表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔闘拳士  作者: 八波草三郎
メルクトゥー内紛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

297/892

ラガッシの咆哮

 チラチラと南の方を気にして落ち着かない様子を見せるラガッシ。


(なぜだ? そろそろ結果が出ている筈だ。なぜ、赤い狼煙は上がらん?)


「合図を待っているんでしょう?」

 丘の上から無情にも声が降ってくる。

「来ませんよ。追い込まれて、ずいぶんと目が曇っていらっしゃるようですね?」

「何の事……、だ?」

 喋り始めてからその違和感に気付いた彼の台詞は尻すぼみに小さくなる。

「僕の仲間が一人足りないでしょう? どこに居るかは貴方が今想像した通りですよ。彼女の魔法なら何人押し寄せようが一蹴してしまいます」

「くっ!」

「今までは命の危険を感じさせるように刺客を放って襲わせていたんでしょう。クエンタさんが怖れて何もかも放り出してくれるよう促す意味で。でも彼女はそんなに弱くはありませんでした」

 ラガッシの表情を窺うようにカイは言葉を連ねていく。

「そして今回が本命だった。おそらくクエンタさんを捕縛するよう指示してあったんでしょうね。彼女の身柄を押さえたらザウバから何らかの合図がある段取りだったのでしょう? この距離だと成否を示す色付きの狼煙かな?」

「そこまで!?」

「成功したら彼女の命を盾にクエンタ軍に降伏を促す策だったんでしょうけど、そんな女性に手荒な手段を取る作戦、僕は許しませんよ?」

 黒髪の冒険者は最後のほうは語気を強める。

「何だ? 何なんだ、貴様はぁ! 見透かすような口振りで! 何様のつもりだ!」

「何様でもありません。貴方が何も見えていないから、僕が何もかも見えているように感じてしまうだけなんですよ」


 それはさすがに言い過ぎだとトゥリオは思う。それでも、その言葉は相当ラガッシの深い処に刺さってしまうだろう。カイは彼を折りにいっていると解る。実際にラガッシはとめども無く汗を流し、呼吸を荒くしている。


「見えていないだと!? 俺は未来が見えている! あの冒険者の国にメルクトゥーが蹂躙される未来がな! だから立ち上がったのだ! 俺にそれが見えているから皆が俺に付いて来ているんだ!」

「それも勘違いですよ。貴方に付き従った者が何も感じていないと思っている。軍を一個の生き物ぐらいに思っているのでしょう?」

 ラガッシを背後を指し示して続ける。

「一人一人に何の悔恨も無いと思っているんですか? 彼らが徴用を受けて故郷を後に軍務に就く時、家族や知人が向ける憂慮の目に何も思うところが無いとでも? 彼らが故郷を思う時に、その農地や家業をないがしろにしている自分に心を痛めていないとでも? それが何も見えていないと言った理由ですよ」

 ラガッシが恐る恐る後ろを振り向くと、スワーギー将軍は気にするなと言わんばかりに大きく首を振るが、兵卒達は俯いて誰一人目を合わせて来ない。

「貴方は自分を取り巻く人々ともきちんと向き合えていない。それでは為政者になどなれませんよ」

 それが止めの言葉だった。


「違う!」

 全身を震わせながら俯いて言葉を絞り出すラガッシ。

「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 姉上になど何も出来ない! 俺じゃないとこのメルクトゥーは救えないんだ! 王として生まれ付いた俺じゃなきゃダメなんだ!」

