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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
新たなる地に向けて

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管理人を決めよう

「……ごめんなさい」

「はわっ!」


 メイドがお手付きになるのはそう珍しい話ではない。一般市民はもちろん、貧乏貴族の子女の身にしても、それで生活が保障されるのであれば構わないという考えがある。ましてや身籠ったりなどすればその後の生活は安定する。

 しかしそれは受動的な希望で出た結果的な状態での結論だ。能動的に立候補されても受け手としては困るどころではない。


「やっぱりレッシー程度では美味しくいただいていただけませんよね」

「いや、そういう問題じゃ……」

「こんなに素敵な恋人がいらっしゃるんですもの」

「もっと言ってやって!」

 小気味良い音がカイの後頭部から響く。

「人付き合いは考えたほうがいいわよ、フラン。何なの? このスカポンタンは」

「激しく同意したいところなんですけど、なにぶん親戚付き合いばかりはどうにも」


 子爵家の娘の身で、王太子クラインの信頼厚いとなれば親戚内では出世頭と言っても過分ではないだろう。彼女の所には親戚中から嘆願が集まってきたとしても変な話ではない。それが側仕えという激務の報酬だとしても、皆は斟酌などしてくれない。


「それじゃ、仕方ないですね。頑張ってお仕えします!」

「あっさりしたものね。何考えているんだか解らないわ」

「覚悟と希望を表明しただけですから。別にお側近くに置いてくださるなら、どんな形でも構いませんです」

「本音駄々漏れじゃ、確かに王宮メイドは務まらないわね」

「何をおっしゃっているんです? 見せるのは大切な方にだけ。それが女ってものでしょう?」

「悪女ぶっても、それを本人の前で言ったらお終いなんじゃない?」

「ぬふおっ!」


 悪人ではないと見て取れるのだが、妙に間の抜けているところが若干不安感を誘う。責任を持たせた時にどんな行動をするのか読めない。

 諸々世話になっているフランの紹介だ。受け入れてはあげたい。例え些少の厄介払いが混じっていようとも。


「そんなに時間はあげられないけど、とりあえず様子見しようか? それでもいい?」

「もちろんです! 私の魅力でメロメロにして差し上げます」

 今度はレッシーの後頭部で小気味良い音が鳴った。

「あ! つい」


「問題ありません。煮るなり焼くなりお好きにしてください」


   ◇      ◇      ◇


 試用期間となったレッシーがまず直されたのは呼び方だった。彼女にとってカイは魔闘拳士であり、そう呼びたがったのだが完全に禁止されてシュンとなる。

 しかしそれも一瞬のことで、「カイ様」と呼び始めると彼女の中の何かの琴線に触れたのか「ぬふふ」と笑い出して、ただ名を呼ぶだけの状態になりチャムに突っ込まれる羽目になる。

 それならと、「ルドウ様」と呼ぶようチャムに言い付けられると表情が絶望に変わり、ついには部屋の隅に行ってシクシク泣き始めたので、元に戻される結果になる。


「カイ様、次は何をいたしましょう?」

 気を遣って用事を申し付けると、彼女は喜び勇んで軽快に動く。しかも意外とそつがない。はっきり言って優秀なのである。なるほど、フランが人格的・能力的には太鼓判を押したのが頷ける。

「うん? 君はあの離れの管理人として雇用したのだから、あっちの面倒を見てもらっていいかな? 例えば職人さんたちにお茶を淹れて差し入れてあげるとかさ」

「えー」

「そこは反抗するの!?」

「嫌です。あんなおじさんの面倒よりカイ様のお側が良いです」

 嫌がる顔を隠しもしない。性質的な問題が露骨に表出している。

「違うでしょ? あなたは私たちの家の管理人としてのお試しなんだから管理の仕事をなさい!」

「ですからカイ様のお側で管理の仕事をいたしますよ。カイ様を管理? にゅふふふ…」

「管理されるの、僕!? 怖っ、この子怖っ!」


 結局、チャムに蹴り出されたレッシーは渋々作業中の職人にお茶と軽食を差し入れに行くのだった。


   ◇      ◇      ◇


 最近、カイが頭を悩ませていたもう一つの問題に関して、レッシーを実験台にしてみることにする。


 別にレッシーを魔法とかの実験台にするわけではない。グラウドに依頼されたのはモノリコート製法の手順書作成である。

 今までは熟練菓子職人を講習会に参加させて、製法を伝えていた。そこで習得できるのは湯煎の温度を肌感覚で覚えたり、練り具合を艶や角の立ち方で覚えたりといった感覚的なものであった。

