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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
新領視察行

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馬車作り(4)

「これ、カイ! 儂を置いてけぼりにするでない! こんなに面白そうなものを!」

 駆け寄ってきた老人に、カイは片眉を上げて応じる。

「どこで嗅ぎつけてきたんです、導師」

「王宮魔法士には、お前が何か企んでいる様子を見たら儂の所に言ってくるようにしてあるのだ」

「職権乱用ですよ?」

 やってきたのはアッペンチット導師である。年甲斐もなく駆けてきたようで息を切らしている。

「全くお前は反転リングの時も無視しおって。お陰で手に入れるのに方々手を回して苦労したのじゃぞ?」

「いつから僕が新しい物を作る時は導師の許可が必要になったんです?」

「あれほど親身になって魔法記述を教え込んでやったのに、情の薄い奴じゃのう」

「そうとは知りませんでした…」


 当時、アッペンチットは彼の前に魔法記述の参考書と各種記述の文献を積み上げるだけで、自分の研究に戻っていったと記憶している。まあ、学究の徒というのはそういうところがあるのでカイも気にはしていないが。


「そもそもこれは魔法具ではありません。製造には使いましたけど動作には何一つ魔法は使っていませんよ」

 いきなり馬車の下に潜り込んで調べ始めるアッペンチットに苦笑しつつ言う。

「そんなことは関係ないのじゃ。新しい物は儂らの好物じゃからの」

「左様で……」

 そう言われると返す言葉が無い。

「ふむ。全然解らん」

「当然です。機械というのは基本的に仕組みは表に出ていないものです」

「では分解するぞ」

「しないでください。せっかく出来上がったものを」

「そうです、老師。これは私が頼んで作ってもらったのです」

 さすがにクラインも見過ごせなくなってきた。

「どうせよと殿下は言うのじゃ?」

「引き下がってください」

「仕方ないですね」

 業を煮やしたカイが没にした空気圧式緩衝装置エアショックアブソーバーと、予備のボールベアリングを取り出してアッペンチットに渡し、それと同じ物だと説明する。

「これは貰うぞ」

「無茶苦茶ですね…」

 カイは頭を掻きながら、相変わらずの通常営業だと思っていた。

「カイ、それを渡しては……」

「研究しても再現はできませんから売り物になりませんよ。製造には百分の一テルメック(ミクロンレベル)くらいの精度が必要です。その精度で曲面を仕上げる加工技術を僕は知りませんけど」

「百分の一テルメックぅ!」

 実際には十分の一テルメック(0.1mmレベル)の精度でも稼働はするかもしれない。しかし長期に使用するとなると問題が出てくるのは早いだろう。

「それに、使用している金属材料も僕が各地で集めてきた物を合成した錆び難い合金です」

「錆びない、じゃと!?」

「当たり前でしょう。普通に雨濡れ、泥跳ねする車輪回りの機構ですよ。錆びていたら話にならないじゃありませんか。さすがにミスリル銀までは使いませんでしたけど、錆びない配慮はすべき部分です」

 現行の馬車はほぼ木製であるが、腐食に耐えるように加工した部品をにかわや油に漬け込んで乾燥させてから組み上げる。

「その合金の組成だけでも売り物になりそうだが……」

「ベースは鉄ですけど、割と希少金属を含有しているのでそうそう簡単には作り出せませんよ。クライン様はずいぶんと金の亡者になってしまいましたね?」

「最近はひしひしと感じているのだ。資金があればあるほど多くの民の幸福が買える。それなら蓄財に血眼な輩に渡すより、王家が管理して国庫に回したほうが良いと」


 それは建前ではないだろう。カイはモノリコートの権利を王家に売り渡したが、その利益はほとんど国庫とルドウ基金に流れているだけでなく、王族の生活費も自前の財布でほとんど賄っているようだ。つまり為政者でありながら王国に養ってもらっているわけではない。

