光の剣
チャムとカイの連携攻撃は続く。魔人も身体の各部の黒い刃から多彩な魔法を放って来るが退いて光盾で受け、隙を突いて接近戦を挑む。光剣の対処に追われているうちに聖属性魔法剣が迫ってくるので完全に手を焼いている様子に見えた。
(このまま押し込める)
カイの攻撃でチャムの一撃へと導かれている。決定的な瞬間はそう遠くないと感じた彼女はそう思う。
しかし、彼の挙動はいつもの綿密さに欠け、詰めの甘さも感じられた。その所為でもう一歩踏み込みが足らず、決め切れていないとも思うのだ。
(どこか調子が悪いのかしら?)
時折り様子を窺うが、むしろ真剣に魔人から目を放さずにいる。本当に余裕が無いなら、カイはそれを覆い隠すように薄笑みを浮かべる。ましてやこれほどチャムを前に出させずにグイグイ前に出ようとする筈だ。安定した回復手段を持つ自分が盾になるのが当然であるかのように。
軽快な足捌きで踏み込むと、飛んできた膝に生えた棘を弾き魔人の首に向けて光剣を突き込む。躱し切れずに肩口で黒い粒子を飛ばした攻撃はすぐに引かれて腰溜めに戻り、次の機会を窺う。バックステップした魔人は、胸に多数の棘を生やすと飛ばして来るが、それは予測していたカイの光盾に阻まれ魔力に還元される。
彼がそのまま光盾を押し当てにいくと、数合前にそれで片腕を吹き飛ばされていた魔人は更に後退するしか無かった。この戦法はどうにも間合いが短く、完全に誘い込まない限りは決め手にはならないようだ。
フィノが、光盾の構成を剣に組み込めば、魔力で身体を構成している魔人には決定的な武器になるのではないかと指摘した事が有る。しかし、カイはそれは実用性に欠けると断じた。
光盾は極めて複雑な魔法陣によって構築されており、それの形状を変化させるだけでも実験を繰り返さねばならない上に、安定して固定位置に発現させるにはマルチガントレットの肘近くに有るような専用の創出核が必要になってくるからだと答えた。
胸装に仕込んだような、短時間だけ発現させる光盾ならいざ知らず、長時間安定して発現させるにはそれなりの構造が必須になるようだった。
「その内、考えても良いんだけど、用途が極めてニッチな武器になっちゃうよね」
笑いながらカイは言ったものだ。
確かに光盾には物理干渉力は皆無なのだから、剣の形に見えるのに魔法と魔人しか斬れない剣にしかならない。獣人少女も納得せざるを得なかった。
薄暗い木立の中で、光剣と光盾の光だけが舞っているように見える。暗黒色の魔人の身体ももちろんだが、決定打になるチャムの聖属性魔法剣も光を発しない。カイだけが前面で派手に動き、その裏で魔人と魔法剣が拮抗するような戦いになってきた。
低く駆け込むチャムに、魔人は踏み込んで間合いを潰そうとする。そこへ横ざまにカイの光剣が伸びて出足を挫いて回避に専念させるように持っていっていた。
チャムは踏み込んでいた足を軸にしてその場で回転し、魔人の回避する先に剣閃を走らせた。それを地を蹴って躱し、身体を浮かせた魔人に光条が走り、黒い粒子が散る。
苦鳴を上げて転がりながら回避する魔人に追い打ちを掛けようとチャムは足を動かすが、油断はしていなかったようで黒い針が飛んできてたたらを踏む羽目になった。
横っ飛びに躱し態勢を立て直すとその頃には魔人も立ち直っている。狙い撃ちする光条を嘲笑うように木立を縫って移動し、間にチャムを入れる位置を取ると攻撃は止む。自分が足を引っ張ったと知ったチャムは歯噛みするが、その瞬間にはカイがもう身近に迫っていて後悔する時間など取れない。
