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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
蠢く影

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暗躍する者(3)

 聖堂に集まった皆が跪き、大司教の話に聞き入っている。トルテスキンはその中に見慣れてきた黒髪の使者の姿を認めて安堵する。ハンザビーク侯爵に十分な献金をして出座を願い、それは適ったものの肝心の使者に連絡する手段が無いのに気付いた。


 三()後に迫った演説会の場に彼が居ない事には話にならない。当初こそ、それまでには接触してくるだろうと高を括っていたが、期日が迫ってくると不安になってきた。

 接触し易いよう外回り説法を増やして、積極的に外に出るようにしていたら、今陽(きょう)になってやっと姿を現したのだ。


「待ちわびておったぞ。遅いではないか」

 説法終了後に珍しく笑顔で皆を見送っていると、気配も感じさせず使者が近付いてくる。トルテスキンにはまさに専門家の身のこなしに見えた。

「おまたせしてしまいましたか。申し訳ございません、猊下」

「無論だ。侯爵閣下ほどのお方を招くとなれば、期日の調整は困難を極める。無駄足を踏ませては申し開きが出来んではないか?」

「三()後ですよね? もう街では噂になっておりますよ。それを聞き及びましたので、罷り越してございます。手抜かりはございません」

「む、そうだったか」

 使者のほうでも情報収集に余念が無かったようで、無駄にやきもきしていた己の不明を恥じる。

「やはり猊下にお願い致して正解でしたね。こんなに簡単に事が進むとは思ってもございませんでした。この愚か者をお笑いください」

「そう申すな。其の方の立場では出来る事に限りがあろう。主も酷な事を言うものよの。正しい人選をしたというのに」

 へりくだった使者に気を良くしたトルテスキンは、彼の選択を褒める。それはつまり己が成果を誇るのに繋がっているのを強調するのも忘れない。

「下の者の苦労などこのようなものでございましょう。主は主で常に重大な決断を迫られてばかりなのですから、責める事など出来はしません」

「良い部下に恵まれたようだな」


 主を立てるのも忘れない使者に、トルテスキンも感心してみせる。自分の部下もこんな人間ばかりなら苦労が減るものをと思う。彼の部下と来たら、神を賛美し四六時中祈りを捧げていれば実りが有ると勘違いしている。

 信徒とは、神の教えを説き善行を積ませれば、つまり多くの寄付をさせれば魂は救われると思い込まさせなければならない。そんな事も解らず、奉仕の精神ばかりを肥大させたところで教会の懐は潤わないのだ。

 教会に力が無ければ神の教えを広め、より多くの者を救う事も出来ない。それが肝要なのだと、彼は心から思っている。


「書状は当陽(とうじつ)渡そう。実はハンザビーク侯爵閣下よりも特別にお言葉をいただける段取りになっている。栄誉に思えよ?」

 もったいぶってトルテスキンは伝えた。

「本当でごさいますか? それは望外の栄誉にございます。猊下には感謝の言葉もございません。この上は、我が主の意志を正確に伝えるべく、言葉を尽くさねばなりませんね」

「程々にしておけよ。閣下もお忙しい身の上であるからな」


(問題有りません。彼には消えてもらいますから、その後の事に配慮など必要ありませんよ)

 黒髪の使者は心の中で舌を出す。


「猊下もその場にご出座いただけるのですよね?」

「無論。今の予定ではブルキナシム枢機卿の出座も予定している。その他、多くの教会関係者も参列するぞ。その意味解っておろうな? それがアトラシア教会の意思だと知ってもらわねばならん」

「ええ、主には十二分に伝えさせていただきます」

 トルテスキンが一番望んでいるであろう言葉を渡しておく。


 アトラシア教会は、帝国に対して含意が無いと示したいのだ。トルテスキンの思惑は別としても、その姿勢を提示していたかどうかが、帝国が今後も拡大政策を続けた時に大きな意味を持つのである。


