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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
蠢く影

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341/892

メナスフット王国(地図)

 メナスフット王国の祖となったのはメナスフット大公国である。

 時のウルガン国王クリッヒ八世は、東方から流入してくる蛮族マルファルの猛攻からウルガンを守った王弟ホレイズの功績を称え、メナスフット大公家の名を与え、王国南東部を大公国として賜った。

 中隔地方を南北から緩やかに統治していたウルガン王国とメルクトゥー王国に続いて、第三の国が誕生したのである。


 とは言え、ウルガンに準ずる国であったメナスフット大公国の情勢が大きく変化したのは、首都スジャウの北5ルッツ(6km)の位置にあるルシカントの丘がアトルの神を奉ずるアトラシア教の聖地とされたのが要因であろう。中隔地方はもちろん、東方にもその教徒を持つアトラシア教は、総本山をルシカントに移し、多くの巡礼者を受け入れる事になった。

 人の動きが多くなれば物の動きも増え、富も集まってくる。後にポーレンと名を改める首都スジャウは発展の一途を辿る。聖地近くに居を構える事を願ったアトラシア教徒は、スジャウや周辺都市に流入し、更に多くの都市や町村がメナスフットに帰服を求め、領土を大きくしていく。


 そして、六百()前、メナスフット王国は誕生した。


挿絵(By みてみん)


   ◇      ◇      ◇


 アトラシア教のお膝元である王都ポーレンに入るとなれば、そのままという訳にはいかない。フィノはその獣相を晒す訳にもいかず、久々に魔法士のローブのお世話になる事になった。

 純白のローブを身に纏い。フードを目深に下した彼女はそれほど深刻な様子はなく、むしろ嬉々としている。ジロジロと観察されるよりはよほど安心出来るようだ。


 そのフィノは今、緑色の物体を手にして、げんなりとした顔をしている。

聖餐せいさんだそうよ。食べないの?」

 半笑いのチャムに言われてその物体に目を落とすも、その手はピクリとも動かない。

「モノリコートの青も大概ですけど、これはこれで衝撃的ですぅ」

「うーん、印象は悪いけれど、色粉で緑色に染めてあるだけだよ?」


 その通り、皆が手にしているのは緑色に染めてあるだけの乳酪チーズである。これは、メナスフット王国王太子妃の懐妊を祝って、街の角々に立ったアトラシア司祭や助祭、子供の侍祭が配っているのだ。


「そうは言っても中々食指が動かねえのが人情ってもんじゃねえか?」

 緑の乳酪チーズを鼻に持っていってクンクンと鼻を鳴らしているトゥリオが漏らす。

「好き嫌いしちゃダメでしょ? 神様からの賜り物なんだから」

「涼しい顔して言いやがって、食えるのかよ」

「平気よ」

 そう言ってチャムは乳酪チーズを齧って見せる。

「だってカイが言った通り、これは染めてあるだけ。味はそのまま乳酪チーズだから」

「躊躇いも無いって事は、チャムはこれの理由を知っているんだね?」

「ええ、前に通った時に聞いたの。ちゃんと教えてあげるから」


 約六百五十()前、メナスフット大公国首都スジャウは疫病に見舞われた。

 かなり強い疫病だったらしく、あっという間に市民の三割近くが罹患し、更に増えつつあった。死亡率も高く、体力に乏しい老人や子供は十()とせずに死んでいく。体力の有る者でさえ半分以上が亡くなるような状態だった。

 それを憂いたアトラシアの司教ポーレンはルシカントの丘に向かって、その頂上で不休で神に祈りを捧げる。足を揃えて大地に座し、頭を擦り付けるようにして神に救いを請い続ける姿は、実に四巡(三週間半)に及んだという。そして、その()早暁そうぎょう、ポーレンの前に神アトルが降臨し、言葉を賜ったという。