 地団太を踏んで咆哮し、子供のような醜態を見せる。

「戦え! 俺と一対一で立ち会え! そうじゃないと俺は全員が死ぬまで戦えと命令するぞ!」

「つまらない脅しを掛けなくても望めば立ち会って差し上げますよ」


 もう、その言葉が皆の心を突き放してしまっているのも気付けないようだ。

 紫の騎鳥が丘をゆっくりと下ると、ラガッシ軍は彼を残して少し下がる。まだ司令官に恥を掻かせたくないという気持ちは有るようだ。

 薙刀を構えるカイに対して、ラガッシは剣を抜いた。槍やランスを手にしないところを見ると何らかの矜持が有るのだろう。


「ごめん。今陽(きょう)は乗せてくれるだけにしてね。彼にも色々思うところは有るだろうから」

「キュイ!」

 ここは一対一で正々堂々の決着が必要だ。パープルに相手の馬を襲わないようにお願いしておく。リドもチャムの前、ブルーの背に移動してもらった。

「言っておきますが、ここで仮に貴方が僕を下しても戦局に変化は有りませんよ。クエンタ軍が包囲を解いて逃がしてくれたりはしません」

「言わんでも解っている。ただ、さっきの台詞は取り消せ。皆は国を、故国を守る為に泥に塗れて畑を耕しながら戦い続けていたのだ」


 ならばなぜ自分も一緒に泥に塗れて働かなかったのだとカイは思う。それで兵卒とも触れ合い、彼らの心の内を知ることも出来たろうに。だがこれ以上の刺激は無駄だと知る彼は言葉を飲み込んだ。


「貴方の言う通りにしましょう。僕らもここで手を引きますよ」

「ならばいい」


 ラガッシの駆る立派な軍馬は勇猛で、彼の指示に従い突進してくる。そこへ大きく円弧を描いた薙刀の刀身が襲い掛かった。ラガッシの掲げたバックラーが金属音を立ててそれを防ぎ、その陰から剣が突き入れられてくる。

 それは回転した柄が横へ弾き、水平にまでいったところで静止して再び刀身が首元を薙いでくる。バックラーで防いだものの、その攻防一体となった薙刀の変幻自在な動きにラガッシは戸惑って馬を駆け抜けさせて距離を取った。


 再度、向き合った二騎。右溜めに構えていたカイが、後ろの右手を高く上げ、左手は眼前に突き出し軽く開いて柄を支えるだけにする。刀身は左斜め下、あぶみの高さ辺りまで下がっている。

 そのまま進んでくるセネル鳥(せねるちょう)に対して、ラガッシは馬をカイの向かって左側、刀身の無い方に滑り込ませようとする。

 馬に比べてセネル鳥の背は狭く、その首は騎手に近い。長柄の武器を反対に振り回すには遠回りを強いられる。攻撃にも防御にも一瞬遅れると読んで馬首を向けたのだ。


 それは明らかに誤算だった。カイが右手を下げるだけで刀身は正面にまで差し上げられ、左手を寝かせるだけで横に走り横向きに変えられていた刃先が横薙ぎに襲い掛かってきた。

 入り込もうとしていたラガッシは剣の間合いの外で余裕をもって迎撃される。刃先同士がぶつかり合い、火花を散らして滑る。そのままでは長柄の鉤に剣を絡め取られると悟ったラガッシは手首を緩めて剣身を抜いた。


 その体勢からは彼は何も出来ない。しかし、薙刀の刀身は剣を絡め取り損ねたと解ると一度下がり、跳ね上がってくる。力任せに剣を振り回して、刀身を打ち払い続けるラガッシだが、体勢を崩して剣筋も満足に立てられない彼は、弾くだけでも大きく体力を削られていく。


 息吐く暇も無く数合を重ね、一つ受け損ねて剣を大きく弾かれたラガッシは眼前にバックラーを翳して防御する。それは彼の視界を遮る。そんな隙をカイは許してくれない。グルンと大きく振り回された長柄が、力強くバックラーに打ち付けられ、ラガッシは堪らず馬から落とされた。

 背中から落ちた彼は息を詰まらせるが、咄嗟に転がり追撃を避けようとする。だが、カイは落ち着いてセネル鳥の背から降りてきた。


「馬鹿にするのか?」

「いえ、貴方が納得するような決着を付けて差し上げるだけです」


 立ち上がったラガッシにひと息に迫ると、刀身も石突もと容赦無く打ち込まれてくる。絶え間無い連撃に防戦一方になった彼は、膝が震えて動かなくなり僅かずつ腰が落ちていき、ついにはそこに付け込まれて柄で足を払われ転倒した。背の痛みに顔を顰めて、目を開けると首元には刀身が添えられている。

 ラガッシは諦めて剣を放り出した。


「言っておきますが殺しはしませんからね」


 ラガッシ軍は降伏し、武装解除に応じたのだった。

決戦の話です。大きな山場は越えましたので、これからメルクトゥー編の伏線回収に入ります。ちょっと悲壮なシーンもあるので気合を入れないといけないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