英雄の帰還(4)
カイとチャムはバーデン一家を見送り部屋に残る。チャムは「外すわね」と遠慮しようとしたのだがカイは止めたのだ。
少し場の空気が変わったのに気付いたのだが、止められたからには何か伝えたいことがあるのは確かなのだろう。
「それで、カイは帰れたのかしら?」
「うん、帰ってた。姉さんに泣かれたよ。全く予想外で面喰らっちゃった」
「どんな言葉が交わされていても姉は弟を案じているものなのよ」
遠回しに非難されて自らの所業を振り返って舌を出す。
「では、突っ込んだ話をしなければならないのだが…」
「チャムには話しておかなきゃいけないことだから」
ここでクラインは一拍置いてカイに目配せを送って訊ねてくる。
それはホルムトで打ち明けようとしていたのだから構わない。
「うむ、あとの者に関しては信用できるので問題ないのだが、これから聞く話は内密にしてほしい。機密事項というわけではないが流布されると影響が大き過ぎる」
見回してクラインが告げる。
部屋にいたのは王太子家を除けば近衛騎士のハインツと控えている専属メイドのフラン。
二人は「御意に」と返す。
「セイナとゼインも誰にも話してはいけない。他に知っているのは陛下と妃殿下、政務卿くらいだから」
父のいつにない様子に二人も身構える。
「よろしい」
そしてクラインは、カイが異なる世界からの来訪者であると告げる。
この六輪の不在期間は彼が本来の世界に戻っていたからだという。不在期間に関してはカイとクラインの間の認識に齟齬があるのだが、そこに言及すると余計に面倒な話になってしまうので避けておく。
それでなくともカイは既に隣に座っていたチャムの両手が首に掛かって、ガックンガックンと揺すぶられているのだ。
まあ、カイにしてみれば、そうなるだろうなくらいに思っていたので性急に弁明などしない。チャムの怒りが治まるのを待ちの一手だ。
エレノアはその様子を(まあ、仲が良いのね)とばかりに微笑ましく眺めていたのだが、他の者にしてみればそれどころではないようだった。
セイナはゼインに「姉さま、異世界って何?」と訊かれて答えあぐねている。
自分でさえ呑み込めていないものの説明を求められても困る。諦めて母に駆け寄って訊ねると「すっごく遠くよ」と答えられて一応の納得を見る。幼いゼインにとってそういう概念はそんなに重要なことでもないだろう。
ハインツは「異…、世界?」と呟いていたが、理解に及ぶにはまだ少々の時間が必要なようだ。
そして、いつも冷静で理知的で優秀なメイドのフランは、目から光を失って意識を彷徨わせている。
「で、戻ってきたということは懸念は晴らされたと思っていいのだろうな? また迷い込んできたのではあるまい?」
カイは日本に戻ってからのことを語る。
すぐに実家に戻ったこと。両親に謝罪し、受け入れられたこと。失踪の後処理に方々を奔走したこと。姉の結婚が決まっていたこと。そして、頼りになりそうな姉婿さんに両親を託してきたこと。
また姉を泣かせてしまっただろうが慎二朗氏がいればすぐに立ち直れるであろう。
そして幸せな家庭を築き、いつか自分は頭の片隅に残るだけの存在になるだろう。それで十分だと思った。
感傷的になっているといつの間にかチャムが自分の頭を撫でている。
「一応、大変なのは大変だったみたいね。異世界のことはよく解らないけど」
気遣いが染みる。
カイはチャムに着いてきてもらった自分を褒めてやりたいと思う。
「それはそれ、これはこれ。こっちに来てからのことくらいは詳しく教えてくれるんでしょうね?」
気遣いは速攻で取り下げられた。
褒められて増長した自分を少し恨めしく思う。
そして、カイは異世界に来てからの出来事を語り始めたのだった。
英雄の帰還、これにて終了でございます。次から異世界過去編になります。カイが異世界に来てからサーガに歌われる英雄になるまでを綴ります。結構長くなると思います。




