王太子府
セイナたちに手を引かれて四人も夕食に同席させてもらう。プルスの側でもそのつもりであったのか、最初から席はあったように見えた。彼女自身、事情をよく理解しているらしい。
「良く治めてくれている。街の様子を見て驚いた。これほどならトレバの残党共が潜む余地などありはすまい」
クラインは、プルスが善政を敷き、印象を良い方向に導くことで操作してきての今の形だと思っている。
「滅相もございません。王国が隅々まで行き渡るよう支援の手を伸ばしているからこその今でございます。それ無くば、ここでどれだけ声高に叫ぼうと街に逃げ込んでくる難民が他地方の窮状を伝えてしまうでしょう。そうなれば統治も儘ならず治安は低下する一方であったと思えます」
プルスが正直な現状認識を伝えるに及ぶと、クラインの視線は柔らかなものになる。
「それでも何くれとなく困り事は出てくるはずだ。それを貴女が上手に解決していなければ難しいことだと私は思うが?」
「ありがとうございます。私なりの努力を評価していただけるのはこの上ない喜び、光栄の極みでございます」
あまり謙遜が過ぎるのも印象が悪い。彼女は姿勢を正して一礼する。
「何よりルドウ基金の活動が助けになっております。魔闘拳士様には感謝を」
「おや、そうですか?」
急に矛先が向いて驚いた振りをするカイ。話の流れに注目はしていたが興味のない様子を見せていたのだ。それくらいの韜晦はしておかないと彼女の本質が見えてはこないだろう。
「孤児たちは飢える暇もなく、仮の施設に次々と保護されております。彼らは衣食住に恵まれ元気にしていますよ。その傍ら、本格的な孤児院建設に資材がどんどん入ってきておりますが、建設に関してはそのほとんどが現地雇用で賄われる方針のようで、雇用対策に大いに貢献していただいております」
これは確かにカイが指示したものだった。
もちろん人員も送り込んだほうが孤児院建設は速やかに進むだろう。ただそれでは孤児が救われるだけで終わってしまい、現地の活況は望めまい。
街の復興・好況あればこそ院の託児機能を導入できるというもの。そのために今は遅滞があろうとも、王国とは違う側面から物と金を注ぎ込んでいるのだ。それが後々、新領の活況と孤児の自活に繋がると信じて。
「職員が手腕を発揮してくれているようですね? 僕は名前を貸しているだけですから」
「それは妙な話ですわね。あの利発なベイスンが、魔闘拳士様とも知らずあれほどまでに尊敬を捧げている人物に非常に興味があったのですけど?」
プルスが悪戯っぽい表情で理由を暴露してくる。見透かされているような感じがしたのは、どうもその所為らしい。
「貴女は侯爵様にご縁のある方だったのですね? それではつまらぬ韜晦など鼻で嗤われてしまうというものです」
「そうまでは申しませんが、貴方が諸事に深い見識をお持ちの方だとは存じ上げておりますことよ」
腹を探り合うような遣り取りに、トゥリオが食事が不味くなると言わんばかりの表情を浮かべているが放置しておく。
「なるほど。侯爵様はこの地をそういう風に考えていらっしゃるのですか。それは聞いていませんでしたね、クライン様?」
「どういうことかな、カイ?」
グラウドが、ベイスンを引き合わせるほど親しくしている縁者の中から彼女を選んだということだ。
選りすぐりの手駒を派遣するのは、このスーア・メジンを今後重要都市に位置すると考えていると思って間違いないだろう。それならばそこにはアルバートの意向も入っていると容易に想像できるし、それはクラインにも当然伝わっているはず。
「いえ、別に僕は政治向きの話にまで深く関わるつもりは毛頭ありませんので蚊帳の外でも構いはしないのですけれど、それならゼインたちの試しのネタにして彼女の手柄を取り上げるような真似はしなかったというだけです」
「皮肉るのは勘弁してくれ。君のは胃に響くんだ。ただ、この視察に於いて、君がセイナやゼインに関わる部分に関しては極力口出ししないとエレノアと話してあった。それだけだと受け取ってほしい」
「そういう話でしたか。なら遠慮は不要だと思って良さそうですね」
「少しは配慮してくれ。それは違う意味で胃が痛い」
最近は王宮での評価も著しく上がっている王太子が、こうまで簡単に手玉に取られている様子を見れば、グラウドに聞いていた人物評は間違いのない事実だとプルスは思う。
食事が一通り済んだところでクラインは居住まいを正す。
「本来なら十分に視察を済ませてから決断しようかと考えていたのだが、プルス嬢がスーア・メジンを把握してくれているようなので問題無いかと思う」
食卓に着いている者たちを見回してから彼は宣言する。
「ここ、スーア・メジンに王太子府を開こうと考えている。明陽からは立地を確認して、執政府に充当する施設を新たに設ける場所を選定するつもりだ」
「それでは今後、こちらに居を移すことになるのですか?」
住み慣れたホルムトを離れるのには当然不安があるのだろう。エレノアが陰りのある表情で問い掛けてくる。
「いや、こちらは基本的に引き続き代官を立てて統治を行う。遠隔地からの統治も遠話器があるから可能だ。重要な案件の判断も時間を掛けること無く迅速に処理できよう。ただし、輪の三分の一、三往ほどはここで執務しようと思う。現地の匂いというものがある。それを肌で感じなければ民に添う統治はできないであろう」
「陛下もお心を決められておられるのですね?」
確かに遠話器があれば時間の問題は解決できるだろう。だからと言ってこれだけの決定をクラインの一存で決められるわけがない。これは予め決められていた流れなのだ。この一件に関して視察は確認作業に過ぎなかったのだとエレノアにも分かる。
「これはまだ決定事項ではないのだが、私は単身で動くつもりは無い。こちらに来る時も家族で移動しようと思っている。陛下のお許しもいただけるはず。なに、輪に一度の家族旅行とでも思っていてくれ。そのうち、周辺の産業も回復してくるだろう。そうすれば珍しい産物も楽しめるというものだ」
「わたくしに異存はございません。殿下の御心のままに」
人前とあってエレノアの対応は妃らしいものになっている。
「それではこちらに王太子府が開かれるまでは尽力させていただきます」
プルスは重役を果たした様子で笑んだまましみじみと言う。
「なぜだ?」
「私はお役御免でございましょう? 殿下には殿下のご意向をよく知る懇意にされている高位の政務官が居られるのでは?」
「いや、それは考えていない。貴女は私の指示では動けないか?」
「私は政務卿閣下に推挙を得て、内務卿閣下のご指示で着任しておりますれば、その……」
留任となればクラインの配下に加わることになる。それにはグラウドの許可が必要になると彼女は言っているのだ。
「それは私が話を付ける。正直に言おう。陛下も政務卿もここスーア・メジンが対フリギア王国の交渉と貿易の要になると考えている」
フリギアがロアジンを旧トレバ南部統治の要として人を置くのは間違いないと思われる。そこから二陽余りの距離に幹線街道で繋がるスーア・メジン。そこを交渉拠点と見るのは自然な流れだ。
「重責となるのは申し訳無いと思う。どうか私の下で働いてくれまいか?」
そうまで言われては彼女にも否やは無いのだった。
王太子府設置の話です。という事でプルスがクラインの配下に加わるまでの流れでした。今後、彼女がストーリー上、大きな役割を演じる予定は無い(あくまで予定です)のですが、クラインの片腕としてホルツレインの重要人物になる形です。




