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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
新領視察行

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231/892

新領の代官

 街門では代官、正確には地方統治代行官が待っていた。報告を受けた彼女は飛んできたらしい。勇ましくもスカートのまま騎乗している。


「ようこそおいで下さいました、殿下。未だ多少の懸念はございますが、のんびりとした所ですのでごゆるりと滞在いただけると幸いです」

「世話になる。数陽(すうじつ)を予定しているが、よろしく頼む」

「スーア・メジンにようこそ」


 彼女はプルス・クスファーケン。騎士爵家の娘ながら政務を目指してよく修め、抜擢されてスーア・メジン代官として赴任している。剣の心得もあるところも危険地への派遣理由の一つだったのかもしれないが。

 クラインはそれを聞いた時、失礼ながら武張った男勝りな令嬢を想像していたが、実際には笑顔の可愛らしい普通のお嬢さんだった。

 プルスは居並ぶ騎士の列に目をやると目配せを送っていた。カイはチャムやフィノと目を合わせて「ん?」という顔をする。彼女らも気付いたようだ。トゥリオは大あくびをしているという相変わらずの無頓着さだった。


 守備隊に囲まれたプルスの先導で大通りを進むと、予想外というか予想を遥かに超えた歓待ぶり。両脇に並んだ市民は盛んに手を振り、声が掛かる。


「クライン殿下ー!」

「王太子殿下ー!」


 若い娘たちが白い布をしきりに振っては馬上の美形の気を引こうとする。

 クラインは普段は車中に居るが、彼の馬も騎士に引かれて随行している。こういう時に用いるためだ。

 彼が娘たちに気付いて手を振ると「キャーキャー」と騒いでいる。


「御子様方よ」

「何とお可愛いらしい」


 馬車の扉は開け放たれそこからセイナとゼインが街の様子を窺えば、婦人たちの顔が綻ぶ。


「ママ、大きな鳥に乗ってる人が居るよ。お金無いのかな?」

 煌びやかな騎士の鎧に男の子が憧れの目を向ける中、一人の女の子がそんな声を上げる。大歓声の中でありながら、その年頃の女の子の声は妙に通ってしまったりする。

「しっ! 言ってはダメよ。どちらかの騎士様の下男か何かなんだから」

 女の子を諫めようとするばかりに母親の声も大きかったりするのが悲劇だ。

「くふっ! 下男だとさ」

「いいんですよ。場違いなのは重々承知していますって」


 失笑するハインツにカイは口に尖らせながら応える。母親の「ほらみろ」という視線が痛い。どうやら彼女の中でカイはハインツの下男確定だ。

 こういった列の中にあっては、風采の上がらないと見える彼はどうにも悪目立ちしてしまうのは否めない。


「私はどう見えているのかしら?」

「近衛騎士の誰かの嫁とでも思われてるんじゃねえか? もしかしたらカイはその下男だって勘違いされてるかもしれねえぜ」

「チャムなら僕は喜んでかしずくけどね」

「止して。私にそんな趣味は無いわ。ましてや自分より強い男に傅かれるなんて矜持プライドはズタボロよ」

 笑いながらあっけらかんと言うのだから冗談だと分かる。


 そんな遣り取りをしているうちに一段高い位置に聳える立派な館に辿り着いた。元は貴族の領主館だったらしいが、今はプルスの居館として執政の要の建物となっている。

「お部屋をご用意させていただいております。まずはゆるりと長旅の疲れをお癒しくださいませ」

「助かる。気遣いに甘えよう。感謝する」

 旅の後であれば屋根のあるところで寛ぎ、湯で身体を清めるだけでもひと心地つくものだ。文官らしからぬ女性らしい配慮ができるのもクラインの中でプルスの評価を上げる。

 お辞儀するプルスに手を挙げて応えると家令に案内されて館の中に消えていく王太子一家。


「騎士の方々はこちらへ」

 家人が馬を預かり馬房に引いていく。それとは別に控えの間に騎士たちが案内されようとするが、内の一人をプルスが引き留める。

「ハインツさん」

 それを予測していたのかハインツは直立したまま言葉を待っている。

