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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
人族と獣人族と

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獣人郷の行方

 グラウドからの名案を期待していたアルバートの落胆は大きかった。とは言えこの場で叱責するわけにもいかず、小声で相談を始める。


(何か無いのか? こういう時こそであろう?)

(無理をおっしゃらないでください。突発的な状況の議論であらばともかく、既に理論武装しているあれ(・・)を論破するのは至難の業でござりますぞ?)

(そなたなら何とかなる。捻り出せ!)

 無茶振りも甚だしい。

(ここは度量をお示しくだされ。後々、私が帳尻を合わせましょう)

(くっ! 全面降伏か)

 不満を飲み込んで、アルバートはカイを見る。


「北部の無用な地につき地税は永年免除とする。当座は人頭税も免除とし、ごうの経済状況の様子を見つつの課税とする。どうだ?」

 フリギアのように元々そこに住んでいた獣人たちに領地を貸与するのとは事情が違う。移民者に非課税の前例を作り上げるのはよろしくないが、トレバ難民と同じ扱いにするのなら言い訳にはなる。最大限の譲歩と言えよう。

「陛下の御英断に感謝いたします」

 カイは跪き首を垂れる。

「慈悲深き陛下に在らせられましては、彼の者たちに新たな住居もご用意いただけるものと信じております」

「甘えが過ぎるぞ?」

「ダメですか。それではそちらはルドウ基金で手配いたします」

 これは拒まれるのを計算してのことだ。何もかもが彼の思い通りでは、国王の体面が保てない。全ての譲歩を引き出したわけではないという見せ掛けに過ぎない。


「ただし、そこで産出される産物に関しては王国の管轄下とする」

 アルバートは意地を見せて強く主張する。どうせナーフスの流通は王国の管理が必要だ。そうでなければ一気に高騰する。そこは譲れないと押しに出た。

「それは困りました。院の子供たちに美味しいナーフスを食べさせてあげたかったのですけど、直接取引を許してはいただけないと?」

「王国を通せ。貢献度は認める故、優先的に回せるようにはしてやろう」

「ありがたき幸せ。重ね重ね感謝いたします」


 言質だけは与えて度量を見せるアルバートだった。


   ◇      ◇      ◇


 謁見の間から退出して部屋で寛いでいると、グラウドより政務大臣執務室への呼び出しを受ける。

「ほら、あまり無理を言うから叱られちまうぜ」

 立ち上がって出向こうとするカイのお尻をポンと叩いてトゥリオが言う。


(きっとそんな用事じゃないと思うんだけどね)

 彼自身も思うところがあるので丁度良い。心配そうな顔をする獣人少年少女たちに「大丈夫だよ」と手を挙げて席を立つ。


 当初は、獣人たちはカイの客であるのでアセッドゴーン侯爵邸にでも預けようかと考えていたのだが、クラインが部屋を用意すると言うので王宮まで同行している。さすがに国賓というわけにはいかないが、冒険者たちと続きの部屋を段取りしてくれた。

 彼らにも、謁見の間での一幕はまさに説明されたばかりであり、自分たちの郷のためにカイが叱られるのは気に病んでしまうのだろう。


 執務室では、グラウドがソファーに掛けて軽く書類を捲っている。執務机に着かないということは特に急ぎの仕事ではなく、カイを待ち受けていたということだ。

「お前、わざとやったな?」

 掛けるよう勧めた後、すぐにそんな風に言ってくる。

「まあそうですね」

 グラウド相手に韜晦したところで全く意味は無いので、さっさと認めてしまう。

「済まんな。気を遣わせて」

「構いませんよ。僕はとうに悪役です」

 相手によっては、という意味だ。


 この件に関して、彼が内々に話を付けるのは難しくない。一番の近道はグラウドを納得させる方法。そうすれば自動的に御前会議に掛けられ、簡単にとは言わないまでも通るのは間違いない。

