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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
新領視察行

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プルスの当惑

 次の()、クライン達はプルスの先導を受けて高台の一画を見て回っている。


「あの建物を解体して、この一帯を均せば敷地の確保はできそうだな」

「はい、仰せの通りかと」

「ここなら街全体から見えるだろうし、条件に合っているのではないか? 作業性のほうはどうだ?」

「大きな障害も段差もございませんし、どうとでも致します」

 プルスは専門家ではないので、現地の建築技師も同伴しての選定作業だ。


(それにしても…)と彼女は思う。クラインがエレノアと腕を組んで歩いているのはいい。当たり前のことだ。しかし王孫方が獣人少女を挟んで手を繋いで追随しているのだ。ホルツレインでは絶対に見られない、有り得ない光景と言っていい。驚きを通り越して、呆れに近い感情が湧き起こる。


「変だと思うかしら?」

 いつの間にか隣に来ていたチャムに問われてハッとする。完全に表情にあらわれてしまっていたらしい。

「いえ、その……。まあ……」

「正直ね。政治家としてはともかく、美徳だと思うわ」


 比較的安全な街中とあって、随行しているのは近衛騎士五名とフィノ、トゥリオとそしてチャムだけである。カイは朝から「冒険者ギルドに行ってくるー」と言って出掛けていった。換金絡みとちょっとした用があるらしい。

 本人はそうとは言わなかったが、街の状況の探りも入れに行ったのだろう。冒険者ギルドという場所は色々と情報が集まってくる。真偽のほどは怪しげなところはあるが、手当たり次第に拾い集めるのには向いていると言えようか。

 何気なくではあるものの、彼も神経を使っているのだとチャムは思う。


「貴女がどんな信仰の下に生きているかは知らないけれど、獣人排斥思想があるなら時代遅れになると思うから表に出すべきではなくてよ」

「そんな思想は持ち合わせておりませんわ。ただあまりにも見慣れなくて」

「慣れるには良い機会だと思うことね」


 プルスはこの美女が読めないでいる。その美貌に気圧けおされているのは否めないが、それだけではないように思えてならない。

 彼女が魔闘拳士の中で重要な位置を占めているのは間違いではなさそうだ。しかしその発言力が魔闘拳士の動向を大きく左右しているわけでもないように見える。英雄を誑かして取り入っているのではないのは確かなのだが、控え目にしていると装って観察されているような感覚がある。

 それが周囲に向けられているなら自衛のために警戒されていると納得できるのだが、主に魔闘拳士本人に向けられているのが解らない。

 その緑眼の奥に潜んでいる思惑が全く見えてこないところが恐ろしいと感じてしまう。赴任地にある今は儘ならないが、機会があればアセッドゴーン侯爵が彼女をどう考えているのか聞いてみたいと思った。


「良かったじゃない。カイは貴女を認めたみたいよ」

「魔闘拳士様のお眼鏡に適ったのでしょうか?」

「ええ、そうでなかったら外したりはしないもの。あの人は噂なんかで評価はしない。必ず自分の目で確かめるの。そう聞かされると逆に怖くなってしまうだろうからあまり言いたくはないのだけれど」

 悪戯っぽく笑う美貌にも崩れない気品が滲み出ている。前に居るこの国最高峰に在る貴人方にも劣らない品格が余計に彼女を理解不能にしている。

「きっとゼインやセイナの傍に置いても問題無いと判断したのだと思うわ。二人には貴方から何か得られるものがあると思ったんじゃないかしら」

「それは王孫方の前では大人で在れと望まれているということですのね?」

「物分かりの良い人は私も好きよ」


 それならば魔闘拳士はチャムと名乗るこの女性の何を思って、自分や王孫方の側に置いているのだろうと考える。確かにこの謎めいた美女には色々と隠されているものがありそうではあるが。

 しかしそれはプルスの邪推というものだ。自分がそうであるように、計算高い人間はつい人間関係にも損得勘定が差し挟まれていると思ってしまう。それがカイの少年のような恋心の結果だと純粋には思えないのだ。


