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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
剣を持つ意味

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守るべき矜持(1)

 今陽(きょう)の教練場には金属音が鳴り響いている。生徒達の打ち込み台になっているのは赤毛の美丈夫だからだ。

 大盾を掲げたトゥリオに少年少女が打ち込みを続けているが、少しでも疲れた様子を見せて手を休めると、そのまま大盾で突き飛ばされる。その為、彼らは必死に打ち込みを続けるが体力には限度があり、いずれ手は止まって突き飛ばされてしまう。

 つまり突き飛ばされる為に大盾の前に立っているようなものだが、命じられるまでも無く順番に大盾の前に進んでいく。それはこの教練にも大きな意味が有ると信じている証である。


 メキメキと上達している生徒達は、もうチャムとトゥリオの言う事には何一つ逆らわなくなった。彼らは裏付け有ってそれを指示しているのだと理解したからだ。

 この、ただ消耗しているだけに見える教練にも意味はある。長時間戦い続けて打ち負けず、自分の命を救う一刀を放てるかどうかが最後の一線。その為の体力と精神力を養う為に、延々と打ち込みをさせているのである。


 これを始めた時には、トゥリオはあまりいい顔をしなかった。フェミニストである彼は女子生徒を突き飛ばすのを躊躇いがちになり、逆にチャムに叱られている。

 それが最終的に彼らの命を救うのだと彼にも解るだけ本気で対しようと思うのだが、つい手が緩んでしまうのがトゥリオという男なのだ。まさに長所短所は紙一重と言えよう。


 そんな訳で、刀剣士科の生徒達の信頼を一身に集めつつある彼らなのだが、そうなれば自ずと反感が集まるのも事実なのである。

 この()も同じ教練場の一画で、魔法士科の教官の声が聞こえよがしに飛んでくる。


「見よ! あの脳筋共がただ無為に手足を振り回しているだけの間に、栄えある君達魔法士の卵は偉大なる魔法の習熟に励み、戦場の要としてその叡智と魔力の限りを振るうべく今この時を務めていると心に留め置くのです! あれが君達を守る、単なる肉の壁の姿です! 一応は感謝して差し上げると良いでしょう!」

「「「はっ!」」」

 刀剣士科の生徒達は顔を歪め、幾人かからは舌打ちが聞こえる。

「気にする必要なんて欠片も無いわ。あれは弱っちい狼が虚勢を張って遠吠えしているだけ。確かに戦場に在れば魔法士の存在は厄介だけれども、あの中に一対一であんた達に勝てる人間なんて一人もいないから」

「「「はい!」」」

「そんな相手でも守れる力を育みなさい。それがあんた達の将来を確かなものにするから」

「「「はい!」」」


 横目で窺っていると、教官の一人が怒り肩でこちらに向かってくるのが見える。聞こえるように言ったつもりは無かったが、集音の魔法か何かを使っていたと見える。その辺りからして小物感以外を感じられないのであるが。


「聞き捨てならんな、女。たかが刃物が上手に振れるくらいで。貴様も女の端くれなら、その刃物は台所で振るうが良い」

「ここに至って男尊女卑とは御見それするわ。あんたの生徒にも女の子が居るじゃない?」

 唾を飛ばす教官魔法士から距離を取りつつ、指差して指摘する。

「我らは高貴なる魔法士という存在である。一般人とは違うのだ」


(あー、これが王国魔法研究所とやらの人間な訳ね。ギルドの職員が魔法士を派遣したがらないのも頷けるわ)


 新興のイーサル王国では、軍を形作り組織を機能させる為に各地から魔法士を掻き集めなければならなかった。その為に技量的に劣る者でも持ち上げおだて上げて魔法機関を作り上げたのだ。

