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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
タイクラムの森

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ラルカミルタンの実験

 冒険者四人はタイクラム家の狩場、魔人の出没する森に分け入る。フェンディットは協力を申し出てくれたが遠慮した。

 森の奥に何が有るのか判然としないし、そこに踏み入る事で何が起こるかも分からない。彼には今まで通り、魔人の流出を防ぐ壁になってもらわねばならない。


 準備は万端と言う訳でもない。本来ならば、チャムの聖属性光述を記述化して各々の武器に付与しておくべきなのだろう。しかし、それは彼女の一族の秘技であろうと予想出来たので、カイも要請を控えた。

 パーティーに一人、魔人に対する絶対的な対抗手段が有るだけでも本来ならば幸運なのだ。それ以上を望むのは難しいと思えたし、何より彼には一つ考えも有った。


「模様のある石が有るから、そこから先は入っちゃいけないんだ」


 ジュダップがそう言っていたので、まずはその石を目指すべきだろう。意図的に騒がしく森の中を進み、野生動物を近付けないようにする彼らは、危険な獣に出会う事無く森の中を進む。

 広い森の中とは言え目印になるような石ならば、全く無策に進んでも出会えるだろう事は想定出来る。実際に探す必要もなく、遠目に明らかに人造物と思える石柱らしき物を発見した。セネル鳥(せねるちょう)達は何も言わずともそれを目指してくれ、程なく辿り着く。そこから左右の樹間を透かし見ると、およそ3ルステン(36m)ごとに同じ石柱が並んでおり、僅かに円弧を描いていると確認出来た。つまり、かなり広大な円を描いてこの石柱が設置されていると想像出来る。


「これは結界?」

 チャムはそう問い掛ける。なぜなら彼女は似通った物を見た事が有ったからだ。それはダッタンの塔の幻惑結界。それを外した時に初めてあの尖塔が現れたのを記憶している。同じ物だと思ったとしてもおかしくない。

「少し違うみたいだね」

 カイはそこに刻まれている魔法文字を読みながら勘違いを指摘した。確かに内容は似ているし、同じ癖のようなものを感じる。もしかしたら、この石柱はあのダッタン遺跡の主の手による物なのかもしれない。

「じゃあ、何なの」

「気になりますぅ」

 こういう時に役に立たないトゥリオは、森の奥の方を透かし見て警戒しているようだった。

「うーんと……。封印結界、かな?」

「封印結界?」

「正確に言うとその一部?」

「はっきりしないのね」

 もったい付けている訳では無さそうなのに、珍しく歯切れの悪いカイなど滅多に見られるものではない。

「何せこれ単体で機能しているものじゃないから読み取り難くてさ。えーっと、一定の力場を反射する壁を作る記述刻印。割と幅を持たせてあるから、力場発生記述のほうを見ないとどういった性質のものか解らないや」

「解らないのに、封印結界だってのは分かる訳?」

「それはきっとこの構造からの推論だと思いますぅ。範囲結界を構成する魔法陣を描こうとしたらとてもとても大きな陣を描いてその中心に対象を置かなければなりませんですぅ。でも、この反射方式を用いれば、内部に封印力場発生魔法陣を近くに置くだけで、反射壁の中央に置いた対象に対して凝縮した強固な結界を施す事が可能なのですぅ」

「要するに、対象に近寄らずに外側から封印を施す事が出来ると?」


 これだけ大掛かりな手続きを踏まずとも封印魔法陣は存在する。だがその性質上、対象に近寄らずに封印を施したい物は多い。そう考えるとこの方式は有効だとフィノは言っているのだ。


「その通りですぅ。もっとも相当量の魔力供給が必要だと思いますけど。反射凝縮する過程でも力場は減衰はしてしまう筈ですからぁ」


 力場の発信源から反射壁まで、そして反射壁から凝集点へ向けての距離が長ければ長いほど力場は散乱減衰はしてしまう。最終的な結界強度から逆算して力場の発生強度を導き出そうとすれば、結構な魔力量が要求されるであろう事は容易に想像出来た。