「王国と教会の選択は将来に大きな変化を及ぼす事になるでしょう」

「うむ、頼むぞ」


 使者は最後にこれだけは腹蔵無い言葉を紡いだ。


   ◇      ◇      ◇


 三()後。

 その()の朝の街門前には、フードを下した三人の冒険者の姿がある。誰が見ても不審そのものの格好で、当然門衛は槍を下して彼らを止めたのだが、先頭の女の行動が門衛に難しい判断を強いる事になる。


「秘匿性の高い依頼で来たの。解るでしょう?」

 彼女は隠しから徽章を取り出してそっと見せ、その中央の黒いメダルを明示する。高ランク冒険者が秘密の依頼を遂行する為に、顔と身分を隠して街門をくぐりたいと言っているのだ。

「むう、仕方あるまい。間違っても騒ぎは起こすな?」

「感謝するわ」


 門衛をしていれば、こんな状況には少なからず遭遇する。こういった場合、あまり通過を渋って報告など上げようものなら、逆に叱責を受ける事の方が多い。それなりの身分の者の依頼である場合がほとんどだからだ。手順としては止めるほうが正解なのに、そこから圧力が掛かって結局は通す事になる。抵抗するだけ無駄だと言える。


 門衛は渋い顔を周囲に見せつつも、彼女がそっと握らせた金貨を懐に入れ、素知らぬ顔で次の検分に移っていく。


   ◇      ◇      ◇


 中央広場には大勢の市民が詰め掛けている。一往と少し(40日ほど)前にブルキナシム枢機卿が説法を行った時とほぼ同じ状況であり、教訓を生かして警備も厳重になっている。そうは言えども、観衆全てを検分する事など不可能だ。人員を増強して監視の目を強化するに留まっている。


 そんな中、フードの男女が混ざっていれば当然警戒の目を引いてしまうのだが、使者の姿をいち早く見つけたトルテスキン大司教の指示で彼らが誰何を受ける事など無かった。


 台上にブルキナシム枢機卿が姿を現し、本陽(ほんじつ)の主賓はハンザビーク侯爵であり、彼から市民に向けて重要な事項が伝えられると告げられた。

 民衆からはどよめきが上がり、続いてハンザビーク侯爵が台上に歩を進めると、万雷の拍手が彼を迎える。ハンザビーク侯爵が両手を前に、抑えるようジェスチャーを送るとその拍手や歓声も徐々に収まっていった。


「ご声援をありがとうございます。わたくし、ハンザビークは侯爵位を国王陛下に賜り国務に携わる身にあります。それは論ずる必要も無く太平と安寧の為と心得ています。国を守り、民を思い、栄を願い、神に祈る国王陛下の一助になればと、微力ながら努力の陽々(ひび)を過ごしております。国を守り栄えさせるには皆様の協力は不可欠。そして国が皆様の生活や文化や信仰を守るのも当然の事。その為にこうしてアトラシア教会の方々のご協力の下に手を携えて進んでいくべきなのです」

 教会関係者から控え目な拍手が上がり、それに侯爵が頷き返す事で民衆にその繋がりの深さを印象付けようとする。

「我がメナスフット王国の発展の為には、この信仰こそが要石。神の教えの下に我らは等しく平和の道を歩んでいけるものと信じています。そして同じ祈りのともがらは父にして母たる神の下、友であり兄弟であり掛け替えのない存在なのは間違いありません。その輩が住まうのは我が国だけではありません。しかし、国は違えどその人々もまた愛すべき存在なのです。誇り有るメナスフット国民にして敬虔なるアトラシア教徒である皆様方は、国の境が心の境になどならないと思っておりますが、それは私も同じ事。アトラシア信徒の為ならば、王国は一致団結して邁進すべきではないでしょうか?」

 彼は両手を掲げて賛同を得ようとする。


 だが、湧き上がる民衆の中からフードの男が進み出た事で状況は一変する。

対戦前の話です。これにて「暗躍~」シリーズも終了。次話からクライマックスバトルに突入です。いよいよ魔人戦、お楽しみに。

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