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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
タイクラムの森

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継がれる魂

 カイの指がジュダップの肩を突く。彼が指差す方向を見ると、遠く突撃鹿の姿が見えた。恐ろしく大型の雄で、頭頂までの高さは200メック(2.4m)は有るように見える。その額から伸びる長大な一本角は白く鋭利で威圧感を放ち、既にその目はこちらを捉えているようで、じっと睨み付けてきている。


「……爺ちゃん」

「あれは無理だろう。下がっていなさい」


 一つ鼻息を吐くとフェンディットはそう指示する。

 彼が矢筒から一本の矢を抜いて見せると、それを敵対行動と見做したのか突撃鹿は頭を下げ、その角の先をフェンディットに向ける。後脚の蹄が強く大地を蹴るとまるで撃ち出されたように加速する。


 恐ろしいほどの瞬発力であった。十分に離れていると思った距離がみるみるうちに詰められていく。なのにフェンディットは、落ち着いて白い大弓を掲げると矢をつがえ、ゆっくりと下げていく。その間も突撃鹿は地響きを立てて向かってきている。

 聖弓の老爺はただ一人静寂の中に佇んでいるかのような風情で、鏃が正面を向いた瞬間、何気なく指を放す。微かな風切り音を残して矢は一直線に飛び、当然であるかのように額の真ん中に突き立った。

 そのまま突撃鹿は駆けてきていたが、少し手前で脚を絡ませて転がり止まる。フェンディットは息絶えた突撃鹿に向けて口の中で何かを唱えると、腰のナイフを抜いて捌きに掛かった。

 自然と溜め息が漏れ、拍手が送られる。そのくらい流れるような一連の動作だった。


「やっぱり爺ちゃんはすごいや。僕、まだドキドキしてるよ」

 少し落ち着いてきたジュダップも手放しに褒めそやす。

「この程度でそんなに興奮するようでは困るぞ。お前はこの弓を継いでくれるのだろう?」

「そうだった。でもまだ爺ちゃんには手が届かないよ。もっともっと頑張るから」

 遠く及ばないと自覚は有るが気概を捨てる気は無さそうだ。それがフェンディットには非常に嬉しく感じられた。

「うむ、心強いぞ」

 手を止めた彼は孫の頭に手をやり、心からの笑顔を見せる。それからグッと口元を引き締めると、真剣な目で告げる。

「お前の事は儂の一存だけでは決められん。今夜、ガストバンと話そう。それからだ」

「うん!」


 老爺の決意を冒険者達は見守っていた。


   ◇      ◇      ◇


「そんな事が!?」

 フェンディットの明かした事実に、ガストバンとメリネットは腰を抜かさんばかりに驚愕する。


 自分達が勇者の仲間の末裔である事。その祖先の家名タイクラムを継いでいる事。白い大弓が祖先から受け継がれている特殊な魔法武器である事。それと同時に黒面(こくめん)、つまり魔人を倒す使命をも受け継いでいる事。その使命を自分が人知れず遂行していた事。そして、その使命をジュダップに継がせようと考えている事。


 彼が告げた事実は受け入れがたい。しかし、夫婦が知っている祖父は、冗談でこんな事が言える人間ではないのを良く承知している。困惑と混乱が夫婦を襲う。取り乱さないで済んでいるのは、その場に客人の姿もある所為だったかもしれない。悠長に構えているところを見ていると、彼らは事情を熟知しているのを意味している。


「俺が……、俺が継がなかったからジュダップなのか?」

「それは一面事実だが、それだけが理由ではない。単に順序が違っただけとも言える。お前が苦に思う事ではない」

「だが、俺が継いでいればジュダップが若くしてその『役目』に着く必要はなかったんだろう?」

 ガストバンも父親だ。我儘で息子に重責を背負わせるのは、自分を許せないと思ってしまうのだろう。

「こんな言い方をするのは何だが、お前に才能が無かったら結果は同じだ」

「この子には才能があると言っているように聞こえるけど?」

「才能だけなら儂より上かもしれん。聖弓を手にした事も無いのに、弓が鳴くのを感じておる。それは適性が良いからとしか思えんのだ」

 夜でも弓が鳴くと目が覚めるのは、何らかの共鳴をしているように思える。彼に流れる祖先の血が為せる技なのかもしれない。

「どうしてジュダップなんですか? 街には衛士も居るし、そもそもお国の仕事なのではないの? 兵士や騎士様にお願いすれば何とかなるのでは?」


 メリネットは悲痛な叫びを上げる。母親なら息子をわざわざ危険な目に遭わせるのは絶対に避けたいと考えてしまうのは仕方がないと言えよう。そんな役目誰かに押し付けてしまえば良いと主張する。