「こんな石柱一本で良くそこまで解ったわね?」

「これはラルカミルタンの実験の応用なのですぅ」

「ラルカミルタンの実験?」

「その実験って言うのはね……」


 それは昔、ホルツレインで行われた実験だった。

 魔獣から人々が身を守る為に、多大な労力を払って長大な街壁を築くのは手間暇も資金も掛かり過ぎると考える者はいつの時代も現れた。その一人が魔法研究者ラルカミルタンである。


 彼は魔法陣で魔獣に対する防護結界を作り出そうと考えた。しかし、街一つを覆うような魔法陣を描くのは困難を極める。計画段階から組み込みでもしない限り不可能と言って良いだろう。長輪(ながねん)にわたり研究を重ねた彼は、反射方式結界という結論に到達する。半球状の反射力場を設置し、その範囲内に防護力場発生魔法陣を置く事で、街を覆う防護結界を構築しようと考えたのである。


 結果としてこの実験は失敗した。発動させた結界内に家畜の類は入れたのだが、人間は入れなかったのである。結界の効果条件として、人間・動物・魔獣の分別が出来なかったのだ。効果条件に組み入れた構成は、魔力を持つ人と魔力を持つ獣を差が無いものと見なしたのである。魔獣を弾こうとして人間を弾いたのでは全くの欠陥魔法陣だ。


「笑っちゃいけないんだろうけど、それは傑作だわね」

「当時は誰もが切望しての失敗だったから、落胆のほうが強かったみたいだけど、後世となる今ならば笑い話でも良いかもね」

 高い注目を浴びていただけ、その失敗も多くの魔法研究者の話題の的となって、皆にこぞって検証されたようだ。様々な効果条件構成が提言されて検証されたが、これぞと云うものはついぞ生み出されなかったと言う。

「或る意味それの完成型がダッタン遺跡の魔獣寄せ魔法陣だね。あれは見事に人間と魔獣を分別している」

「そうだったわね。と言う事は、あの人はそのラルカミルタンの実験を知っていたのね」

「この石柱の構造から見ても、そうとしか思えないかな。もっとも、ラルカミルタンの実験の記録を著した書物やその検証を纏めた書物は、西方では世に多数出ているからね」


 カイは侯爵邸で暮らしていた頃、書斎でその内の何冊かを発掘して、興味深く読ませてもらったものだった。

 何せ、その内容は要するに生物の定義に関して、各人が自分の見解を記述化して公に発表しているようなものである。実験の検証と言うよりは哲学論議に近い内容がほとんどなのだ。

 最初は実験の考証だった論文が、実験の検証の考証になり、更にそれを検証するといういたちごっこの様相を呈してきていたりする。


 これほど人間に関して深く考察する人々が、どうして形態に少々の差異が有るだけの獣人を異生物であるかのように排斥しようとしたり、魔獣を一様に危険なものと定義したりするのだろうと考えると、それらの書物が喜劇台本ではないかと思えるほどに笑えたのである。


「まあ、結界に使われる部品が目の前に有って、この辺りに魔人が出現するとか、勇者の仲間の末裔が守り続けているって、これだけ符号が揃えば何かを封印しているって考えたほうが自然なんじゃないかなって思うよ」

 実も蓋も無い言い方ではあるが、それ以外に考えられないのも事実である。

「魔獣除けの実験とは考えられない?」

 チャムはこのあたりに魔獣が全く居ないのを示唆して問い掛ける。

「おそらく魔力供給が途絶えているのに、機能だけが保全されているっていうのは難しくない?」

「そうよね」


 符号に見合う存在と、その封印が解けているであろう事実が彼女を否定させたがっているのだろうとカイは思った。

過去の実験の話です。ぶっちゃけて言えば、これくらいしないと話の辻褄が合わなくなるので作った設定だったと記憶しています。何にも無い森の中で子供が歩き回れば、行き当ってはいけない物に行き当ったりしちゃうものですから。そう云うのが普通、物語の起点になったりするんですけど。


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