ゼインの素質
ロッドを掲げて鼻歌混じりにクルクルと踊るセイナは本当に嬉しそうだ。
「ゼイン、あなたも視てもらいなさい。晴れて魔法士となった姉に続くのよ」
まだ魔法士と呼ぶには卵に過ぎる彼女ではあるが、上機嫌である今の増長くらいは見逃してあげたい。
「僕は『倉庫』があるからいい」
「何ですって!?」
「あらそうなの?」
笑顔は崩さないまでもエレノアまでこんな反応を見せるということは、この事実を口にしたのは初めてなのだろうと思える。
「ゼイン様、もう発現してらっしゃるのですか?」
「使ったことはない。でも解るんだ」
ちゃっかりフィノの膝に収まっているゼインはそんなことを口にする。それが本当なら希少価値で言えば2属性を持つセイナと同等になる。
『倉庫持ち』が、自分がそうだと気付く一因として『倉庫』の認識がある。『倉庫持ち』能力者はその能力そのものの発現の前に、その空間を認識してそこへの接続の可否を理解することから始まる。
「何が視えるのかな、ゼイン? 箱みたいなもの? 小屋みたいなもの?」
「ううん、すっごく広いとこ。何も見えないしよく解らないのに、そこに何かを置けるのだけ解るんだ」
「本物だね」
夢見がちな幼少期には、自分が特別な存在だと思いたがって『倉庫持ち』だと思い込んでしまうことがある。そんな子供は一様に、自分用の倉庫が見えるなどと嘯くのだ。しかし実際にはそんなことは無い。カイが魔法空間と呼ぶそこは認識できるが、何かが視えたりはしないのだ。だから彼は少し意地悪な質問をして確認をした。
もちろんゼインがそんな誇大妄想をする性格でないことは知っている。だが発現のための手順に移る為には徹底した確認が必要だ。下手をすれば大きな支障が出かねない。
「カイ兄様がやるのですか?」
さすがにセイナも顔を青くしている。自分が彼の洗礼を受けたばかりでは、他人事などと悠長に構えてなどいられないのだった。
「悲しいかな一番整然として洗練された『倉庫』の構成の持ち主が彼なの」
「幸か不幸かそうなんですぅ」
ゼインのように能力は認識していても発現していない場合は非常に導きやすいと言える。属性魔法と違って個人の確としたイメージの無い能力であれば、構成は転写だけで容易に発現する。だからこそどれだけ効率の良い魔法構成を転写するかで倉庫容量にまで影響してしまうのだ。
結果、どうしても選ばれるのはカイになる。彼の『倉庫』魔法構成はチャムが思わず盗みたくなるほどの出来だからだ。
「準備はいい? 怖くないから落ち着いてね」
「兄様だから怖くない」
カイの膝に移ったゼインは彼の腕をぎゅっと握っている。そこからゼインの認識する魔法空間が伝わってくる。
(これはずいぶん親和性が高いな。相当広く取れそうだね)
「じゃあ使うから、読み取って覚えるんだよ」
「うん!」
カイは一つの魔石を取り出してみせた。ゼインが「ん?」という顔をしているが、そのまま再度格納してしまう。
「もう一回」
カイが同じ手順を繰り返すと、ゼインは「解った」と口にして見上げてくる。
「それじゃあこれを自分で格納してみてね」
同じ魔石をゼインに手渡すと、それは彼の手の平から消え失せた。
「繋がってる? 認識できるかい?」
「大丈夫」
手の平には再び魔石が出現する。その間、カイはゼインが構成を起動させる様子を監視していたが、何の問題も無く使いこなしていた。ゼインは確認するように何度も消したり出したりを繰り返している。
その様子を見ていたチャムとフィノは、全く苦労していない彼の『倉庫持ち』としての能力の高さを感じていた。
「上手だね。記念にその魔石はあげるよ」
「本当!? ありがとう、兄様」
「それとこれが君に準備していた贈り物だよ」
優美な意匠の施された鞘に収まった短剣を取り出して渡す。それを見たゼインの顔に輝くかのような笑顔が浮かんだ。
「やった! すごい! 兄様、大好き!」
「セイナにはロッドをあげたからね。不公平はしないよ」
