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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
剣を持つ意味

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剣と涙

 冒険者学校の門をくぐると、正面には三階建ての校舎が視界を埋め、中央の階段塔の上には校章が浮き彫りにされているのが目立つ。更にその上にはイーサル国旗が翻っており、それが学校の組織的な位置を示していると言えよう。


 飾り気のない前庭を回り込むように歩いていくと、校舎同士を繋ぐ渡り廊下のアーチを透かして教練場が目に入ってきた。

 そこでは生徒達が行進訓練をしていて、チャムとトゥリオに苦い顔をさせる。それは明らかに軍事教練に類するものであり、冒険者には全く必要の無いものだ。


 アーチをくぐって二人が姿を現すと、生徒達は行進訓練を止めて駆け足になり、彼らの前に整列する。


「何してたの?」

 喜色を露わに自分の前に駆け込んで来たフラグレンにチャムが問う。

「お二方がお見えになるまで行進訓練を命じられましたので」

「それには今は何の意味も無いわ。次から軽い駆け足になさい。休憩を挟みつつ、ね」

「はい!」


 彼らに今必要なのは体力作りである。ただだらだらと歩幅を揃えて歩き回る事ではない。カイ達がやっているように毎朝セネル鳥(せねるちょう)と一緒にするランニングのほうが余程有用だ。


「あー、師匠!」

 フラフラと遅れてやって来た少女が大声を上げる。

「うおっ、何だ!?」

 だがトゥリオにはその少女に見覚えがある。

「おー! えーと、あれだ! そう、アルギナ」

「はい、アルギナです!」

「そうか、無事にスリッツに来れたんだな。良かった良かった」

 嬉しそうなアルギナの頭に手をやり、ポンポンとする。

「アルギナ、トゥリオ先生とお知り合い?」

「そうなんだ、ラグ。あたしに剣の道を勧めてくれたのはトゥリオ師匠なの」

 二人は仲が良い様子に見える。


 アルギナがスリッツに到着して冒険者学校に入学したのは少し前の事だが、彼女の振る剣にフラグレンは目を奪われ、声を掛けてすぐに意気投合した。

 アルギナもフラグレンが騎士爵令嬢だとは知ってはいたが、今まで貴族との付き合いなど無かったし、フラグレンが余所余所しいのを嫌ったので言葉遣いもぞんざいである。


 冒険者学校に入学して間が無いアルギナは剣の素質は示すものの、体力的に他の生徒達に劣るところが有る。持久走や行進訓練ではどうしても遅れがちになり、気付くのが後になったようだ。


「ラグは何で師匠の事知ってるの?」

昨陽(きのう)からいらっしゃっているのよ」

「あー、もう! 昨陽(きのう)は伯父さんのお手伝いしなきゃいけなかったから来れなかったのに。何でそんな()に来ちゃうんですか、師匠」

「俺の所為かよ!」

「はいはい、旧交を温めるのはそれくらいにしときなさい。始めるわよ」

「「「はい!」」」


 昨夜の内に打ち合わせておいたように、生徒を二組に分ける。まだ少し振り足りない者には、引き続き並ばせて素振りをさせる。振れている者は、まず技量を確認する為にチャムとの手合わせだ。

 フラグレンは志願して一番手で訓練剣を手にしたが、身体の奥から湧き上がる期待感とは別に、恐ろしく感じる思いが身の内に有ったのに驚いて、微妙な表情になっている。昨陽(きのう)、垣間見たチャムの技量は、彼女では剣を合わせるのもおこがましいと思えるほど遥かな高みの次元に位置しているように理解していた。

 もし、実際に剣を合わせて幻滅されたらどうしようかという思いが首をもたげてきたのである。


「遠慮せず打ち込んできなさい。心配しなくてもあんた達の得物は私の身体に掠りもしないのは間違いないから」


 この台詞を聞いてフラグレンは安心した。一見、傲慢に思えるかもしれないが、こちらは加減無用であり、チャムは十分に加減してくれる事を示している。彼女は実力差を十分に把握しているという意味だ。

 それでも、とても気楽に飛び込んでいけるものではない。フラグレンから見て今のチャムは穏やかな湖面のように見える。ゆったりとして力が入っていないようなのに、切っ先は微動だにしない。そこに自分の剣を僅かでも触れさせて小波さざなみでも立てようものなら、それは大波となって跳ね返って来そうに感じる。身動きが取れないのに、背筋を汗ばかりが流れる。