 そうはせずとも、アルバートと二人で話して内定を貰っておいてもいい。利点を連ねて書面で上申する手もある。これもカイが手管を弄せば、天秤を傾けるのは苦も無いだろう。それなのにあのような場で大々的に結果を引き出したのは、アルバートの体面を保つためだ。


 保守派は魔闘拳士が厚遇されるのを善しとしない。その彼が裏から希望を通せば(またしても)と感じるだろう。(国王は魔闘拳士に甘い)と不満がいや増してしまう。

 しかし表立ってアルバートに対してゴリ押しして無理を通せば、その反感はカイに集中する。国王の権威を一顧だにしない魔闘拳士が悪いのだという結論に達する。保守派の首魁辺りになればこの程度の策で誤魔化せはしないだろうが、小物共の留飲は下がるはず。アルバートの権威は保たれるという算段だ。

 だからグラウドは謝った。トゥリオの叱られるという予想は的外れだったのだ。チャムは不安を口にするフィノを宥めていたところを見ると、カイの意図はお見通しだったのだろう。


「でも、なぜ献策なさらなかったのです? 侯爵様ならば策の三つや四つはすぐに出せるでしょうに」

「まあな。無くもなかった。最も単純なのは物品納税策か?」


 それは獣人郷からの産品、この場合主にナーフスであるが、それで納税させる方法だ。無論それではカイは引き下がらない。彼の目標は、フリギアの獣人居留地相当の待遇である。

 獣人の負担を軽くするために土地買取を申し出ているのに、物品納税を是とはできない。だがそれで押して一度持ち帰らせておいて、内々にナーフス買取単価で補填すると言い含めて納得させる形を取る。そうすれば国王の権威は保たれ、魔闘拳士が折れたように見せ掛けられる。誰も傷付かないで済む。


「そうなされればよろしかったでしょうに?」

「いや、それだとナーフスの権利を王国で独占できん。陛下の一方的勝利では、連中は嵩に掛かって権利争奪戦になってしまうだろう。その権益は大きいと誰にでも分かるからな」


 故に一度アルバートに負けてもらっておいて、ナーフスの権利だけは王国で取り上げるよう囁いたのだ。そうすれば国王の唯一の戦果には誰も手が出せなくなる。煩くさえずりだそうとする者を黙らせられる。


「そこまでして侯爵様はナーフスを確保しておきたかったのですか?」

「無論だ。非難の芽は摘み取っておくべきだろう?」


 フリギアとのナーフス交易は確定路線だ。ロアジン会談でもそれは大きな議題として取り扱われ、一応の決着を見ている。フリギアがホルツレインに対して一定単価で一定量のナーフス輸出を保証する限りは、ホルツレインはフリギアに対してモノリコートの一定量輸出を保証するというもの。

 これを崩す必要は無いのだが、最低限のナーフス流通量確保は必須になる。もし仮にフリギアとの関係悪化が起こってしまった場合、世に出回るナーフスが失われてしまえば貴族も民衆も王国の無策を批判し始めると予想できる。既得権を奪われた者は誰かに非難の目を向けるからだ。


 それを防ごうとするならば、最悪の場合でもナーフスの流通を途切れさせないようにしなければならない。満足な量とはいかなくても、全く無くならなければ多少の我慢は利くもの。王国が権利を完全に握っているナーフス流通は保険として十分に機能してくれる。

 グラウドはそれを欲していたから、どちらにもくみせず必要な権利だけを手中にしたのである。


 国家の中枢に座るということは、これほどまでに未来を睨んだ判断を要求される。グラウドの苦労を、カイは察するに余りあるものだと思う。まだまだ彼には学ぶべきことが多いようだ。


 政治向きの話を嫌うカイだが、望みのためには努力は欠かせないのだと自らを戒めるのだった。

待遇と思惑の話です。非常に重たいですねー。リアリティの為には政治的側面も描かなければと思うんですが、加減が出来ているかどうかは微妙に思います。

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