小さなリド
既に四人の包囲網の中に居る彼女に逃げ場はない。
「ちゅ……、ちゅるりっちゅ」
「そんな『優しくしてね♡』みたいな目で見られても困るんだけど」
ここにきて、なかなかに多様性に富んだ自衛手段を講じてくるリド。
「安心して。カイはきっと痛くしないでくれるから」
「それも語弊があるから止めて」
「フィノも信じてますからリドさんもちょっと我慢しましょうねぇ?」
「そうだぜ。こいつもお前さんにゃ優しいだろ?」
トゥリオは少々の皮肉を込めて言う。
「なぜ僕が追い込まれている気分にならなきゃいけないのか解らないんだけど」
カイは再びリドを持ち上げると、彼女の額に自分のそれを合わせる。
「んん?」
「ちゅり!」
彼はリドの起動している魔法を探る。そこにはとんでもない世界が広がっていた。
まず感じられたのは大規模情報連結回線の束だった。彼女の演算領域のかなりの部分がそれに消費されている。それ以外の常設起動魔法は感じられなかったので情報連結、つまり紐付けのほうに注目する。
それは非常に見慣れた構成をしている。それもそのはず、それはカイのものと同じ『倉庫』の構成による情報連結だ。効率よく整理されているその情報連結回線が非常に図太い束を成しているのだ。
仕方なくその先の深い部分に手を伸ばす。リドの認識している魔法空間までは他者が手を伸ばすことは不可能ではあるが、連結している情報を読み解くことで何が繋がっているかはおおよそ解る。
「……ずいぶん無茶をしているね。それで複雑な魔法が使えないんだ」
「解ったの?」
「うん。ただどう説明したものやら」
「フィノも視てみますぅ」
この世界の知識で行くとカイより博識である自分なら可能かとフィノが立候補する。
女の子座りするフィノの膝の上にリドが移り額を合わせる。
「うきゃ!」
「あ、やっぱり無理?」
「何なんですこれ。見たこと無いちっちゃな粒々が」
「これを表す言葉がある?」
「フィノは知りません。きっと錬金魔法の領域ですぅ」
彼女が示唆したのは変性魔法の一種である学術分野である。カイのよく知る科学に近いものであり、彼は言い得て妙だと思った。
しばらくは我慢してリドの中を覗いていたフィノだったが、情報量の多さに限界が来て断念する。
「いったい何なんです? どれもこれもみんな同じ物ですぅ」
「んー、知らないとそう見えちゃうかもね」
確かに同種の物が多数あるように思えるかもしれないが違う種の物も混じっている。それについてカイがした説明はこうである。
手で触れられる物、物質は「分子」という微小単位で構成されている。当然生物の身体もその微小単位「分子」で形作られている。
ではリドが何かをやっているかと云うと、身体を『倉庫』に収め込んでいるのだ。『倉庫』には生物、つまり生体組織は格納できない。なのに彼女は自分の身体を格納している。どうやっているのかと言うと、肉体を分子単位まで分解して格納しているのだ。ただ分解して格納しているわけではない。分子一つ一つと自身を紐付けするだけでなく、分子同士も元の形を構成するように情報連結されている。
生物の身体を構成する分子にも種類がある。半分以上は水分子だが、蛋白質分子も多いし、脂質分子もある。その他の分子も少しずつだが存在し、それらが元の形を成すように情報連結されているようであった。
なぜそんな複雑なことをしているかと云えば、これはあくまでカイの推測ではあるが、それしか方法が無かったのだと思われる。
生体組織はそのまま格納できないというのは紛れもない事実であり、この方法は謂わば裏技中の裏技になる。それでも単に分子に分解して格納もできない。それはつまり魔法で生物を分解できることを指し、イメージや認識といった精神活動に大きく依存する魔法に於いてそれは倫理に反してしまうからであると考えられる。
その壁を打ち破るためにリドが試行錯誤した結果が情報連結で原型を残したままの格納なのだろう。言うなれば、それで辻褄合わせをして精神的な折り合いを付けたのだろうと思われる。
「ダメだ。俺はついていけねえ。ちんぷんかんぷんだ」
「ううう、フィノもギリギリですぅ」
「私もざっくりとしか理解できないわ。端的に言うと、リドは身体を希薄な状態、空気中に存在する水のような状態にして保存していると考えていい?」
非常に惜しいところまで行っている。
「むしろ空気のような状態と言ったほうが近いかな? 空気だって分子でできているんだよ」
「何で見えもしない物を認識できるのか不思議でならないけど、そういうものだと思うことにするわ」
「それでほぼ正解だよ。認識しているんじゃなくて、理解しているんだからさ」
具体的か抽象的かの差はあるがそれで構わないだろう。
逆にカイにしてみれば、炎や雷のように「見えるだけ」のものを具体的にイメージできる異世界人のほうがちょっと無茶だと感じる時もあるのだが。
ともあれ、分子化して身体を格納しているリドを危ういとカイは思う。カイのそれを転写した効率の良い紐付け構成とは言え、実際に魔法演算領域を圧迫しているのだ。
どんなに極めて細い糸でも大量に集めればかなり太くなってしまうのは自明の理だ。脳に常時掛かる負担は馬鹿にできない。
「やっぱりダメだよ、それは」
リドを膝に乗せると身体をまさぐって調べる。
「ほら、魔石だけこんなに大きく育っちゃってる。不自然なんだよ。脳に掛かる負担だけでも何とかしなくちゃ」
「ちるちゅりっちちゅーるー!」
さすがに構造が複雑過ぎるのと、器官としての重要性からか魔石だけは一部を格納するわけにいかず、成長するに任されているようであった。
それを言えば脳髄もそれに当たる器官ではあるが、魔石を優先する主な理由は紐付けの維持にそれ相当の魔力を消費しており、脳内に必要な魔力回路を構成できないために魔石で補っているからだろうか?
「そんなに抗議するほど僕の頭の上に居場所を確保するのは重要なことかい?」
「ちゅい!」
「断言されてもね」
皆が失笑を禁じ得ない。
「とにもかくにも一度本来の身体を取り戻そうか?」
「ぢぢっ!」
いやいやと首を振る。
「……困った子だね」
「少し考えてあげられませんか? リドさんはこんなに慕ってくれているのですから」
「あまり甘やかしたくないのだけれど仕方ないね。今回だけだよ、我儘を聞くのは」
「ちうーちゅい!」
彼の身体を駆け上ったリドは頬をペロペロと舐める。
カイはリドともう一度額を合わせる。こんな複雑なことを長期に渡って少しずつ重ねてきた彼女は、もう取り出し方法が解らなくなっているらしい。
「これは小出しにするとか、そういう芸当はできそうにないね。全てが情報連結されていて、一組になっちゃってる」
「ちる?」
「一遍に全部取り出すんだよ。解る?」
「ちー…、ちっ!」
リドの身体に全力の魔力が満ち、それを全ての紐付け構成に注ぎ込んでその先に在る物を引き寄せる。
「ぢぃぃぃ ── !」
ストンとコマ落としのように250メックほどの風鼬の身体が現れた。
「お母さんと同じくらいの大きさだね?」
カイはくぐもった声を漏らし、三人は爆笑している。
「大胆なお嬢さんだね。いきなり押し倒してくるなんて。良かったら一度降りてもらっていいかな?」
カイはリドの身体の下に押し包まれているのだった。
リドの中の話です。説明多過ぎて全然収まらない。何でこんな設定にしたのか、以前の事を思い出せません。確か何とか抜け道を捻り出そうとして作った設定だったかな?