「来なさい」


 その一言が均衡を破った。反射的に目の前の切っ先を払って突き込もうとする。だが払おうと思った剣がそこには無い。そして気付くと手の中の剣も無かった。視界の左端のほうで軽い音を立てて訓練剣が転がっているのが見えた。


「拾って」


 何が何だか分からない内に何度も何度も剣を飛ばされて、その度にあたふたと拾いにいく。全く自覚が無かったのに頬を涙が伝っていて、視界が滲んでいる。あまりに自分が情けなくて、どうしようもなかった。


「泣くのは後にしなさい。どうしてだか解らない?」

「……はい」

「手首が固いの。軽く握って、手首の力を抜きなさい。トゥリオ、来て!」

 チャムが後ろに回ってきて、後ろから手を添える。

「ほら、もっと優しく握って。手首もこうユラユラするくらいで良いから」

 体臭なのか、ほのかに甘い香りが漂ってきて気が逸れそうになるが、気を取り直して手先に集中する。

「いい? 普段はこのくらいで良いから、斬り込んでいく瞬間はキュッと絞るのよ」

「はい!」

 トゥリオが訓練剣で待ち構える。

「ゆっくりやるからね」

 後ろから導くように腕を取るチャム。

「払いにいっても相手の剣だけに集中してはダメ。相手の姿と自分の剣も合わせて、その辺り全体を見るの。そうしたら動く物だけが意識に入ってくるから」

 目ではなく意識で見るようにし、上から重ねられた手に従い腕を動かす。

「まだ力を入れない。絡めに来ているわよ。ここで固いと逆に手の中で柄が暴れるから、柔らかく受けなさい」

 トゥリオの剣が彼女の剣に触れ、グルリと巻き込むように動くが、柔らかいままの手首が変化を吸収し力を逃がしてしまう。

「いなしたから払いに行くわよ。……ここ! ここで絞るのよ」

 キュッと手首を絞って剣を合わせると、小気味良い音を立ててトゥリオの剣が弾かれ、懐が大きく開く。

「もう一度緩めて正確に切っ先を相手に向けたら絞る!」

 突きが一気に加速して、トゥリオのガラ空きの腹に滑り込んでいき、チャムが力を入れて寸止めした。

「こんな感じの流れよ。ラグがやりたかったのはこれでしょう?」

「そうです!」


 今までに感じられなかったような滑らかな流れで、彼女が頭の中で描いていた剣の動きが再現されていた。

 そんなに力は使っていないのに鋭さは増している。素振りの時はちゃんと絞りが出来ているのに、いざ打ち合うと無駄が力が入っているのだとよく解った。


 ふと気付くと、彼らの周りには生徒達が集まり、一連の遣り取りを目を皿のようにして見ていた。

「あ、あれ? どうしたの、みんな」

 彼らは、気にせずどうぞどうぞというように手を差し出してきている。フラグレンは泣いていたのまで見られていたのかと思って首まで真っ赤になる。

「もう! ひどい!」

「大丈夫大丈夫。何も見てないから、忘れない内に続けて」

 アルギナが「早く早く」と囃し立ててくる。


 もう一度トゥリオに前に立ってもらって、自分だけで剣を握る。深呼吸をして、チャムに言われた事を頭の中で反芻しながら滑らかに剣の操作をする。

 普通の速度でトゥリオは剣を絡めにきたが、その動きははっきりと意識に入ってきて、軽くいなせる。そこから鋭く弾き、その胴目掛けて剣を突き入れた。


「ぐえっ! そ、そこは寸止めもしてくれよ!」

「ああっ! ごめんなさい! すみません!」

 フラグレンは慌てて駆け寄った。

「良かったわよ、ラグ。そんな感じ」

「ひでえな、おい」

 笑いながらチャムが褒めると、トゥリオが悲鳴を上げる。


 周りを囲む生徒達も皆が笑っていた。

本格指導の話です。おー、情景描写と剣技描写を真面目に書き込んでいたら滅茶苦茶文字数食ってしまいました。何とかギリギリ収まったけどこれはズルズルと長くなるパターン。まあ、そんなに濃いエピソードじゃないからいいかな、たぶん。


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