「頭を下にして蹲るようにしていたんでしょ? 何らかの障害が出てきてもおかしくない長さだね」

 顔を顰めながらカイが言う。無神論者の彼は、この手の話を好まない。

「ある種のトランス状態に陥っていたんじゃないかな?」

「そうかもしれないわね」


 神アトルは宣う。

 『供物に我が力与えん。其をもて病退けん。』

 啓示を受けたポーレンは、尊顔を拝すべく顔を上げた。だが、既に僅かな光の残滓だけが有ったと語る。そして、彼の前の、供物として捧げた乳酪チーズが緑色に染まっていたと言う。


「カビたね」

「ええ、カビたわね」

「カビだな」

「カビちゃいましたぁ」

 意見は異口同音である。


 その聖餐を捧げ持ったポーレンは、すぐさまスジャウに持ち帰り、疫病に侵された者に与えた。すると、その者はたちどころに危険な状態を脱し、快復に向かったらしい。同じく、その聖餐を与えられた者の大部分は病を脱したが、以前より信心が足りないと言われていた者達は息を引き取った。


「それは抗生物質ですぅ」

 勉強熱心なフィノは、その現象を言い当てる。

「こうせいぶっしつ?」

「カビの仲間は自らが繁茂する為に、或る種の物質を作り出すんだ」

 皆目見当も付かない単語が出てきて頭を捻るチャムにカイが説明を始める。

「それは『抗生物質』と言って、他の菌類を撃退する性質を持っている。その疫病は細菌によって罹患し、伝染する類の病気だったんだろうね。抗生物資を摂った患者が快癒したのは、それが原因じゃないかな?」

 当然、普通は抗生物質そのものを摂らねば効果は望めない筈だ。しかし、この世界にはそう言った薬品など有った試しは無い。疫病の原因菌にも耐性など皆無だった頃だからこその結果だったと思われる。

「でも、カビなんか食っちまったら腹壊して余計に悪くなるんじゃねえのか?」

「基本的にはカビそのものは食べても無害な物が多いよ。でも、要は腐った物を食べるんだからお腹を壊した人も居たかもしれない。抗生物質で疫病から脱しても残り少ない体力を削られて、亡くなった人も居ると思うよ。その人達を、信心が足りなかったって事にしたんだろうね。後世に」

「そのほうがアトラシア教にとっては都合が良いもんな」

 不穏な結論に達してしまう。


 しかし、聖餐はスジャウの患者全てに行き渡るほどの量は無い。困った司教ポーレンははたと気付いた。

(神の力宿りし聖餐ならば、その力、移せるのではないか?)

 彼は聖餐に供物を捧げた。するとその供物である乳酪チーズはたちまち緑色に染まっていった。ポーレンは新たに生まれた聖餐を患者たちに与えて回り、ついには疫病を退けたという。

 メナスフット大公はその功績を称え、ポーレンを聖人と認定する。そして神アトル降臨の地であるルシカントの丘を聖地とした。後にルシカントの丘には大神殿が建立され、アトラシア教はそこを本殿に定めた。


 メナスフットは王国になったのを機に、首都スジャウを聖人ポーレンに準えて王都ポーレンに改名する。それ以降、王都ポーレンでは慶事の都度、聖餐を模した緑色に染められた乳酪チーズが配られるようになった。聖餐の力がポーレンに幸いをもたらし、平和と繁栄を保証してくれるという考えからだ。


「しかし、神の力が移るたぁ大きく出たもんだな?」

 トゥリオは自分が手にしている緑色の乳酪チーズを見ながらしみじみと言葉を漏らす。

 市民に腐った物を配布すれば当然問題になる訳だから、苦肉の策としてその形式が取られるようになったのは理解出来なくもない。

「カビだもんね」

「ええ、カビよね」

「カビちまっただけだしな」

「カビちゃったんですぅ」


 場所柄故に大笑いする訳に行かず、お腹を押さえて身を捩る四人だった。

メナスフット編開幕の話です。今回は冒頭から建国史となりました。王国とアトラシア教の蜜月を演出する為にちょっと小細工。まあ、有りがちな逸話みたいなものです。

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