一体の胴を薙ぎながら、チャムはそんな事を考えていた。


   ◇      ◇      ◇


「さて、あれをくぐるのはさすがに覚悟が要るね。今の内に出来る事をしておこう」

 広間の奥にあるアーチの向こうからは明かりが漏れている。その向こうに何かが居るのは間違いないと思えるが、何が居るかは皆が思い浮かべても出来れば口にはしたくないと言う風情だ。

 彼らはそれぞれに魔石を取り出して魔力の応急補給をして、軽く甘い飲み物などを口にする。


 皆が顔を見合わせ頷くと、一斉にアーチをくぐった。

「良くぞここまで辿り着いたな、人の子どもよ。褒めてやろう」

 大上段からの台詞が降ってきた。

 呟いたのは誰だっただろうか?


「魔王…」

魔人軍団戦終了の話です。魔人軍団という試練を経て彼らは一段階強くなりました。そして、ファンタジーの定番、御大の登場です。次話からは魔王戦です。

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