 この事実が現王家の発言力を大きくしているという一面もある。乱暴な言い方をすれば、自分の金で好き勝手する人間を諫められる道理など無いということ。「民の血税を」という理屈が通用しない。


 ともあれ、馬車の基台は完成した。後の、この上に据え付ける客室キャビンは専門家にお任せする段取りになっている。王家の力を示さねばならない外装の装飾や、快適に過ごすための豪華な内装はカイの領分ではない。


「この構造でどれほどの物が積載できるのじゃ?」

「真面目に計算してないので不明ですけど、最低でも2コルテ(2.4t)くらいを目標にしています」

「人が乗るのだぞ? 荷馬車を頼んだのではない」

 彼とて無闇に積載荷重を増やしたいわけではない。ただある程度は耐えないといけないのではと考えただけだ。

「だから僕は門外漢なんですよ。王家の方々が乗る馬車の箱の重量なんて知りませんから」

「いや、私は勝手に調べるだろうと思っていたし、その時の対応は要請しておいたのだが」

「……そうでしたか」

 ここに至ってカイも自分が少々やり過ぎたかと思い始める。

「まあいいじゃないですか。どう足掻いても長旅になります。保安上の観点からも寝泊りできるくらいの設備を載せられれば問題無いでしょう?」

「もちろん野営も想定しているが、それは天幕を準備すればいいかくらいに思っていたのに」


 基本的には道々の宿場町を利用するつもりではあるのだが、旧皇権統治下における荒廃の現地の復興状況も読めないところもあり、長旅に備えて様々な設備の準備はクラインも考えている。それは随行するお抱えの『倉庫持ち』に持たせる想定なのだ。


「これなら儂が乗れる余裕は十分にありそうじゃな」

「何で行くつもりになっているんです?」

「魔法院の責任者がホルムトを空けてどうするんですか?」

 総ツッコミに、意外そうな顔を返すアッペンチット導師。

「ダメかの?」

「無理ですって。現地調査員も随行させる予定なので、正式に要点を定めて調査要請を出しておいてください」

 クラインに諫められた導師は落胆を見せている。彼らを置いて馬車はまた周回を始めていた。


 馬車の乗り心地を満喫した面々が降車してくる。

「これなら快適な旅になりそうです。カイ兄様と旅に出るなんて夢だったのです。夢が叶いました。先生とも離れなくて済みましたし、旅の間は魔法士の勉強に集中できそうです」

「だからセイナ様、先生だなんて…」

 まだ慣れていないらしい。

「私は勉強の時間を取らないとは言っていないぞ。人数は制限されるが講師の方にも随行してもらう予定だ」

 ギョッとしたセイナとゼイン。視察の間は勉強時間から解放されると思い込んでいたらしい。


「キュリリ?」

「キュリッキュ!」

 後ろから服を引かれたカイが振り返ると、物欲しそうな大きな瞳と目が合う。

「キュル、キュキュキュ?」

「もしかして君たちも乗ってみたいの?」

「キュイ!」

「いや、自前の足で走ったほうが速いと思うんだけど、それとは少し違うのかな?」

「キュラルー!」

「僕は別に構わないんだけど、パープルとブルーはそろそろ疲れてきてない?」

「キュラリルキュルキュリ?」

「キュイ、キュリル」

 何らかの会話が為され交渉が纏まったのか、ブラックとイエローがちょっと羽ばたいて基台に乗り込んでいくと馬車が発車していった。

「うーん、セネル鳥が引く馬車にセネル鳥が乗っている」

「あれって楽しいのかしら?」

「何だか楽しそうには見えるんですけど」

「それにしたってよぅ……」

「「「「シュールだねえ」」」」


 その後、王国お抱え技師の考案で客室キャビンが設計され、大工の手によって組み上げられて馬車が完成するのだった。

試乗の話です。やっと馬車作り終了です。この4話目は蛇足気味なのですが、ずっと説明ばかりだったので遊びも入れてみたくなったし、セネル鳥の下りは頭に有ったのでそのまま書いてみました。

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