男の子というのはなぜか刃物が大好きである。別に使いたいわけでもないのに欲しがるのだ。所有しているだけで満足なのである。理由を問われると困るのだが、持っているだけで強くなったかのように感じるのは確かだと言えよう。
ゼインはそっと抜いて昼の白焔に翳して、キラリと輝く様を楽しんでいる。
「気を付けて使うのよ」
エレノアに母親らしい注意をもらって、彼はこくこくと頷いていた。
◇ ◇ ◇
カイの膝を奪還したセイナに追い出されたゼインはフィノとチャムに慰められている。本人にしてみれば特に未練は無いのだろうが、傍から見れば不憫に思えてつい甘やかしてしまうのである。
彼自身はまだ短剣に夢中で、二人に自慢気に見せている。その形状がチャムの剣のミニチュア版なだけあって、彼女に褒められると本当に嬉しそうだ。短剣の意匠の意味を博識なフィノに教わって、ますます嬉しそうに彼女に抱き付いたりしている。
「ゼインは本当にフィノが好きだね?」
「うん、好きー」
そこでふとゼインは口をへの字にして何か思い悩む風を見せる。
「どうして獣人さんはホルツレインが嫌いなの?」
「どうしてかな?」
「歴史の講師の方に習ったでしょ? 魔法を扱えない獣人族を神に見放された者として排斥したって。特に西方東部では人族至上主義のアトラシア教会の影響でその傾向が強かったから、彼らは西部に行くしか無かったのよ」
カイが疑問を投げかけるとセイナが模範解答を返してくる。
「でもフィノは魔法使えるよ。アトラシア教会も最近静かだよ。どうして戻ってきてくれないの?」
「そうだね。ゼインは獣人族に来てほしいんだね?」
「うん。変だよ、仲良くできるはずなのに」
思いを同じくするカイはもっと突っ込んだ議論ができそうだと思う。
「彼らはホルツレインが恐くなっちゃったんだろうね。だから戻ってこない。戻ってきてほしいのなら国が変わらなきゃいけないかな?」
「違うよ」
「こら! カイ兄様になんてことを!」
きっぱりと否定してきたゼインに目くじらを立てるセイナ。それでも意固地にゼインは首を振る。
「違うんだ! 変わらなきゃいけないのは国じゃなくて人だよ。だって、だって……」
「…………」
上手に表現できないゼインはもどかしげだ。一瞬絶句したカイは目を瞠る。
「あ、あの……、お怒りにならないでくださいまし。子供の言うことです」
「ふっ……、あっははははははは」
急に笑い出したカイにセイナはあたふたとしかできない。
「そうだね。これは一本取られたな。ゼイン、君が正しいよ」
目に涙が滲むほど笑い、カイは降参した。
「じゃあどうすれば人は変わると君は思う?」
カイは悪戯な感じの視線をゼインに向ける。
「ん ── ……」
「ゆっくりでいいよ」
「誰かが旗を振らなきゃいけない……、の?」
「旗?」
「ガラテア姉様が旗を振らせたら兵隊さんはみんな一緒のほうを向くでしょ?」
(こんな子供に『姉様』って呼ばせるとは何を考えているんでしょうね、ガラテアさんは)
そんなことを考えてカイはつい失笑してしまう。
「それは命令するって意味?」
「ううん、こっちを向くのが正しいんだよって教えてあげるんだよ」
「なるほど。ゼインはガラテアさんの役目をしたいの?」
「それはお爺様の役目。旗を振るのが父様や母様や姉様や僕の役目。一生懸命振るよ」
表現は拙いが中身は深い。王の意思が方向性を決める。そして取り巻く王家の人間が率先して模範になれば民衆の意識は変えられるとゼインは言っているのだ。
「うん、それは良い方法だと僕も思うよ。ゼインは賢いね」
チャムに頭を撫でられて彼は今陽一番の笑顔を見せる。
ゼインのこの感性や王器こそが彼の素質だろうと思うのだった。
ゼインの見るものの話です。ここまではただ懐の広い良い子として描いてきましたが、ゼインはその素質をカイに示します。これを受けてカイは一つの思いを抱くのですが、それはこの後の話になります。




