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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
新領視察行

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セネル鳥の話し合い

「キュルル、ルーリルキュリ、キュラル!(人の世の理に従いましたことながら、罷り越してございます、強き王よ!)」

 赤茶色のセネル鳥(せねるちょう)の挨拶に紫色のセネル鳥が答える。

「キュキュルル。キュリッキュ(ご苦労だ。皆休め)」

 鷹揚な紫色の王の言葉に感銘を受けつつ、赤茶色のセネル鳥は服従の姿勢を解いた。


 カイの呆れるような視線を受けつつ、(どうしたものか?)と思うパープルである。


   ◇      ◇      ◇


「我ら、人間じんかんに生まれながら王の前に在れること、幸福に思います」

 赤茶色のセネル鳥は感動冷めやらぬ様子である。


 セネル鳥の間ではある程度以上の規模の群れの頭首リーダー、及びそれに準じる力量を持つ者を『王』と呼ぶ。今回の場合は後者に当たる。彼らには一目で同胞の力量はある程度見えてしまう。赤茶色はパープルを見て、遥か高みに在る者と見定めたのだ。


 赤茶色のように、卵の時から人の飼育下で生まれた者たちが『王』に出会えることは稀になる。彼らが『人間じんかん』と呼ぶ人間の設定した環境下で生まれ育ったセネル鳥は、長じれば人と慣れ人と共に在り人の足となる定めに在る。

 その生き方では、人目を避ける野生の大きな群れや、慎重で器用に立ち回る強いセネル鳥との邂逅は望むべくも無い。運が良くとも遠目に眺めるのが精々だろう。

 『王』と呼べるほどの者に出会えた赤茶色の胸の内は推して知るべしである。


「俺は野生に育った。人間じんかんに生まれし者たちの気持ちを知らん。群れを望むものなのか?」

 これはパープルの正直な疑問である。生活の形態が違い過ぎて、一方しか知らない者は想像するしかない。

「それは本能に根差す性質なので欲求に近い衝動がございますとも。誰もが強き王に率いられ草原や山林を駆け回ることを夢見まする」

「そんなものだろうか。労働の義務は有れど飢えることも命の危機も向こう岸にある者が」


 赤茶色は野生に生きる憧れを説くが、セネル鳥は人に飼育されその管理下で働くのを嫌ったりはしない。仲間思いで危機には勇猛に戦う彼らだが、基本的には温厚で従順な一面が強い。人に飼われても大きな不満は抱かないのだ。


「確かに苦境はありませんが、思う存分駆ける自由もございません。それが小さな不満にはなりましょう」

「そうか。俺も今は人間じんかんに在るが、我が主は望めば幾らでも駆けさせてくれる。恵まれているだけか」

「おそらくそうよ。騎鳥になれば普通は繋がれて眠るものだもの」

 補足してきたのはブラックだ。彼女は優しく思慮深い。赤茶色の気持ちを汲んだのだろう。

「そりゃ野山だって色んな物があるけど、人間じんかんほどじゃないでしょ? 人間だって面白いのはいっぱい居るし、人間の子供はかわいーし、たのしーことあるじゃん」

 イエローの言葉は軽い。享楽的な彼女はどこに在ろうが楽しみを見つけるだろう。

「我は美しき主の守護の士である。今の生き方を変えたいとは思わん」

 対してブルーは非常に堅い。チャムへの忠誠を抱いた彼は、他に生き甲斐を感じることはもう無いと解る。

「いつもこうでな。よくもこんな連中がつるんでいると思うが」

 大きく表情には出せないものの、苦々しい感情がつい口を吐くパープル。

「それは王の器量というものでしょう?」

 赤茶色の言葉にも僅かな笑いが込められている。


「強き王の下に集えば我らはより強く在れるというもの。それを望むのも本能だと思っていただきたい」

「解った。だが俺たちは猛き主に仕えている。其の方(そのほう)らのリーダーにはなれん。それは分かってほしい」

「あの方でありますか…」

 パープルがチラリと見る黒髪の人間のことだろう。一目でそうとは分からないが、観察していれば無類の強さの片鱗が垣間見える。それはパープルほどの王であれど仕えたいと思うであろう英傑の匂いを感じさせる。

「そうでありましょうな。それも我らの本能」

「話が早くて助かる。俺達には不満らしい不満も無く、今の暮らしを満喫している。勇ましくも心優しき主は俺たちさえも友と呼んでくれる。我が忠義を捧げるに相応しき者は他には考えられん」

