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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ホルツレイン王家の人々

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リドの護符

 リドが身体の格納を始めたのは、カイと出会って一往半(54日)が過ぎた頃。栄養状態も良く、少しずつ順調に成長してきた身体は、定位置である大好きなご主人の頭の上に収まらなくなってきた。

 本当に危機感を抱いたのは何かの拍子に後脚がご主人の肩についた時。上体は頭の上にあるのに脚がついてしまったということは明らかに体長が伸びてきている。彼女は悩んだ。

 このままではご主人の頭の上に居ることはできなくなってしまう。そんな時に彼女が着目したのはご主人の『倉庫』魔法だ。いつもべったりと、しかも頭と接触している彼女にはそれを転写することなど朝飯前。生体組織が格納できなくとも、少しずつなら誤魔化されるのではないかと単純に考え、試行錯誤していたらできてしまったのである。


 その時はそれで良かった。しかし本来成長する分の身体の組織をどんどん格納していったら、紐付け構成もどんどん膨らんでいき、演算領域のほとんどを占めるようになってきた。

 彼女の脳もその状態に合わせて演算領域を発達させてきて、限界が見えてきた頃にようやく成長が止まってくれた。彼女は安堵したものである。

 それで良いと思い込み始めた頃にあの一件が起きた。本来の身体の大きさと脳容量があればゼインを守りきれたはずなのだ。彼女は葛藤した。

 ご主人の頭の上には居たい。でも感じられる身体の大きさはそんな生易しい重さではない。もし一度本来の身体を取り戻したらもう小さくはなれず、定位置を失うのだとしたら。その迷いが、ご主人が大切にするゼインを危険な状態に置いてしまった。

 そんな自分が定位置に居座る資格は無いのかもしれない。それでも優しいご主人は許してくれた。彼女はとても嬉しかった。


 そのご主人は今、身体の下に居るが……。


   ◇      ◇      ◇


「ふわふわで不快感は無いけどさすがに暑いや」

 重いと言わない辺りがカイらしい。何があろうとリドも女の子扱いする。

「ちゅちゅい?」

「大丈夫だよ」

 リドは再び胡坐をかいたカイの後ろに回って肩に両前脚を置き、顎を頭に乗せる。

「さてどうしたものかな?」

「『倉庫』なんだから反転リングと繋げられるんじゃない?」

「あんなに膨大な量の紐付けはいくら何でも無理だと思いますぅ」

「そんなことは無いよ。でも相当高容量の魔石じゃないと書き込み切れないね」

 この場合、小さいほうのリドが身に着けるのだから大きな魔石は論外である。そうなると高品位高密度の魔石が必要になってくるのだが、それには心当たりがある。

「リド、お母さんの魔石を使うよ?」

「ちゅ? ちゅい!!」


 市販品の反転リングならば接続先は水晶球で事足りる。しかし莫大な紐付け構成を受け入れられる器となると、他に思い当たらなかったのだ。

 リドを守りながらの、対多数の戦いで命を落としてしまったが、彼女は相当の魔法巧者であったと予想できるくらいの高密度魔石を持っていた。

 あれから時々リドはその魔石を抱いて眠ることはあった。最近はそんなことも少なくなっているが、その大切な魔石なら常に身に着けるにも最適だろうと思える。


「やっぱり護符アミュレットっぽいのが良いかな」


 魔石を取り出すとリドに渡しておく。彼女は前脚で持って頬ずりしている。

 リング状にするミスリルの平棒に半円形の板をせり出させ、魔石の配置場所を窪ませる。平棒の裏面には反転刻印を刻んで起動線を表に回し、魔石にも接続できるようにしておく。平棒をリングに変形させたら基本形は完成だ。

 そのままリングに頭を通せば着けられはするが、極めて大切な物なので不安感が残る。少し悩んだカイは、お腹のほうに回せる伸縮性の高くて柔らかい革バンドを取り付けて固定できるようにした。これなら激しく動き回っても落としたり、簡単に奪われたりはしないだろう。