「あれは儂と聖弓にしか倒せん。誰かに任せる事など出来んのだ」

「なぜそう決めつけてしまうの? お国の偉い人なら何とかしてくださるかもしれないのに。試してからでも遅くは無いのではないですか?」

「無理なものは無理だ。そう伝わっている」

「でもっ!」

「待ちなさい」

 食い下がろうとするメリネットを制止したのはチャムだった。

「どれだけ有名で無双の騎士だろうと、どれだけ高名で強力な魔法士でも魔人は倒せないわ。そもそも普通の攻撃は通用しないのよ。あの聖弓のように専用の武器以外での攻撃は無駄でしかないわ」

「じゃあ、あの弓を献上してどなたかに使ってもらえば?」

「それも無理ね。おそらく初代の血を引く者にしか扱えなくなっている筈よ。他の人間が使ってもただの弓ね」

 メリネットの苦し紛れの意見は一つ一つ否定されていく。

「それにお爺様の判断は正しいわ。魔人の存在を王国に知らせれば混乱するだけよ。大騒ぎになって、聖弓の事が皆に知られてしまえばジュダップは拘束されるでしょうね。何一つ自由の無い身になって、弓が鳴いた時だけ解放されて魔人を倒しに無理矢理向かわされるようになる。魔人を倒す為のただの道具と見做されるわ、きっと。国の危機管理というのはそういうものよ」

「そんな……」


 その予想はメリネットの希望を打ち砕いてしまう。彼女には否定する材料も知識も何も無かったから。思い知ってしまった彼女は、はらはらと涙を流し始めた。


「泣かないで、母ちゃん。僕、自分から爺ちゃんの後を継ぐって決めたんだ。僕がやりたいからやろうと思うんだ。でも、父ちゃんや母ちゃんを苦しめてまでやらなきゃいけないのかは分からない。心配掛けると思うけど、頑張ってみたいから僕を応援して欲しいな」

「ジュダップ、お前、そこまで……」

 ガストバンは息子が既に心に決めているのだと悟ってしまった。

「うん、覚悟してるよ。大変だって。でも、その大変な事を爺ちゃんはずっとずっとやって来たんだよ? だったら僕は早く一人前になって、爺ちゃんにゆっくりして欲しいんだ。尊敬する大好きな爺ちゃんには長生きして欲しいからさ。僕、頑張れるよ。父ちゃんも母ちゃんも守ってあげるよ。誰に褒められる役目じゃないのかもしれないけど、僕は家族を守れるなら頑張れるよ」

「ジュダップ」

 心情的には止めたいのだが、自分達を思いやってくれる息子をメリネットは止められなかった。

「済まん。本当ならもっと早く話しておくべきだったかもしれん。そうすればお前達をそんなに苦しめないで済んだのだろう。だが、儂には秘すべき事だとしか思えなかった。それはこれからもそうだ。この話は他言無用で頼む」

 フェンディットが深く頭を下げる。常に、家族に対しても毅然とした態度を崩さなかった彼がそこまでするのは夫婦を呆然とさせた。彼らにはもう否やは言えないのだと確信した。

「解った。俺達には応援する事しか出来ない。でも、出来るだけ危険は避けてくれ。お前に先立たれようなら俺は死んでも死に切れん」

「ありがとう。父ちゃん、母ちゃん」

 夫婦は息子を抱き締めた。

「さて、偉そうな事を言ったのですから責任取らなきゃいけませんね」


 カイは森の奥を調査してくる旨をその場で宣言した。

後継者の話です。現聖弓の使い手と次代聖弓の使い手の心情の変化を前半の一山として綴ってきました。ここまではカイは背中を押すだけの役回りだったのですから、次話からは主人公らしく頑張っていただく事にします。

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