 それが無いと加熱時間の管理などでは、仕上がりが均質化できず、微妙な感覚で最終調整が必要だったのだ。温度管理のほうはカイが提案した液柱温度計の開発が成功したので解決はしたのだが、練り時間の管理が困難だった。


 それでは製造工程に手慣れた熟練職人の存在が必須となり、大量生産の足を引っ張っている。それを問題点として重要視したグラウドは、熟練職人抜きでも生産できる体制作りのために、手順書及び必要器具の作成を依頼してきたのだ。

 邸宅購入で散財したカイはこの依頼に乗らないわけにはいかず、試行錯誤に入っていた。その手段に関しては思い付きがあったので可能だと考えていたが、それが完成したので実験してみることにしたのである。


 練り具合の均質化は練り器具と練り時間での管理が最も容易い。器具に関しては幾度かの試作で簡単に決定したのだが、時間のほうはひと工夫必要だ。

 この異世界には電子式はもちろん機械式時計も存在しない。砂時計の考えは確立していて、カイも見慣れた形の物が存在していたのだが、それは一詩(6分)を計る物で、そもそもそれ以下の単位が存在しない。


 まずはそこに手を入れねばならないと感じたカイは、縦長型砂時計の製作を考案する。次に考えるべきは単位の問題。秒刻みの単位がどうしても必要だ。

 こればかりは彼の一存だけでは決定できず、アルバートとグラウドの時間が作れるときに王宮に相談に行っている。その結果、決定した単位は『呼』である。平静時の人間のひと呼吸の時間を基準にして、一詩(6分)を72分割し、その時間を一呼(5秒)とした。


 長さ50メック(60cm)の縦長型一詩(6分)砂時計を試作したカイは、3テルメック(3.6mm)を一目盛り一呼(5秒)になるよう調整して72目盛りを打ち、それをグラウドに渡して出来を検討してもらう。

 良い返事が貰えたのでその砂時計を利用した手順書作成に入ったのだった。その一呼(5秒)の計測にタブレットを使用したのは内緒である。


 材料と手順書だけを手渡してレッシーにモノリコートを作ってもらう。カイは側に居るが、それは手順書の不具合が無いかを監視するためであり、補助、助言はしない。

 手順書と首っ引きではあるが、手際良く作業を進める彼女は問題無くモノリコートを完成させる。最後の冷却作業こそフィノの補助は受けたが、手順に問題は全く無いように見えたし、出来上がりの見栄えは上々であった。

 材料に用いた粉末モノリコがカイのお手製というのもあったろうが、出来栄えは市井に出回る製品を優に越えている。立ち会った者達皆が納得の出来上がりであった。


「にふふ、これは愛の力がモノリコートに乗り移ったのですね?」

 皆の高評価に、レッシーは胸を張ってのたまう。

「違うわ。手順書の力よ」

「むっ、私の愛を疑うんですね? でしたら勝負です。どちらがより美味しいモノリコートを作れるかで決しましょう?」

「いいわよ。その勝負受けたわ。掛かってきなさい。モノリコートの味見の年季だけは誰にも負けないわよ」

 味見の能力と、製造能力は違うと思うが放置する。どうせモノリコートは大量に必要になるのだ。


 同じ材料、同じ手順書、同じ器具で製造したモノリコートに差が出るはずもなく、勝負は引き分けに終わるのだった。

試用期間の話です。レッシーを交えてのホルムト新居話は終わりです。コメディエピソードは表現や言い回しに気を回さないといけないんですけど、全体に楽しんで書けるのが良いところですね。

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