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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
人族と獣人族と

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来たりし者達

 デデンテ郷の民は一足先に旅立った若者たちを囲んで都の様子などを聞き出している。得意げに語り始めようとしたマルテは耳を引っ張られて、先ほど逃げ帰った理由をレレムに問い質されているが。


 スーチ郷の民は色んな感情が入り混じって止まらなくなったフィノの涙を止めようと、寄ってたかって宥めたり改めて謝ったりと忙しい。肩の荷が下りたのか、呆けて言葉も無いムジップを力付けたりもしている。


「よくぞお越しくださいましたね、アサルト」

「確かに君の招きだったのもあるが、渡りに船だったのも正直なところなのだ」


 スーチ郷は狩場争いに苦しんでいたのだと言う。

 狩場争いとは読んで字の通り、それぞれの郷の狩場が重なってしまっている状態だ。明確に線引きが為されているわけでない狩場が重なってしまっていると、自然獲物の量である獲れ高は下がってしまう。当然、元は狩場が重ならないよう郷が作られるのだが、人口が膨らんだりすれば狩場を拡大するしかない。その過程でどうしても重なってしまう場合があるのだ。


 その仲裁を行ったりするのが長会議なのだが、それは仲裁に過ぎず強制ではない。

 カラパル郷とエッタイ郷に挟まれていたスーチ郷からの申し立てで仲裁は行われたが、引いてくれたカラパル郷はともかくエッタイ郷は手を引かず狩場を占拠し続けた。彼らは長会議からの連分けによる人口抑制の勧めにも従わず、拡大方向に進んだのだ。

 狩場を失ったスーチ郷は、密林に深く踏み入る方向で獲れ高を確保しようとしたのだが、危険度を増すその狩りで多くの狩人を失っていく。


「俺がもっと強ければ何とかなったのかもしれないのだが」


 アサルト一人で複数の狩りグループを守ることはできず、狩人をも失ったスーチ郷は力を失っていく。そんな中で産まれ、不満の捌け口にされたのがフィノだ。困窮状態を解消すべく、アサルトは冒険者稼業で足りない収入減を補填しようと努力したのだが、身近な後ろ盾を失ったフィノは孤立を深めていき、破綻の時を迎えた。


 フィノが消え、アサルトも失う恐怖に震えるムジップがギリギリで耐える陽々(ひび)が続いたが、獣人郷改革の波がスーチ郷にも押し寄せ、何とか持ち堪えられるのではないかとの楽観が広がる。しかし十分な獲れ高が得られない状態では、郷の維持は困難になってきていた。それこそアサルトが狩ってくる魔獣肉がか細い命綱であるかのように。

 そんな時に訪れたデデンテ郷の一行。彼らの苦境を知っているレレムの進言に縋り付き、スーチ郷の民は集落を捨てて旅立った。新天地での再起を願って。


「そんなことがあったのね」

「厳しい状況下での旅行きをお願いしてしまって申し訳ありません」

「それがそうでもなかったのだ」

 確かにスーチ郷の民の栄養状態が悪いようには見えない。

「実際、国境を越えてからは狩り放題だった。手付かずの地であるとは思っていたが、これほど魔獣の影が濃いとは驚かされた」

「そうね。この辺も浅い場所に弱い魔獣が群れているわ。良い的よ」

「それにこいつが非常に役に立ってくれるしな」

 アサルトが少年を押し出す。

「君も来たんだね、アキュアル」

「うん、カイ兄ちゃん、久しぶり。チャム姉ちゃんたちも」

「いらっしゃい、アキュアル」

 黒狼の少年はチャムに撫でられて嬉しそうだ。

「こいつを預かった責任もあるのだが、何よりウィノがピルスを放さん」

「そういうことかよ」

 フィノと同じ毛皮を持つ艶かしい獣人女性がピルスを抱いている。

「お久しぶりですね、カイさん。お仲間の皆様も、フィノがお世話になっています」

「チャム-。ピルスきたよー」


 ウィノが頭を下げ、ピルスが手を伸ばしてチャムに抱っこをせがむ。チャムに抱き取られたピルスは早速彼女の青い髪で遊び、ウィノと三人楽しそうに話し始める。その傍らでトゥリオはウィノの艶っぽさに当てられて呆けている。