彼が手を下に組んでいたので、それを足場に魔人の頭上に跳ぶ。カイはチャムを跳ね上げた後、さらに加速して魔人に肉薄していく。二人であるからこその三次元戦法だ。光と闇の刃が噛み合っている間に幹を蹴ったチャムが急降下し、カイの肩口を掠め去った魔法剣が魔人の頭部を断ち割る。
「ごああぁぁ!」
頭部が半分になっているのに魔人は悲鳴を上げる。そこに発声器官が有る訳ではなく、直接空気を振るわせて音を生み出しているのがよく解った。
その悲鳴も止んで、頭部が再生を始めるとチャムは鼻面に皺を寄せて舌打ちする。
「そんな顔しちゃ美人が台無しだよ。笑顔、笑顔」
魔人の様子を窺いつつカイが言って寄越す。そのゆとりが彼女を安心させて、一つ深呼吸をすると肩から無駄な力を抜いた。そして微笑を浮かべたら、その感じとばかりに彼はにっこりと笑う。
「あなたと居ると緊張するのが馬鹿らしくなっちゃうわ」
「僕がいつも笑っていられるようにするから、そうしていて欲しいんだ」
(戦闘中に口説くってどうなの?)
チャムもいささか呆れる。だが、この彼の変化は何かを見出したのだろうとも思える。
「無駄口など利けないようにしてくれよう!」
間に挟まれてなおざりにされた魔人は肩辺りまでを変形させて、黒い刃を今までの倍以上の長さに伸ばした。その場で回転して木立を薙ぎ払う。激しい音を立てて倒れる樹々を避けて位置取りした二人は、必要以上に距離を取らず機を狙う。動きが速いだけにその斬撃は脅威だったが、こんな大振りな攻撃は逆に躱し易い。回転する刃に魔法剣を当てて斬り飛ばしながら、徐々に詰めていくチャム。
「くっ、厄介な!」
魔人は腕を元に戻すと、再び前腕だけ刃に変える。その時には背後にカイが光剣を構えて迫っていた。
「その剣では我が身体に大きな傷を付ける事など出来ん」
「そう思いますか? どれくらい追い込めば手の内を晒してくれるのかとずっと観察していたのですけれど、無挙動で魔法を放てるのと身体を変形させる以外の攻撃法を持ってないみたいですね?」
「ならばどうした!」
「こうします」
通常の光剣は薄黄色い光を放ち、その向こうが半ば透けて見えている。しかし、突如その光量が増して白くまばゆい光を放ち始めた。
「!」
何かを察した魔人が黒い刃で受けに回るが、斬り下ろされた光剣はその刃を蒸発させるように吹き飛ばすと、延長線上の身体まで一気に斬り下ろした。
「おあああああぁ…!」
分断された魔人の身体は今度は再生などせず、切り口から黒い粒子が拡散を始めた。
「有りえん! ただの人間などにぃー!」
魔人は否定するが、粒子の流出は止まらない。末端に向かって拡散消滅してしまうと、核石だけが落ちて軽い音を立てた。
チャムはキョトンとした顔でカイを見つめている。彼はそれに対して肩を竦めて応えた。
「あなた、魔人を?」
「倒せるね。やっぱり一定以上の出力の光属性の攻撃を当てれば滅することは出来るみたいだ」
高出力光剣を掲げて見せる。まばゆいばかりの光量はゆっくりと緩まると、拡散して消える。
ガックリと項垂れた彼女は苦笑いするしかない。カイは薄々気付きながらも、魔人の最大限の力を見極める為に手控えしていたらしい。
(本当にこの人は、どれだけ規格外なのよ)
トゥリオに肩をどやされ、フィノに詰め寄られて揺すられるカイを見ながら呆れるしか無かった。
光剣の話です。主人公が牽制役にしかならないのではヒロイックサーガらしくないので、まずは活躍出来るよう仕向けるところから始めます。まだまだバトルは続きますよ。