 大人と言えど、主観に塗れた生き物なのである。


   ◇      ◇      ◇


 王太子府予定地の選定を終えて、一行は大規模市場の建設現場の視察をしている。

 スーア・メジンはその位置取りから当然、大量のフリギア産品が陽々(ひび)続々と入ってくる。商会の商人なら直接フリギアに買い付けに向かうが、一般人や少人数の行商人は関で通行税を払ってまでフリギア産品を求めたりはしない。そういう人間たちはフリギアへの窓口とも言えるこのスーア・メジンのような都市に買い出しに来るのである。

 もちろん商品には商人の払った通行税分が上乗せされているのであるが、それは一品一品に分割されると気にならない少額になる仕組み。一般消費者はそれで納得する。


 そういった消費者向けの大きな開かれた市場が必要だろうとグラウドから指示を受けているプルスは、この市場建設にも力を入れている。一部は既に完成して営業しているものの、かなりの部分が未だ建設中である。

 現状、大工は各所に引っ張りダコな状態だ。大工だけでは手が回らず人を使うことになるのだが、その中からまた技術を盗んで大工が生まれてくることだろう。そこには好循環があると思える。王太子領の活況にも寄与できるはずだ。


「ご苦労様です。順調なようですね?」

「領主様が良くしてくださるんでワシらは働きやすいです。助かっとります」


 模範解答とも言えるが、表情がそれが本心だと物語っている。プルスは領民にも好かれているのがそれで分かるというものだ。彼女に任せておいてもスーア・メジンは発展していくだろう。クラインは自分がどう関わっていくかは再考の必要があると感じていた。


「ただいまー」

「あら、早かったわね?」

「本当にちょっとした用事だったんだよ」

「どんな感じ?」

「何も無いね。不平不満が全く無いって言えば嘘になるけど、それはあれが足りないこれが足りないっていう些細な問題。時間が解決する」

 ニッと笑いながらカイが言う。探りを入れに行ったのだということくらい、チャムには読まれているのだと彼は当然のように思っているようだ。

「はい、どうぞ」

「美味しそうね?」

「気が利くじゃねえか」

 彼が取り出したタレ焼きの肉串はまだ湯気を立てて美味しそうな匂いを漂わせている。それを見たセイナやゼイン、フィノもワッと寄ってきた。

「わたくしにもください!」

「僕もー」

「焦らなくてもちゃんとあるから。焼いている分、買い占めてきたからね」

 渡された肉串を頬張る子供たち。

「え? よ、よろしいんですか?」

「何がだね?」

 プルスは戸惑ってクラインに視線を送る。普通、王族はこんな街中で入手した怪しげな物など口にしないと当たり前のように彼女は思っていた。しかし目の前の光景はそれを裏切っている。

「せめて毒味くらい……」

「カイが持ってきた物なら問題無い。私にもくれ。小腹が空いてきたところだ」

「いいですよー」


 自分にも渡された肉串をしげしげと眺めていると、クラインに説明される。変性魔法を使えるカイならば、毒が入っているかどうかを看破するなど造作も無いことだと。その光景が彼らには普通なのだと驚きと共に受け入れるしか無いようだ。


「よくここが解ったな」

 あどけない顔をしてケラケラと笑いながら肉串を平らげていく二人とフィノを見つめつつ、クラインは訊く。

「簡単ですよ。街の人に『偉そうな人が通らなかった?』って訊けばすぐに答えてくれますから」

「むう。そんなに偉そうにしているつもりは無いのだが」

「本人がそうとは思っていなくとも、普通の人にはそう見えるんですってば」

 それでもクラインは不満気だ。

「その点、あなたは楽よね。平服を着てればすぐに街に馴染んでしまうもの」

「そう僕は全然目立たないからね……、って悪口じゃん!」

「ごめんなさい、つい本心を」

 そう言いながら、チャムは口の端に付いたタレを拭ってやっている。それでニヤニヤしているのだからチョロいものだ。

「街の者は何と言っていた?」

 クラインは自分が来たことに対する民の反応を聞き出している。そうやってクラインが民の生の声を収集しているのだとプルスは知る。


 自分も情報収集法に工夫が必要だとプルスは思うのだった。

街の視察の話です。今回はちょっと毛色を変えて、第三者目線で見る彼らの行動を描いてみました。大きくはなくとも常識からは外れている彼らは珍奇に映ってしまう。そんな感じの話でした。

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