「魔石を付けるよ。頂戴」


 リドは寝そべったまま差し出してくる。何しろ今の彼女が後脚で立ち上がると頭頂まで150メック(1.8m)はある。かなりの迫力だ。大きさなりの膂力もあろう。それほどのパワーは無くとも、俊敏さを加味すれば熊を相手にするくらいの脅威だと考えてもいい。


「ちゅるー、ちゅう」

「取れないようにするから心配要らないよ」

 窪みに魔石を嵌めて細めのミスリルバンドを交差するように取り付け、絶対に外れないようにした。起動線を接続して完成。


「問題はここからなんだけど…」


 今のリドは身体の取り出しに魔力を使ってあまり残量が無い。だからと言ってカイが代行しようにも、彼にも分子一つ一つに分解・情報連結して格納する方法が解らない。経験しているのはリドだけだ。

 仕方なく彼は有りったけの魔力充填済みの魔石を放出した。それでリドに補充してもらう。


「ほら、その身体はそんなすごい魔力容量があるじゃないか」

「ちちち」


 本来の大きさを取り戻した脳は速やかに魔力回路を形成していき、魔石からどんどん魔力を吸収していく。リドがそのまま成長していればこのくらいの能力は普通にあったのだ。

 能力的な面で言えばここまで育ててきた魔法演算領域は今後彼女の武器にはなるのかもしれない。それでも経緯に関してはとても勧められたものではないとカイは思う。


「じゃあ、このお母さんの魔石に紐付けして格納して」

「ちゅい」


 護符アミュレットを前脚で優しく保持すると、リドは『倉庫』に身体を分子化して格納を始めたのだが、これが遅々として進まない。それでもじわりじわりと彼女は小さくなっていく。

 それもそのはず、細胞どころでなく分子レベルまで分解するのだ。その数は優に天文学的単位になってしまう。その紐付け処理を一気にやるにはそれこそスーパーコンピューター並みの演算速度が必要になってくる。当然生物の脳にはそれほどの速度は出せないので、格納はゆっくりになってしまう。


「これ、大きくなる度にこんなに時間掛かっちゃうの?」

「そんなことは無いはずだよ。たぶん格納する分のリドの身体は、箱詰めされた物品と同じみたいに扱われるだろうからね。一度格納してしまえば仕事をするのは反転刻印になるから一瞬じゃないかな?」

「そうなの。それじゃ、リドが大きい時の魔力は格納すると消えちゃうのかしら?」

「これも推測の域を出ないんだけど、魔力波は魔法空間を飛ばすことができるんだから保持されるんじゃないかと思うんだよ。だから今夜は大きいままで寝るんだよ? 確認しておきたいからね」

「…………」

 鳴き声を出す余裕もないリドは、尻尾の先をピコピコとさせて返事をする。


 たっぷりと時間を掛けて小さなリドが戻ってきた。

「リドさん、リドさん。元の大きさより若干小さいですよ?」

「ちゅり♡」

「いやだから『てへ♡』じゃないから!」


 付き合いも長くなり、意思疎通も円滑になってきたものである。


   ◇      ◇      ◇


 その場を沈黙が支配していた。極めて重たい空気が充満しているかのように感じる。


 対峙しているのは父と娘である。戦いは壮絶を極め……、ているわけではない。

 相手の抵抗の意思を焼き尽しそうな視線で娘は父を射抜き、父はただ困り顔で見つめ返している。まだ視線を外さないだけ頑張っていると言えるかもしれない。


「行きたいです。行きます。行きます。行きます。行きます。行きます。行きます。行きます。行きます。行きます。絶対に行きますから!」


 セイナの猛攻にクラインは無血開城するのだった。

リドの専用反転リングの話です。このエピソードを書くに当たって、大人の風鼬ウインドフェレットの登場シーンを読み返してみたら、体長について全く触れていませんでしたね。僅かに「大型の」という表現があるのみでした。頭の中では固定している設定なのに描写していないものが結構有りそうですね。

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