「驚くほど鍛えられていた。正直、アキュアルが居なければ持ち堪えられなかったかもしれん」

「そんな! アキュアルなんかアサルトに比べたら弱っちくて涙が出るぜ」

「嘘ではない。お前はもう十分に狩人だ」

「えへへ」

 照れ臭そうにするアキュアルを見て、彼をアサルトに預けたのは正解だったと思う。

「立ち話もなんですから、休んでください。この少し先になりますが新しいスーチ郷もほとんど出来上がっているはずですから」


 レレムから予めスーチ郷の同行を聞いていたカイは、もう一ヶ所に集落の建設を進めていた。


   ◇      ◇      ◇


 夜になり、ささやかながら歓迎の宴が開かれている。


「そう、君たち兄妹は正式にスーチ郷の子になったんだね?」

「うん、ちゃんとスクレトには断ってきたよ。アキュアルはまだいっぱいアサルトから学びたいから」


 微笑み合う様子を見ていると、毛色の違うオオカミ種同士であるのに親子のように見える。

 ウィノの膝で騒いでいるピルスを見て、フィノも嬉しそうだ。優しい彼女は、十分な愛情を貰えなかった自分より、守り切れずに早くに子供を旅立たせてしまったウィノの辛い心の内を気に病んでいたようだ。ピルスがそれを自分の代わりに取り戻してくれているようで、それを喜んでいるらしい。それでもフィノはウィノの横でべったりとくっついているが。

 こちらは丸く収まってくれてホッとしたカイは、もう一つの問題に向き合うことにする。


「ガジッカ、君はどうする?」

「ガジッカは……」


 まだ迷いがあるようだ。

 シロネコ連とヤマシマネコ連は新たな郷を形作ってこの集落に定住するだろう。しかし、今やキイロオナガネコ連だけになったデデンテ郷はフリギアの獣人居留地に在る。彼の種族だけは遠方に残ったのだ。


「君がキイロオナガネコ連に戻りたいと言うのならば、もちろん、旅の足と旅装と路銀は十分に渡すよ」

「ガジッカ、行っちゃうのにゃ?」

 マルテはずっとつるんできた仲間と別れるのは寂しいようだ。ミルムグループの他の面々も心配そうに窺う。

「残ってくれると言うなら歓迎するよ? 実は君には、と言うか君たちには頼みたいことがある。とりあえずはもう一度ホルムトには付き合ってほしい。それまでじっくり考えておいてくれる?」

「いや、ガジッカは残る」

 グイっと顔を上げて仲間たちを見回したガジッカは決意の光を瞳に宿してハッキリと言った。

「ガジッカが背中を預けて背中を守れる仲間はミルムたちしかいない。戻ってもガジッカは戦えない。彼らと一緒の時だけガジッカは戦える」

 寡黙なガジッカが珍しく展開した長広舌は、仲間たちを感動させた。

「嬉しい。ガジッカ、ありがとう」

 薄く涙ぐんでいるミルム。

「ペピンもガジッカ居ないと困る」

 ちょっと頬を赤らめて微笑むペピン。

「よく言ったにゃ! ガジッカの背中はマルテに任せるにゃ!」

 むしろ守られているはずなのに、偉そうに言うマルテ。

「…………」

 無言でポンと肩を叩いた後、がっしりと肩を組むバウガル。


 トゥリオはうんうんと頷き、チャムは誰もが見惚れるような笑顔を見せる。

「きっと君たちの強さの真髄は、その友情の絆だと思うよ。羨ましいな。僕は仲間を作るのが下手くそだから恩を売るような形でしか信用を得られないからさ。情けない男だね」

 そんなことは無いと口々に否定する獣人たちに苦笑いで応えるカイ。


(嘘ね)

 チャムは心の中で否定する。


 彼は近付ける人間を厳選している。しがらみが増えれば増えるほど全てを守り切れないと考えているから。それは或る種の臆病さなのかもしれないが、だからと言って信頼に値しないとは思わない。

 本当に臆病で人間関係に苦しむなら、いつも全開でなければならない。嫌われないよう見捨てられないよう。彼が余裕を見せているのは仲間を信頼しているからだ。そうチャムは思っている。


「みんな、しっかり英気を養っておいてくださいね! 明陽(あす)はナーフスの子株取りに行きますよ!」


 カイが上げた声に皆が応と答える。

再会の話です。なんだかんだで深く関わった獣人は全部掻き集めちゃってますね。文章にしてみて改めて思っちゃいました。それに関しては最後のほうに触れたカイの信条がそうさせているんでしょうね。これは意図していませんでした。

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