 その弊害がこれである。魔法士は増長し、選民思想を持つに至った。時が経って多少は改善の兆しは見られるが、根底を流れる物は容易に覆らない。


「はいはい、解ったわ。高貴なる魔法士様はあちらで励んでくださいな。せめて邪魔はしないで」

 その言葉尻を捕らえるのは小物故の事だろうか。

「邪魔だと!? 肉の壁風情が! 思い知らせてやらねばならんか!」

「いい加減にして」

 チャムが浮かべるうんざりした顔を生徒達もトゥリオもハラハラしつつ見守るしか出来ない。

「どうやったら黙ってくれる? 結果で示せば良い?」

「何を言う?」

一対一さしで勝負しましょう。私が勝ったら二度と絡んでこないで」

「良かろう。そちらから仕掛けてきた以上、条件は付けさせてもらうぞ」


 彼が示したのは10ルステン(120m)の距離であった。一対一でも、この距離は魔法士の独壇場になり兼ねない致命的な差になる。

 刀剣士科の生徒達からは非難轟々であったが、チャムがそれで受けてしまったので今更条件変更を申し入れる訳にもいかない。それに彼女自身が呆れた苦笑いを崩さぬ余裕を見せているのが、思い切った抗議の手を抑え込んでもいる。


「師匠、大丈夫なんですか?」

「トゥリオ先生、止めたほうが……」

「まあ、見とけ。ブラックメダルの真髄を」

 両科の生徒が見守る中、対決は始まった。


 開始の合図で教官魔法士がいきなり既に編み上げていた魔法を放つ。それさえ卑怯と言えば卑怯なのだが、チャムも読んでいた。

 瞬時に加速して前に出るとジグザグに進路を取る。放たれた熱矢(ヒートアロー)はことごとく大地を穿つだけである。小気味良い足音を立てて開いた距離は消費されていき、六呼(30秒)としない内に首筋には剣が突き付けられている。


「終わりよ。私が本気ならその首はもう宙を飛んでいるわ」

「くうっ! 汚いぞ、ちょこまかと逃げ回りおって。正々堂々と勝負しろ! こんなの認められるか!」

 明らかに正々堂々とした勝負なのだが、彼はお気に召さないようだ。魔法士科の生徒からも尻馬に乗って非難の声が飛んでくる。チャムは「仕方ないわねぇ」と言いながら、元の位置に戻り始める。

「チャムお姉さま! そんな連中の言う事なんか聞く必要はありません! もうお姉さまの勝ちです!」

「待ってなさい、ラグ」

「でもっ!」

 フラグレンは当然納得いかないが、チャムがとことん付き合うつもりなのは間違いように見える。


 再び合図が有り、今度は様子を窺いつつ教官が魔法を放つ。しかし、ゆっくりと歩み始めているチャムは回避する様子もない。勝利を確信したのか魔法が連発されて彼女に迫るが、胸装(ブレストアーマー)彼らの紋章(パーティーエンブレム)に触れたチャムの前に丸い光盾(レストア)が形成され、それに突き刺さった熱矢(ヒートアロー)は瞬時に魔力に還元されてしまう。教官は幾度も魔法を放つが結果は変わるはずも無い。結局、鼻先に切っ先を突き付けられて冷や汗をかく事になる。


「そ、それは装備品の魔法防御を使っただけではないか! 貴様の力ではない!」

「どうすればあんたは納得するの? あの位置から一歩も動かなければいい?」

「そうだ! それで戦え! それでこそ正々堂々とした勝負だ!」

 出鱈目もいいところだ。さすがに魔法士科の生徒からも冷たい視線が突き刺さり始める。もう一人の教官は旗色が悪いと悟り、その場を逃げ出している。


 もう一度距離を取った二人は対峙するが、開始の合図をする者もいない。

「お好きな時にどうぞ」

「馬鹿にしおって!」

 動かないと侮っているのか、それとも他の効果的な魔法を知らないのか、馬鹿の一つ覚えみたいに熱矢(ヒートアロー)が連射される。


 上空から迫る複数の熱矢(ヒートアロー)がチャムに迫るのを見ているフラグレンは気が気ではなかった。なぜ彼女がこんな馬鹿げた勝負に付き合うのかが解らない。それが剣士の矜持だとしても、命まで賭けるような事なのだろうか? チャムの意図が読めないフラグレンは悲鳴を上げる。


「チャムお姉さま!」


 だが、当の本人は落ち着き払って、剣に魔法文字を描き続けていた。

対決の話です。チャムに心酔するフラグレンですけど、彼女の中で葛藤が始まります。ここからがイーサル編の佳境ですね。

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