 パープルはしみじみと言う。これほどの幸運に恵まれることはどんなセネル鳥にもそうそうあることではないと思う。

「其の方らはセイナ様に仕えることになろう。幼くはあるが心優しく賢きお方。多少の不便があっても、優遇はされるはずだ。何も心配は要らない」

「王のお言葉とあれば疑いもありませぬ」

 パープルであれば、人の群れ()と対しても一蹴するほどの強さを持っているだろう。その彼が言うのだから、新しい主は忠に値する人間だと赤茶色は思った。


   ◇      ◇      ◇


 テーセラント公爵一家との別れを惜しんだセイナが挨拶に時間を費やしている間にセネル鳥の話し合いは済んだようだ。あの姿を見せれば、セイナはちょっと対応に迷って悩んでしまうかもしれないと思ったカイはホッとする。

 時間に追われる一行は、慌ただしくも挨拶を交わしつつその場を後にした。最後にバルトロとがっちり握手したトゥリオは「またな」と彼の肩を叩く。親交を確かめる時間くらいは取れただろう。


 再び国境杭を踏み越えた一行はホルツレイン国内に戻った。特に不埒に及んだわけではなければ、相手国の要人の許しを得ての行動であったのに、なぜか背徳感が否めなかった彼らは少し落ち着いた様子を見せる。お忍びを繰り返す者というのは、この背徳感を快楽と感じるのかとクラインは思ったものだ。


 夕陽の中、ゆったりと進む一行。思いついたように馬車の扉が開いて、セイナが姿を現す。

「キーゼ殿、彼らには名はあるのでしょうか?」

 バルトロから紹介された、自分の純白の騎鳥に乗る御者の名を呼び問い掛ける。

「売り手が現れた者には買い手が名付ける習わしになっております。よって歳若いこれらはまだ名無しです。どうか名付けてやっていただけませんか?」

「わたくしですか…」

 戸惑いを隠せないセイナ。

「カイ兄様、パープルたちと同じようにお願いします」

「ダメだよ、セイナ。君が主人なんだから、君が名付けてあげなきゃ」

 言葉の通じない、焦げ茶だったり薄茶だったりする通常セネル一羽一羽に名付けるのは無理だが、色とりどりの属性セネルたちは名付けてやらねばならないだろう。

「で、では……」

 彼女は俯いてかなり迷った風だが、頭を上げて呼び掛ける。


「赤茶色のあなたはカリクです」

「キュイ!」

 並走している冒険者たちは苦笑い。それは彼と同じ赤茶色をした果実の名ではあるのだが、果実を直接口にすることは少なく、主に果実酒の名として知られる。この世界では普通に食卓に上る食事酒である。

 しかし本鳥ほんにんは満更ではなさそうだ。やはり名を持つのは嬉しいらしい。


「白いあなたはクルムにしましょう」

「キュイキュ!」

 カリクの皮と表層の果実を削って、内部の白い果実だけを用いて発酵させた、透き通った酒の名がクルムである。こちらは子供が口にすることは無い強い酒だ。


「こっちの桃色の子はナンチェね」

「キュルル!」

 カリクの皮だけ剥いて発酵させず、冷やして飲む果汁をこう呼ぶ。薄桃色の鮮やかなジュースである。彼女は気に入ったようだ。


「緑色の彼女はピッケ」

「キュキュイ!」

 快活そうな返事をした女の子には、緑色のお茶の名が付けられた。落ち着く香りのするお茶の名が相応しいかは疑問だが。


「黄と白のあなたはファランにしようかしら」

「キュ」

 白い羽根を基調に黄色い羽根が混ざり、鮮やかな赤い飾り羽根を持つ艶やかな子には、花茶の名が与えられた。お淑やかな感じのする彼女にはお似合いかもしれない。


 ただの色で名付けたカイに比べればセイナのほうがセンスがあると言えるだろう。

「よろしくね、みんな」

「キュラー!」


 元気の良い鳴き声(こたえ)が草原に響き渡る。


   ◇      ◇      ◇


 後にホルツレイン王宮の敷地にはセネル鳥専用の厩舎が設けられる。それは休眠舎と抱卵舎とに分けられ、彼らの暮らしの場ではあったがそこに繋がれることは無かった。放たれた彼らは敷地中の各所に見られ、王宮は雑草木の繁茂や毒虫の繁殖に悩まされることは無くなったと言う。


 それはセイナの功績として讃えられることとなった。

セネル語?の話でした。彼らがセイナの下に来て、ホルツレインでの繁栄を築く第一歩となるエピソードがこれになります。今後に関して軽く触れる予定はあるのですが、深く描くのはちょっと考えものです。これ以上、名前を考えるのがしんどい(笑)。

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