「ファリアは元気かしら?」

「はい、元気にしておりますよ、義姉上」

 セネル鳥(せねるちょう)たちをどうしてもらおうかと思案しつつ後方で待機していたカイは「あ、なるほど」と呟く。

「あの子は私と違って家事も得意で明るいから心配はしていないのだけれどね」

「は。自分はこの通り武骨者ですので、彼女が話し掛けてくれることで上手くいっている気がします」

「私も嬉しいわ。あの子には幸せになってほしいもの」

「義姉上のご期待に沿えるよう努力いたしたいと思います」

「あら、貴方が浮気でもしない限りは泣くようなことは無くってよ」

 近衛騎士は戦々恐々といった風情。

「う…、それでしたら心配ないかと…」

「そこは胸を叩いてほしかったのだけど?」

「…申し訳ございません」

 どうにも口では絶対に勝てない相手らしい。


「ぷふっ」

「笑っちゃダメよ」

「頑張ったんだけどね」

 カイはハインツに横目で睨まれる。

「お恥ずかしいところをお見せしました、魔闘拳士様」

「あら、珍しく見抜かれたわよ」

「なかなか無いことだね」

「簡単でしてよ。身のこなしが全く違いますもの。恐ろしいくらい隙がありませんわ」

 場所柄が場所柄だけあって街中でもカイは警戒を解いていない。そこを見られていたらしい。

「とても文官とは思えませんね?」

「誉め言葉と受け取っておきますわ。義弟がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ仲良くさせてもらっています」


 カイが日本からホルツレインに戻ってきた時、ハインツは婚約中だった。ホルムト滞在中に婚約者ファリアは紹介してもらっていたので知人ではあったのだ。しかしそれほど親しいわけではなく、彼女の家族構成までは知らない。

 ホルムトを旅立つ前に婚儀の()取りは決まっていたのだが、少し先だったしそこまで引っ張るのも変な話なので、二人には祝福の言葉とちょっとしたお祝いの品を渡して旅立ったのだ。

 戻ってからは、四人で新居に招かれて歓談したこともある。とは言え、そんな場に彼女の親族が現れるはずも無く、女性陣が興味津々に新婚生活を根掘り葉掘り聞きだすに終始した感じだ。


 そんな感じで冒険者たちは、ファリアとは面識があったものの、彼女の親族と会うのは初めてである。それがまた、こんな場所と言っては何だが、思わぬ場所で出会うとは彼らは予想だにしてはいなかった。

 ただハインツはスーア・メジンにプルスが赴任しているのは当然知っていたはずで、それを告げてこなかったのは妙な話に思える。しかしそれは先ほどの会話で十分に理解できた。

 ハインツはプルスが嫌いではないと思う。が、得意としてもいないようだ。それが彼の口を重くさせていたのであろう。


「義弟の恩人には一度ご挨拶をとは思っていましたがなかなか機会が無く、遅くなってしまったことをお詫びさせてください」

 プルスの丁寧な姿勢には好感が持てる。彼女の立場にしてみれば、無位の英雄など非常に扱いに困るところであるはずだ。おもねる必要などなく、かと言って粗雑にもできず、縁は無きにしも非ず。社交辞令に抑えた対応をされてもおかしくはないのに、目上に対するように言ってくる。

「とんでもない。こちらこそ不躾な態度取ってしまってすみません」

「構いませんわ。なかなかにからかい甲斐のある義弟なのでつい遊んでしまうのです」

「微笑まし気な交流で何よりです」

「他人事だと思って好き勝手言うな!」

 大概には我慢していたハインツだが、どうにもツッコミの虫が騒いだようだ。

「楽しそうなお義姉さんで良かったじゃないですか?」

「俺は楽しくない!」

「あら、悲しいわ。私は義弟のことをこんなに大切に思っているのに」

「くっ、すみません…」


 大切な人と大切な玩具には大きな開きがあるとは思えるが。

代官の話です。プルスは「名前くらい付けなきゃなー」「ちょっとくらい設定も考えなきゃいけないなー」ってやってる内にポンと出来上がってしまったキャラクターで、こんなに出番は無かった筈なのに話は膨らんでいってしまいました。後々はまあ色々あるので後悔はしませんが。

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